「孤島」
ジャン・グルニエ
井上究一郎 訳
2019年4月10日 第一刷発行
ちくま学芸文庫
とある方が、気持ちが沈んだ時、辻邦生さんに貸してもらった本、として紹介されていた。その本には、たくさんの書き込みがあったと。辻さん自身が気持ちが落ち込んだときに、何度も読み返した本ということ。そして、その方も、同じ本を買って、辻さんの真似をして書き込みをしてみたと。線をひいたり、文字を丸で囲んでみたり。
いつも、前向きで明るいその方の心の支えになっている本というのが気になったので、手に取った。
書き込めるように、文庫本を購入した。
2019年第一刷だから、辻さんやその方が手にした版とは異なるのだろうけど、ジャン・グルニエの本を、初めて購入した。と思う。
著者のジャン・グルニエは1898~1971年。パリ生まれ。アルベール・カミュの先生として知られている。この2019年、新たに「ちくま学芸文庫」から発行された版は、アルベール・カミュが1959年の改定新版「孤島」の巻頭につけた「序文」が含まれる。
その序文のなかで、カミュは、「孤島」に出会ったのは、20歳の時だった、と書いている。カミュは、1913年生まれなので、「孤島」が最初に出版された1933年に、出版された年に、カミュは「孤島」に出合っている。
「・・・私がそれから受けた動揺、またそれが私や私の多くの友人たちにあたえた影響は・・・・。『孤島』の啓示は、私たちにぴったりだった、、、」と。
20歳の若者を動揺させ、啓示をうけたといわせた「孤島」。
序文を読んだだけで、なんとなく、セツナイような気持になってくる。
本書は、序文に続き、
・空白の魔力
・猫のムールー
・ケルゲレン諸島
・至福の島々
・イースター島
・想像のインド
1959年版に追記されたという、
・消え去った日々
・ボッロメオ島
日本語訳『孤島』のための付録として、
・見れば一目で CUM APPARUERIT プロヴァンスへの開眼
そして、訳注や訳者あとがきからなる。
実際のグルニエの文章は22ページ目から164ページまで。
そう多くはない。
(でも、この文庫本、1200円もする!!!)
気持ちが落ち込んでいるから読んだわけではなかったけれど、ちょっと静かな気持ちになれる感じ。
人生の虚無感を、あぁ、そうなんだよな、と納得する。
20歳の時に読んでいたら、泣いていたかもしれない。
50歳を過ぎたいまだと、若いころを回想するような気持にならなくもない。
いや、50歳を過ぎているという事より、旅ができないという今の環境が、回想させるのかもしれない。
最初から最後まで、生活感も交じりながら、南仏からイタリアあたりの旅先での随筆みたいな感じ。
太陽、海、風。大いなる自然を前にして、「大景観の美を前にして、人の強さにはつりあわない」と言っているグルニエ。
「至上の幸福は、悲劇的なものの頂点」だと。
以下、ネタバレあり。
「猫のムールー」は、かなしくセツナイ話だった。
飼い主は、ムールーを引っ越し先に連れていけない。でも、今の土地には、引き取ってかわいがってくれそうな知人もいない。おいていけば、近所の野良猫との喧嘩で、命を落とすかもしれない。悩んだムールーの主人は、家族と相談し、、、なんと、安楽死させることを選ぶ。
動物病院の獣医は、遺体を引き取ろうかというが、主人は、小さく動かなくなったムールーを連れて帰って、埋葬する。。。悲しみと安堵。。。。
かわいかったものを失う、悲しみ。
でも、これで、誰にもいじめられることがないという、安堵。
そんな理不尽な事が起こる、、、起こす、、、、それが、人生・・・。
「想像のインド」の中で、グルニエの面白い考察がでてくる。
インドと同じような気候風土の国は、他にもある。でも、みんながインド人のような信仰になるわけではない。
「風土は魂を作らない。魂が風土を利用する。」
面白い、なるほど!と思った。
よく、日本人らしさとか、日本の良さとかを、「四季があって、、、」とかいうけれど、四季があるから日本人なわけではない。四季は、多くの国にある。日本だけのものではない。
日本人の魂が、日本の四季を利用している。
寒いお正月、春の気配のひな祭り、夏の七夕、中秋の名月。
理由をつけて、祝杯。
同じような緯度にあるお隣の国と、日本と、やはり魂が違うのは、風土だけでは魂はできないから。
最後の「見れば一目で」の中で、私自身が、文字をまるで囲み、長々と線を引いた箇所がある。もちろん、2Bの鉛筆で。(養老孟司先生のまねっこ)
「地中海に沿って旅したあの幸福な時を喚起するのに私は努力を要しない。それらの時間は絶えず現前している。アルジェの台地の上での熱い夜、激しい欲望のように唇をカサカサにするシロッコ。イタリアの風景の輝き。そして人いきれ。 ー いずれも、私にとっては実を結ばないあだ花でしかなかった。」
辻さんが書き込んでいた箇所として、ある方が紹介していたページの写真と一緒だった。この文章の力強さはなんなのだ?!?!
シロッコ、アフリカ大陸から地中海、イタリアへ吹く乾燥した熱い強風。ワインの勉強で習ったけど、「激しい欲望のように」、言われると、途端に熱く乾燥した風が吹き付けてくるような気がする。
全編を通じて、地中海の太陽、空、海、風のエネルギーを感じる。そのエネルギーに比べて、あまりにも無力な人間という生き物。
それでも、生きていくしかないし、生きていていいんだと。
自然に比べれば、私たちなんて小さいもんだ。
その小さな世界の小さなことなんか、気にすんな、と。
と、良きに解釈してみた。
旅に連れていきたい本だった。
太陽の降り注ぐ海辺より、木漏れ陽の下で涼みながら読みたい感じ。
1200円(+税金!)の宝物ができた。
シンプルな装丁もいい。
読んでよかった。
読書は楽しい。