「小さな幸せ46こ」 by よしもとばなな

「小さな幸せ46こ」
よしもとばなな
2015年3月10日初版発行
中央公論新社

 

よしもとばななさんは、1964年東京都生まれ。詩人・思想家・吉本隆明さんの次女だ。
本書は「婦人公論」に2013年から2015年にかけてエッセイとして書かれたものを単行本化したもの。先日、吉本隆明さんの本を読んで、久しぶりによしもとばななが読みたくなって、図書館の棚で探してみた。軽くエッセイを手に取ってみた。


さらーーっと読める。
ほわーーっと、あったかい。
そんな、小さな幸せ46こ。
けだるい午後にコーヒーを飲みながらでも、サラーっと読める感じ。結構好き。

 

父親の隆明さんは、2012年3月に87歳で亡くなっている.
その時期、母親の介護も重なり、母親も亡なる。同じ年に両親ともに亡くすという、ばななさんは精神的にとても辛い時期を過ごされた。かつ、インフルエンザにかかったり体調も最悪。そこから少しずつ元気を取り戻した時に書かれたのがこれらのエッセイ。ばななさん本人が、父親の死を認めたくなくて、体調不良になり、耳も聞こえなくなるほど高熱になったのかもしれない、と書いている。いまでも、耳は完全には治っていないらしい。お大事に。

 

そんな大きな悲しみがあった後だからこそ、小さなことに幸せを感じられるようになったのかもしれない。


本書に出てくる46個は、どれも日常のちょっとした出来事。
旦那様のこと、息子のこと、家族のこと。お手伝いさんのこと、友達のこと、あるいは飼っている猫、犬、カメのこと。
やっぱり人も含めた「生き物」というのが、一番の幸せの元なのかもしれない。
悲しみをもたらすのも「生き物」だけど。

 

後はやっぱり吉本家。美味しいもの好き、食べ物の話がいくつか。吉本隆明さんは、とにかく早食いだったらしい。東京駅から新幹線に乗ると、乗ったとたんに駅弁を広げ、電車が発車する頃にはすでに食べ終わっているほどの早食い。ばななさんも、お父さんを真似て、新幹線に乗ったら即お弁当を広げるという習慣があるそうだ。そして ある時に旦那さんが一人で新幹線に乗った時、「隣ですぐにお弁当を広げる君がいなくて寂しかった」と。そこかい!と突っ込みどころではあるけれど、寂しかったと言われてちょっと嬉しかったと。
私は、東京駅から東海道新幹線に乗っても、新横浜を過ぎるまでは我慢する派かも。いや、品川か?!
駅弁を買って、自由に楽しく新幹線で旅ができる日が、待ち遠しい。
もちろん、缶ビールもお供に。

 

旅の話も出てくる。
旅の思い出。一緒に行った人の思い出、現地の人の思い出。思い出して幸せな気持ちになれる思い出があるという事自体、幸せなことかもしれない。

 

「本当の言葉」というタイトルのエッセイの中で、山田詠美さんが書いていた文章の紹介があった。
「とある番組を見ていたら、女が出かけている夫や恋人に何回もメールや電話したりするのは、野暮だ、と男たちがいい、女たちはせめて家でご飯を食べるのか、何時くらいに帰るのかを言ってくれないから困ると言い、最後まで両者は平行線だった。が、なぜ誰一人自分の無事ぐらいは知らせたいとか、彼が無事でいるかどうかが心配だからと言わないのだろう。私のように急に恋人や友達を亡くした経験が何回かある人にとって、連絡が取れないというのは、常にそういう可能性を秘めていることなのだ」
これを読んだばななさんは、「うるさい女」と思われることは全く恐れずに堂々と新しい角度から迷いもなく物を言う山田さんにすごく感動してしまい涙が出てきたそうだ。愛とは嫉妬や日常のことではない。相手の命と自分の命が出会うことなのだ。と書いている。


すごくわかるなと思った。
昔の話だが、タイで仕事をしていた時、毎日のように遅刻してくる部下がいた。当時のタイは、交通事情もよくないし、事故にあったのではないかとか、喧嘩に巻き込まれたのではないかとか、とにかく心配だった。悪ガキ見たいな子だった。遅刻しないようにと𠮟っても本人はしれっとしている。ある時「心配だから遅刻するなら連絡くらいしなさい」といったら、遅刻の回数がぐっと減った。

 

前にコーチングか何かのセッションで、自分の思考の癖を知るための質問、みたいなものがあった。
その質問は、
Q:あなたは友達にメールをしました。でも友達はすぐには返事をしてきません。その時どう感じますか?
といったような内容だったと思う。


答えの選択肢の中にまさに山田詠美さんが言ったような選択肢がなかったのだ。
A1:すぐに返事をしてこない相手に腹を立てる
A2:自分の書き方がいけなかったのかなとモヤモヤ考える
そんな感じの選択肢だった。
要するに、相手を責めるのか、自分を責めるのか。どっちの傾向が強いかという質問だったのだ。
でも私の答えは、「何か事故があって返事ができないでいるのかもしれないと思って心配になる」だった。

 

心配したところで何の足しにもならないのも良く分かっているのだが、結構心配性だ。
しかも、妄想力が強いので、想像があらゆる可能性に膨らんでしまう。
だから、自分の力でどうにもできないことは、心配しないようにしようと心がけている。
でも世の中なんてほとんど自分の力だけではどうにもならないことの方が多くって、心配は何の解決にもならない。

自分のことなら、心配になるなら、できる対応策をとればいい。
試験が心配なら勉強すればいい。
健康が心配なら、時々節制すればいい。
でも、大切な誰かに起こりえる災難を心配しても、本当に自分には何もできない。

それでも、心配したくなる人がいることが幸せなことかもしれない。

 

小さな幸せ。

一日の終わりに、今日の「News and Goods」を探してみよう、というレッスンがある。

コロナで変化の少ない生活が続くけど、意識してみれば、毎日新しいこともよいこともあるはず。

加えて、「Thanks」を探してみよう。

 

この本に出合えたことにも、Thanks。