「LA PLACE 場所」
アニー・エルノー 著
堀 茂樹 訳
早川書房
1993年4月15日 初版発行
(原書: 1984年 France)
瀬戸内寂聴さんが、山田詠美さんにアニー・エルノーが面白いと言われて読んでみたのが、この「LA PLACE」。そして、これに触発されて、寂聴さんの「場所」という本が執筆されたということ。
寂聴さんの「場所」は、読んだことがないのだが、先に、こっちを読んでみた。
フランス文学。
アニー・エルノーは、1940年フランス北部ノルマンディー地方のイルボンヌ生まれ。5歳頃から18歳までの成長期を小さなカフェ兼食料品店を営む両親のもと、同じ地方のイブという町で過ごした。ルーアン大学卒業後、結婚して二人の息子をもうけたがやがて離婚し現在はパリ近郊の街で一人で暮らしている。(1993年記載)
本書は、父をつづった、自伝的な一冊。本書で、84年ルノード賞(フランスの文学賞)を受賞している。
じつに、淡々と語られる父の姿。
淡々とした文章でありながら、その時に彼女が感じていたであろう心の葛藤というのか、言葉にはしなかった父への想い、母への想い。そして、旦那への想い。そんなものが込められている。
自伝的というか、自伝なのだが、父親の人生をかたることで、自分がどんな風に父親を思っていたかを行間で語っている。
以下、ネタバレあり。
小説は、主人公、エルノー自身がとある教員試験に合格した場面から始まる。エルノーは、当時のフランスでいえば「肩書付き=エリート」の教員になったことを両親に手紙で知らせる。母から、「あなたの朗報にお父さんも自分もとても喜んでいる。」と返事を受け取る。
そして、その日から二か月。67歳で父親はなくなる。母親と二人でカフェ兼食料店を営んでいた父親は、闘病の末、亡くなった。バタバタと進む葬儀の準備、ミサ、死亡通知書、、、そんな、事務手続きが続く中、父親のことを回想する。
父親の生い立ち。文字を読むことも書くこともできなかった祖父。けっして裕福な家庭ではなく、片田舎の農場での日々。母親との出会い。戦争。引っ越し。カフェ兼食料店を経営するに至るまでの物語。
父親の一生は、労働者だった。
「エリート」教員になったエルノーとは異なる階級。
エルノーは、父親のことを「名もないとか、地味なとか、善良なとか言われる人々の範疇に入ってしまった」とつづる。
階級として、父を超えた娘。
そういう物語。
なんとも、心に残る一冊だった。
静かに淡々と語られる物語の行間から、ひしひしと、想いがにじみ出てくる、とでもいうのか。
フランス文学っぽい、という感じもする。
階級社会があった、フランスの物語なのだ。
行間を読む、という言葉が似合うのは、こういう本のような気がする。
うまい言葉が見つからない。
決して長文でもないし、さーーーっと読める一冊なのだが、この存在感に圧倒される。
私が、この本を読みながら、心がぎゅーーーって痛かったのは、彼女自身が、父親に対して持っている尊敬の念と、社会的にいえば父を超えた階級にいった自分の中の葛藤。。。私がある時に自分で気づかざるを得なかった、葛藤と似ているのだ。
ストレートに表現すると、
学歴のない父。
それなりの学校に行くことが出来た娘。
本書はのそれは、フランスのことであるし、戦後間もないことでもある。だから、学歴に対する世間の目というのは、今のそれとは違うだろうけれども。
この作品は、彼女がどれだけ両親のことを思っていたか、行間を読んで感じる作品だと思った。
フランスらしいといえばそうだし。
この、淡々とした文章のシンプルな美しさ。
その行間にあふれる、想い。切なさ。やるせなさ。
父親の娘へ威厳を見せようとする姿と、ただの一人の男でしかない姿と。
遺体となって横たわる父親を見て、娘がつづれる言葉とは、なんだろうか。
と、考えさせられる。
父と娘。
吉本隆明さんと、ばななさん。
父と娘の関係というのは、それぞれだ。
私たちは、生涯、両親を追い越して年上になることは無い。
でも、収入は両親をこえることがある。
学歴も、両親をこえることがある。
だからと言って、人間として超えたわけではない。
そんなことは百も承知で、
親が持っていなかったものを手に入れた時、子供がどんな気持ちになるか。
しかも、なにかそんな思いを自分の心の中にもっていたのかもしれない、と気が付くのは、自分が親になる年頃になってからなのかもしれない。
どういう気持ちって、、、、言い表せない。
どんな日本語の当てはまらないと思う。
いや、どんな国の言葉も当てはまらないと思う。
恐ろしいまでに、切なく、悲しく、愛しい一冊なのであった。
アニー・エルノーさん、あなたは、何者ですか?!?!
と、会いに行きたくなるような一冊だった。
果たしてこの一冊を、彼女は笑顔で書いたのだろうか。喪失感の中で書いたのだろうか。あるいは、淡々と、遠い眼をして書いたのだろうか。。。
彼女の他の本も読んでみたくなった。
読書は楽しい。