「オリーヴ・キタリッジの生活」 by エリザベス・ストラウト

「オリーヴ・キタリッジの生活」

エリザベス・ストラウト 著

小川高義 訳

早川書房

2010年10月20日 初版印刷

 

原書:「OLIVE KITTERIDGE」 2008

 

著者のエリザベス・ストラウトは1956年にメイン州ポートランドで生まれる。2008年に発表した本作で2009年度ピューリッツァー賞(小説部門)を受賞。

 

「オリーヴ・キタリッジ、ふたたび」と言う2020年12月出版の本が、アカデミーヒルズでおすすめの本だったので読もうと思ったのだが、前作があることが分かって本書を読んだ。


短編集ということだったのだが、実態としては普通に一冊の本である。

各短編はそれぞれ主人公がいるのだがそこに共通して出てくるのが「オリーヴ・キタリッジ」というわけだ。


読み始めてしばらく、話の流れが読みづらく、読むのをやめようかとも思ったのだが、短編の一つ一つはそれぞれのストーリーとしても面白い。と、言うかなんとなく先が気になる。で、なんとなく読み進めていくと、ようやくいくつかの短編を読んだところで、著者のやろうとしていることが分かってくる。


物語は、アメリカ北東部の小さな港町クロズビーで起こる、ごくごく日常的な出来事で構成されている。美化された日常ではなく、 人間の人間らしい心の葛藤や、 いやらしさ、愛らしさ、卑怯さ、そんなものが淡々とつづられている。
短編ごとに、主人公が変わる。そして、その主人公の日常生活に、あるいは思い出の中に、「オリーヴ・キタリッジ」が登場し、それぞれの人生になにがしかの影響を与える。

 

以下、ネタばれあり。


短編集の最初の1つは、約40ページの「薬局」というタイトル。


「ヘンリー・キタリッジ」が主人公。
最初から、「オリーヴ・キタリッジ」が主人公の話になっていないところが面白い。


ヘンリーは、オリーヴの夫。薬局を営んでいる。だから、タイトルは「薬局」。
ヘンリーとオリーヴには、クリストファーという息子がいる。
オリーヴは、クリストファーの通う学校の数学の教師をしている。
ヘンリーの薬局に、デニース・ティボードという22歳、痩せ気味の若い女の子従業員が、やめた古株のおばちゃんに代わって、新しく入ってきた。
デニースの夫も、ヘンリーという名前。好青年。結婚して一年目の新婚さん。
アメリカらしく、「じゃぁ、近いうちに、夕食にでも来ないか。女房も喜ぶよ」
なんて、ヘンリー・キタリッジは、デニースにいう。
二人を食事に誘ったと聞いたオリーヴは、にこりともせず、面倒くさそうに言う。
「大統領のご命令なら、料理人としては仕方がないわ」。。。

 

40ページの短編の中で、ヘンリー・ティボードは一緒に狩りに行った友人に、鹿と間違えられて打たれて死ぬ。悲しむ、デニース。デニースを悲しみの淵から救いたいヘンリー・キタリッジ。。。

ほっておきなさいよ、のオリーヴ。


と、そんな具合で、オリーヴ・キタリッジは、どう贔屓目に見ても、感じの良い奥さんではない。夫にも、息子にも、ブツブツと小言を言うタイプ。学校では、怖い先生。

と、まぁ、そんなオリーヴを取り巻く、様々な人が出てくる短編が、


薬局
上げ潮
ピアノ弾き
小さな破裂
飢える
別の道
冬のコンサート
チューリップ
旅のバスケット
瓶の中の船
セキュリティ
犯人

と、13編、おさまっているのが、本書。

 

ストーリーの中でオリーヴをはじめ、登場人物のこころの呟きが、ものすごくストレートなのである。


心温まる、ハッピーファミリーの話ではない。
美しい、地域住民の輪の話ではない。
自己中心的な、人間臭い人たち。
でも、心の片隅に、ちょっとした良心をもっている。
数えきれないほどの登場人物が出てくる。
事故で死ぬ人。病気で死ぬ人。殺された人。
こんなにたくさん、死者がみえかくれする小説も珍しいのではないか、と思う。

 

読み終わって何よりの感想は、まあ、続きの「オリーヴキタリッジ、ふたたび」が早く読んでみたい!だ。


加えて、いやー、なんだかんだ最後まで読んじゃったなー、という感じ。


そして最後まで読んでみると、なんとなく街の中のいろんな人たちの生活の情景が浮かんでくる感じ。

 

たくさんの人が出てくるのだが、後からその人がまた出てきたりして、人間関係を図解しておかないと、カタカナの名前であたまがこんがらかってくる。

マインドマップの代わりに、家系図ならぬ、登場人物関係図を書きながら本を読んだ。

 

息子クリストファーも、重要な登場人物。

オリーヴの姿を想像できる描写を一つ。

「今のオリーヴは、繃帯でぐるぐる巻きの大アザラシが昼寝しているようなもの」

息子クリストファーの結婚披露宴の最中、めんどく臭くなって部屋で昼寝しようとする姿。。。

おおがらで、不愛想で、太ったおばちゃん。。。それがオリーヴ。

 

本書の中で、オリーヴは、おばぁちゃんになる。クリストファーが二度目の結婚で子供が生まれたから。

夫のヘンリーは、卒中で倒れて数年間の療養生活の後に亡くなる。オリーヴは、70歳を超えている、

 

最初の短編では、クリストファーは十代。オリーヴも現役の先生。

 

実は、オリーヴを軸に、何年にもわたるお話なのである。

偏屈者のオリーヴ。たまに、いいことも言う。

結婚式の当日に破談になって泣き暮らす知り合いの娘へ。

「自分が飢えていることを怖がってはいけない。怖がっていたらその辺のおバカさんと同じなる」

そう、誰でも、飢えるのである。

欲しいものがあるのである。

欲しいものは自分で取りに行く努力をすればいいのである。

誰かが与えてくれることを期待するなんて、おバカなことだ。

自分の欲望を見て見ぬふりしてはいけない、ってことかな。

 


ちょっと不思議な本だった。
ハッピーエンドでもないし。
浮気もする。事故も起こす。事件にも巻き込まれる。結婚もする。離婚もする。自殺未遂もする、頭がおかしくもなる。


世の中、バラ色のことばかりじゃないよね。
でも、捨てたもんじゃないよね。
って感じ。

 

でもそれが、読者にとってのハッピーエンドなのかもしれない。

そう、そんなこともあるよね。

人生って。

 

 

早く、次を読もう。

そして、オリーヴが時々食べる、ダンキンドーナツが食べたくなった。

 

 

 あ、ドーナツに飢えている自分も、認めよう。。。。