花のレクイエム
辻邦生
山本容子:銅版画
平成15年1月1日 (単行本:平成8年11月 (1996年))
新潮文庫 (新潮社)
気持ちが落ち込んだ時に「孤島」(ジャン・グルニエ 著)を紹介してくれたのが辻邦生さんだったという人の話を聞いて、辻邦生さんの本を読んでみたくなった。
図書館で目についたのが、この文庫本だった。
表紙の装丁に山本容子さんの絵。
レクイエムは、ラテン語で「安息を」という意味。鎮魂歌などと言われるけれど、死者に捧げる詩というタイトル?静かな文章に違いないと思って借りてみた。
1月から12月まで、花をめぐるレクイエム。
山茶花 1月
アネモネ 2月
すみれ 3月
ライラック 4月
クレマチス 5月
紫陽花 6月
百合 7月
ひまわり 8月
まつむし草 9月
萩 10月
猿捕茨 11月
クリスマス・ローズ 12月
それぞれの短編の中で、人が亡くなっていく。あるいは、亡くなった人を回想していく。
そして、そこに季節と花のある景色がある。
各短編に、山本容子さんの絵が添えられている。銅版画ということだが、本の挿絵にふさわしいやわらかな線と色。
大人の絵本、という感じだった。
短編は、どれも、懐かしいような、切ないような、風景が頭に浮かぶ。
手に取って、30分くらいで読んでしまった。
なんだ、このすっと入ってくる感じ。
ワクワクではないし、ドキドキではないし、でも、1編読むと、次も読まずにはいられず、、、あっという間に読んでしまった。
なんてことはないストーリーなのだけど、色付きなストーリー。
色付きの夢をみているような。
山本さんの絵がそうさせるのかもしれない。
それぞれの花と人がモチーフになった絵。
名前を聞いただけで、その花が頭に思い浮かぶものばかりの中、まつむし草だけ、すぐに思いつかなかった。
まつむし草。
調べてみた。
淡いブルーで、丸々としたぷつぷつの周りに、先がひらひらと分かれた小さな花びら。
あぁ、この、雑草のような?!花ね。
マツムシが鳴く頃に咲くから、まつむし草、とも呼ばれるらしい。
9月の短編のタイトル。
そして、この短編は、いとこ同士の話。
誰も死ななかった。
でも、この後、死んじゃうのかな、、、なんておもってしまった。
11月の猿捕茨も、その名前ではしらなかったけど、山本さんの挿絵を見たら、「サンキライ」?のことかな?と思った。秋口になると、結構よく使う花材。しらべてみたら、やっぱり、サンキライだった。
直径1cm弱の赤い実が、放射状にくっついている。クリスマスリースの飾りに使われることがある、赤い実。
ストーリーの中で主人公は、3回の猿捕茨との出会いを回想する。子供のころ、巡礼さんと一緒にいた知らない女の子から突然渡された赤い実。学生の頃、電車の中の知らない女の子から渡された赤い実。大人になって、散策中の山の中で見つけ、そっとある人に渡した赤い実。
3回目だけは、自分が女性に渡した猿捕茨。
話の中で、この実をつまんで食べるのだが、甘酸っぱくて、美味しいらしい。私がしっている花材としてのサンキライは、ドライフラワーになっていて、食べたことは無い。
そういえば、これは、花ではなくて、実のはなしだ。
サンキライ、「山帰来」とも書くらしい。
山で病気になった人が、「サンキライ」の実を毒消しとして使って、元気に帰ってきたから、山帰来。
猿捕茨、山帰来、実の味わいも、名前の由来も知らなかった。
何年も花材としてつかってきて、好きな花材だったけど、一つ、おりこうになった。
そして、このお話も、誰も死ななかった。
最後の12月は、クリスマス・ローズ。
そして、クリスマス・ローズは、実は花びらがない花。花びらのように見える部分は「がく片」といわれるもので、花びらは、退化して蜜腺となって雄しべのまわりに小さく存在する。
そんなクリスマス・ローズを、養子として育てられた自分と重ねる主人公。
ここでも、人は死ななかった。
あっという間に、1月から12月まで、読んでしまったけれど、それぞれの花の特徴を思いながら読み直すと、また、味わい深い。
花が好きだ。
お話の中に、花が印象的に出てくる物語は、そのシーンだけが思い出されることがある。
でも、何というタイトルで、だれの作品だったかも思い出せない。
それでも、花が出てくるシーンは、記憶に残りやすい。
なんだか、美しい本だった。
また、読みたい作家が増えてしまった・・・・。
心静かになりたい時に、また、辻さんの本を読んでみようと思う。