「Humankind 希望の歴史 下」  by ルトガー・ブレグマン

「Humankind 希望の歴史 下」  A Hopeful History
人類が善き未来をつくるための18章
ルトガー・ブレグマン 著
野中香方子 訳

2021年7月30日 第一刷発行  (原書 2020)
文藝春秋

 

上巻の続き。

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上巻では、これまで報告されてきた様々な「性悪説」を支持するようなレポートに、まったをかける彼自身の調査結果が紹介された。「人間の本質は善である」という、強いメッセージ。

 

下巻は、ではなぜ、戦争、殺人、いじめ、などが起こるのか?に焦点を当てている。
Part3 善人が悪人になる理由、という話から始まる。

本書の中で彼が言っているのは、戦争や殺人といった最悪な事件も、それを善と思っている人が起こすという事。
仲間意識と、マキャベリ君主論に取りつかれた冷血なリーダーの存在が、戦争を引き起こす。


実際、ドイツ兵は、イデオロギーのためにあつまったかもしれないけれど、イデオロギーのために戦ったのではなく、友情のために戦った。
1914年のクリスマスイブ。聖歌を贈り合ったイギリス兵とドイツ兵。これは、夢物語のようだけれど、事実だ。

 

第二次世界大戦で亡くなったイギリス兵の死因の75%は、迫撃砲、手榴弾空爆、砲弾といった遠隔操作による兵器によるもの。
より遠くから攻撃できるようになったことで、戦争による死者は増えた。
相手の顔が見えていると、人は簡単には引き金を引けない。心理的距離が広がれば広がるほど、攻撃しやすくなる。

 

仲間意識、身近な人への共感が、そうでない人への排除へつながる。でも、直接手を下すのではなく、遠隔操作で。それは、現代のネットでの誹謗中傷と同じ心理かもしれない。

 

下巻では続けて、人や組織がどういう時に、善に基づいた行動をとり、よりよい社会へつながっていったかという事例が紹介されている。

 

ローゼンタールの「ピグマリオン効果」。「君は成績が伸びる可能性があるよ」と励まされた子供の成績が実際に上がる。

 

子供に自由を与える、アゴラの学校。伸び伸びと成長する子供たち。


受刑者と刑務官の心理的距離を縮める試みを取った、ノルウェーでの再犯率の低さ。


NYの地下鉄の落書きを消すことで減った、軽犯罪と、殺人事件。


ベネズエラのトレス自治体で、住民主体の民主主義を実行したフリオ・チャベス

 

南アフリカ、初代黒人大統領のネルソン・マンデラ氏。

彼の当選を実現したのは、一時、心が離れていた二人の双子兄弟の活躍があった。双子の兄弟は、家庭の金銭的理由で、二人そろって大学に行くことはできず、後に南アフリカ国防軍の最高司令官となったコンスタンドは、アブラハムに大学進学をゆずる。アブラハムは、オランダとアメリカに留学し、アパルトヘイトは絶対に間違っていると確信する。一方のコンスタンドは、軍の最高司令官からアパルトヘイト推進の代表者へ。帰国したアブラハムと、アパルトヘイト推進の代表者コンスタンドは、思想の違いから対立し、次第に疎遠になっていく。
でも、アブラハムは、自分が動くべきだと確信した。
そして、動いた。
兄弟は、ふたたび、近づいた。アブラハムは、コンスタンドのオフィスを訪ねる。
そして、「マンデラと直接話をしてみたらどうだ」と、コンスタンドへ提案する。
コンスタンドはこれまでにも何度も言われたことがあったセリフで、これまでは聞き入れなかった。9回も断っていた。でも、この時は違った。やはり、他ならない兄弟の言葉だったからだ。
そして、秘密裏にマンデラとコンスタンドの会談が計画され、1993年8月12日、歴史的瞬間が訪れた。
それは、平和主義者マンデラと、戦争に向かおうとする男コンスタンドとの初めての対峙だった。そして、二人が握手を交わした瞬間から、国の未来へつながった。
当時の大統領ですら蚊帳の外で秘密裏に重ねられた会談だった。そして、コンスタンドは、マンデラと会って握手をするたびに、かつて自分がテロリストとみなしていた男への敬意を深めていった。マンデラも、コンスタンドへの敬意を深め、元将軍を信頼するようになった。
そして、マンデラ大統領は実現したのだ。
交流することで、信頼がそだち、信頼が社会を新しくした。

 

知る、という事の大切さ。
障害者、同性愛者、外国人、身近にいないと、しらないから偏見が生まれるだけ。
知れば、理解できるのが人間なのではないだろうか。

 

以前、多様性をテーマに研究していた時に、とある東京都内の小学校の知り合いに協力いただいて、子供たちにアンケートを取ったことがある。様々な国の子供たちが通う、都立の小学校。子供たちは、外国人についてどうおもっているのか?というアンケートだったのだが、私たちが認識したのは、子供たちにとっては、クラスメートしかいなくて、そこに外国人はいない、、、ということだった。
大人が勝手に、外国人の小学生、と思っているだけで、子供たちにはただのクラスメートだったのだ。たとえ、日本語がうまく話せなくても。
数字でそれが示された時は、自分たちがどれだけ偏ったものの見方をしているのか、気づかされた。
遠くの息子より、近所に住む留学生、という高齢者の言葉も耳にした。

 

身近な人であれば、人種、宗教、性別、年齢に関係なく、理解しやすくなるのだが、ただ、知らないというだけで、自分の共感の外に置いてしまう。それは残念なことだ。

 

下巻は、最後に彼自身の人生の10か条で締めくくられる。

彼自身、自己啓発本は好きではない、と言っている。でも、自分がここ数年間で学んだことを基盤とする自分の人生指針10か条を紹介することが、読者が「自分の内面だけでなく外にも目を向ける」ことのきっかけになれば、ということで、以下のように紹介している。

 

1 疑いを抱いた時は最善を想定しよう
2  win-win のシナリオで考える
3 もっとたくさん質問しよう
4 共感を抑え、思いやりの心を育てよう
5 他人を理解するように努めよう。例えその人に同意できなくても。
6 他の人々が自らを愛するようにあなたも自らを愛そう
7 ニュースを避けよう
8 ナチスを叩かない
9 クローゼットから出よう。善行を恥じてはならない
10 現実主義になろう

 

そのこころは?という指針もあると思うが、それは本を読んでいただければと思う。


本書の中では、新約聖書福音書が引用されていて、全般にわたってキリスト教的な考えがあるのだと思う。この10か条の中にも、それに基づくものがある。
読みながら、トマス・アクィナスが思い起こされる。

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共感についての見解は、ジャミール・ザキとは少し違うかもしれない。

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でも、全般に、人は善き人になれる。

ただ、冷血なリーダーの存在や、知らないというだけで共感を生めないということが、カタストロフィックな歴史を作ってしまう事がある。


でも、やっぱり、私たちは、善き人になれるのだ。
そう主張し、そう思わせてくれる本があるというのは、希望の本だ。

 

訳の良さもあるだろう。

比較的読みやすい翻訳本だと思う。

身の回りの困った人に悩まされていたら、希望の本になるかもしれない。

 

人間の本質は善である。

その意見に、賛同し、人の可能性を信じて生きていこうと思う。

 

読書は楽しい。