「星を継ぐもの」by ジェイムス・P・ホーガン
1980年初版 創元SF文庫
とある人が、おすすめと言っていたのだ読んでみた。
確かに、面白かった。
なるほど! そうきたか!!
が、、、読みながら、冷静な自分がちょっと寂しかった。
話の中の現在が、2028年。
あと、7年。
書かれたことろからすると、約50年後のお話という事になるのだが、
世界は、色々とかわってきただろう。
インターネットによるグローバル化の加速。
そして、コロナによる、停滞。
子供のころ、宇宙の話が大好きだった。
いつか、NASAで働くんだ!って思っていた。
月に行くつもりだった。
近眼はだめなんだよ、と言われて、夢は萎えた・・・。
ま、現実的には、近眼以外の要因の方がNASA行を非現実的なものにしたのだが。
最近、SF小説をあまり読んでいなかったことに気が付いた。
世の中では、SFブームとかあったのだろうか?
若いころは、夢中になって読んだ。
サイエンティフィックにありえない!とわかっていても面白かった。
1980年代に比べると、今は、科学で色々なことが解明されてきていて、フィクションにするにしても、現実的に否定的に思えてしまう事が増えたのかもしれない。
私自身の頭の中も、若い時よりいらぬ情報も増えているのかもしれない。
SF小説を楽しめるのは、想像力を掻き立てられるからで、年と共に想像力が低下してい来るから、楽しめなくなるのだとしたら、、、残念、無念。
世の中、まだまだ自分の知らない世界がある。
もっと、素直な気持ちで読むとたのしめるのかな?
中国が火星に行く時代。
宇宙が小さくなってしまう。
小学生の時、「宇宙戦艦ヤマト」に夢中になった。
沖田艦長の、”地球か、……何もかも皆懐かしい。 ”
丸い窓越しに、地球をみて、病床の沖田艦長がつぶやいた言葉。
それをみて、
「私も、地球が本当に丸いかどうか、宇宙から見てみるんだ!」
と思っていた。
だって、本当に丸いかどうか、自分の目で見たことないもの。
見てみたいもの。
お金を払えば、宇宙に行ける時代。
もちろん、私にはそんなお金はないので、私が宇宙に行ける時代にはなっていない。
国際宇宙ステーションと、普通につながる時代。
50年前に比べれは、夢の世界は現実の世界になってきたということ。
手に入れたかった未来は、手に入れるた後、どうするかが問題。
先進的な未来の先に、何を求めるのか。
手に入れるために犠牲にしたものは、見えないことにしていないか?
SFの世界で妄想力を養い、
現実の世界での想像力にもつなげよう。
そうだ、もっと妄想しよう。
人はいくつになっても成長できる。
自分の可能性は、自分しか広げられない。
そうだ、もっと妄想しよう!