「文明の生態史観」 by 梅棹忠夫

「文明の生態史観」  

梅棹忠夫 著

1974年9月10日初版発行

1998年1月18日改版発行

中央公論新社

 

内田樹さんの「日本辺境論」に出てきた本。

たくさん引用されていて、「内容は『文明の生態史観』を読んでもらった方がいい」とも書いてあったので、読んでみた。


確かに内田さんがおっしゃっているかなりのことが、この本に由来していることだったということがわかった。

 

梅棹忠夫さん
1920年京都市生まれ京都大学理学部卒業 。
京都大学人文科学研究所教授。
国立民族学博物館長を経て、同館顧問・名誉教授。
専攻は民俗学。比較文明学。
理学博士

 

たぶん内田さんの本を読んでいなかったら出会わなかった方だと思う。
理学部出身でいながら広く地球上各地に旅をした経験から、比較文明学を専攻されたようだ。

本書のタイトルになっている、「文明の生態史観」は、1955年のアフガニスタンパキスタン、インドへの旅行が元になっている。他にも、自分の足で歩いて確認した事感じた事をまっすぐに表現されている感じ。

 

松岡正剛さん監修の「情報の歴史21」の1963年のページには「梅棹情報論」がひとつのトピックスとして取り上げられている。そのぐらい当時には衝撃的な論文だったようだ。

 

本社の裏表紙は、小松左京さんがコメントしている。


「『文明の生態史観』は、戦後提出された最も重要な『世界史モデル』の一つであろう。それはこれまでの東と西、アジア対ヨーロッパっという慣習的な座標軸の中に捉えられてきた世界史に革命的といってよいほどの新しい視野をもたらした。」
と。

タイトルからしてなんだか難しげな本なのかと思ったら、梅棹さんが各地を回って感じたことをエッセイのような感じで論文に仕上げてる感じ。


レヴィ・ストロースの「悲しい熱帯」を思い出した。


現地に行って感じた事が綴られている。


1998年改版発行となっているが、きっと現在では表現として適切でないものもあったのではないだろうか。例えば東南アジアの人たちの肌の色のこととかが出てくる。
タイ人やベトナム人が、色が白かったら日本人と変わらないとか。

 

とても面白かった。

 

本書の中では、世界を新世界と旧世界取って分けた時、旧世界の成り立ちを主に取り上げている。
新世界は移住あるいは植民地としてできた地域。北アメリカや南アメリカ
旧世界は、その地で文明が発達した地。
ヨーロッパ、アジア、中国、ロシア、日本。
旧世界の中にも第一地域と第二地域があるというのである。

 

第一地域とは、内田さんの言うところの辺境。
つまり、日本とヨーロッパ。
旧世界地図を横長の楕円としたら、左右にちょっぴりあるのが、ヨーロッパと日本。
真ん中の大きな部分が第二地域。
第一地域と第二地域では文明の成り立ちが大きく異なると。
「第一地域というところは第二地域からの攻撃と破壊をまぬかれた温室みたいなところ。」
と言っている。


常に、内戦のように内部での権力争いがあったり、外部からの侵入があったりりしているのが第二地域。

日本を含む、第一地域は、封建制度が古くからあって、比較的内部闘争がなく、穏やかに歴史を積んできた地域。


なるほど。
実感として分かるような気がする。時代はだいぶ違うけれど。

 

宗教を病気(伝染病)とのアナロジーで説こうとしている試みが面白かった。
宗教も伝染病も、誰でもかかるものではなくて、それがやってきても、それを身に入れる人と入れない人がいる。

なるほど。面白い。

 

戦後に増えた知識人というのは、政治家のなりそこないみたいなものと。

本来、政治家が考えることをあれこれ考えて、論じたりして、でも、政治家になれなかった人たち。
ちょっと、面白い表現。
現在のSNSなんて、政治家のなりそこないだらけ、、って言えるのかも。

ほぼ、半世紀前の本だけれど、今でも、面白く読める。

 

内田さんの本からたどり着いた「文明の生態史観」。

歴史の勉強にもなった。

そうそう、まだ、ユーゴスラビアだった!

今、読んでいる「石の花」と、繋がった!

 

読書って、つながるから、楽しい。