「ファーストクラッシュ」 by 山田詠美

「ファーストクラッシュ」 First crush
山田詠美
2019年10月30日 第1刷発行

文藝春秋

 

久しぶりに山田詠美が読みたくなって図書館の棚にあったものを借りた。
やっぱりぽんちゃんが好きです。
やっぱりエイミィは素敵な文学者です。
ストーリーは とある家の三姉妹の物語それぞれ一人ずつが主人公となって、一部・二部・三部を構成する。

 

ファーストクラッシュ、ファーストLOVE。初恋。


エイミィの表現力と言うのか、文学的なところと言ったらいいのか、
私は文学者じゃないから、何と表現していいのか分からないのだけれども、読者が頭の中で、”この家庭はどんな家庭かな”とか、書いていないことを想像させるのがうまい。

今回の主人公の家庭がちょっと上流階級であったことが、お手伝いさんがいたこと、あるいは主人公の次女が自分自身の呟きのなかで、

「私は、今、スーパーのレジにいるだけのただのオバサンとして何食わぬ顔をしているが、本当は隅に置けない人物なのだ。頭の中は数々のクラッシュされた味わい深い記憶で満たされているし、エシレバターの味も知っている。もちろんカルピスバターグラスフェッドバターもだ」

と表現することで、そこそこも上流階級であったことを想像させる。


ほんとうまいなあと思う。


以下ネタバレあり。


三姉妹とお手伝いさん、そして父親と母親。普通に平和に暮らしていた家庭にある日突然、一人の男の子が居候としてやってくる。なんと父親の愛人の子供。とは言っても父親がその愛人と作った子供ではなく、すでにひとり親であった女性と知り合った。そしてその女性が亡くなってしまったのでひきとった。愛人の連れ子?とでも呼ぶのか?

 

そして、母親と三姉妹にお手伝いさん。仕事に忙しい父親の在宅時間が短い分、女の園だった家庭に、突如侵入してきた男の子。母を亡くしたみなしご。そんなかわいそうな立場の子供を無下に扱えないし、でも愛人の子供を引き取るなんて、、、翻弄される母親と三姉妹。

 

三姉妹、それぞれが、それぞれの気持ちでその少年と共に成長していく。

出会った時は小学生。気が付けば、二十歳を過ぎ。。。

それぞれの、ファーストクラッシュ。

 

そして、それぞれ三人の物語に、それぞれテーマとなる詩がでてくる。

藤村藤村 「初恋」からの一部

 
やさしく白き手をのべて 

林檎を我に与えしは 

薄紅の秋の実に 

人こひ初めし はじめなり

 

 

中原中也 「春日狂想」


愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません
愛するものが死んだ時には、
そそれより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(?)が深くて、
なほもながらふことともなったら、
奉仕の気持ちに、なることなんです。
奉仕の気持ちに、なることなんです。
愛する者は、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持ちに、ならなけあならない。
奉仕の気持ちに、ならなけあならない。

 


寺山修司 「初恋の人が忘れられなかったら」


かくれんぼは悲しい遊びです
少年の日に
暗い納屋の藁の上で
私の愛からかくれていった
一人の少女を
見出せないままで
1年経ちました
2年経ちました
3年経ちました
4年経ちました
5年経ちました
6年経ちました
7年経ちました
8年経ちました
9年経ちました
私は一生かかって
かくれんぼの鬼です
お嫁ももらいません
手鏡にうつる遠い日の
夕焼け空に向かって
もういいかい?
と呼びかけながら
静かに老いてゆくでしょう

 

三人姉妹の物語から、世界がどんどん広がっていく。

三人の回想と今とが交錯する。

 

最後には父親は突然死、母親は痴呆気味になって施設へ。三姉妹それぞれ結婚したり、離れ離れに。

 

でも話の中心には、彼がいる。

そして、物語の最終週は、彼と三女の恋物語。。。

 

甘く、せつなく。

妬み、嫉妬、ゆがんだ愛、まっすぐな愛。

 

エイミィの文学は、甘美なのだ。

あぁ、読んでよかった。

私のファーストクラッシュはそんな甘美なものではなかったと思うけど、

というか、今となっては、なにがファーストクラッシュかもわからない。

ほんとの初めての失恋なら、たぶん、あれだろう、、、と思い当たるものはあるけど。

 

それにしても、詩もいい。

 

いま、日経新聞の土曜の朝刊、詩歌教養の欄に、「茨木のり子」について連載されている。茨木のり子の詩も、初めて読んだ時は、衝撃的だった。

 

自己啓発本も、小説もいいけど、たまには詩集もいい。

言葉を楽しみたくなった。

 

エイミィの本は、世界が広がる。

本を読もう。

コロナで、世界へ旅立てない間は、

本を読もう。