『教養としてのギリシャ・ローマ』 by 中村聡一

『教養としてのギリシャ・ローマ』 

名門コロンビア大学で学んだリベラルアーツの真髄
中村聡
東洋経済新聞社
2021年5月27日発行


リベラルアーツ関係の勉強会で話題になった本。図書館で借りた。予約をしてから、数か月、時間がかかったように思う。
単行本 341ページ、1800円。
内容の割に安いこれはコスパの良い本だと思う。
一冊、家にあってもいいかも。

 

西洋の歴史がわかる本。
世界史の勉強をする前に、読んでおくと、歴史や哲学がよくわかると思う。
もっと、若いころに読みたかった、と思った一冊。


欧米のエリート大学では、リベラルアーツは学部教育の根幹であって、Coreとして学ばなければ、専門課程へ進めない。そのリベラルアーツのうち、ギリシャを中心に、ぎゅっと凝縮した一冊なわけで、良書だと思う。

著者の中村聡一さんは、米国コロンビア大学の学部課程を優等の成績で卒業する。その後同大学のグローバル政策大学院でファイナンスを専攻。国際畑でビジネス系のキャリアを積む。現在は甲南大学リベラルアーツの研究と教育にあたっている。著書に『企業買収の焦点』がある。

 

目次は以下の通り。

序章 なぜ米国の一流大学はリベラルアーツを重視するのか
第1章 聡明期のギリシャリベラルアーツの土壌はこうして生まれた
第2章 ヘロドトス『歴史』で知るヨーロッパの原点
第3章 トゥキュディデス『戦史』が描く衆愚のギリシャ
第4章 プラトン『国家』が掲げる理想主義
第5章 アリストテレス『ニコマコス倫理学』が掲げる実践主義
第6章 アリストテレス政治学』が描く現実的国家論
第7章 ローマの繁栄から中世キリスト教支配の時代
第8章 「西洋」優位の時代の幕開け ~ルネサンスから近大まで
終章 ”超大国アメリカで磨かれたリベラルアーツ 


第1~第3章までは、ギリシャの歴史としての叙事詩ギリシャ神話の大まかなストーリーが把握できる。これは、わかりやすい。なぜ、リベラルアーツの勉強がここから始まるかと言うと、ソクラテスプラトンが登場する前の社会背景を理解しておく必要があるからだ。
ソクラテスも、いきなり「無知の知だ!」とおもったわけではなく、そう考えるに至る時代背景があり、ソクラテスにふりかかった理不尽ともいえる死刑は、賢者を越える賢者であったため、ということがわかる。

ギリシャ時代の叙事詩は、土地争い、権力争い、男と女の諍い、女の取り合い、、、、日本の古事記とも似ていなくもない。人は、紀元前から、豊かな土地を求めて争いあい、権力をもとめて争いあい、美しい女を手に入れるために争いあった。。。その一方で、オリンピックも生まれたりしている。

戦乱と悲劇の時代。ギリシャとアジア(ペルシア)との戦い。


ヘロドトスの『歴史』は、人類最古の歴史書と言われている。当時、紙はない。一応、線文字と言うものはあったらしいが、主には口頭で伝え続けられたわけで、どんどん、物語風に面白おかしく脚色されたかもしれないけれど、土地と権力の奪い合いの歴史、という軸は変わらないだろう。

 

紀元前8世紀、アジアというのはアッシリアが支配していた。アッシリアはエジプトまで征服しオリエント世界を統治する。その後、4王国時代。エジプト王国、リュディア王国、新バビロニア王国、メディア王国。のちに、これらをペルシア王国が統治する。
ギリシャが長く戦ったペルシャ
このころには、ギリシャの中にも民主制のアテナイ、寡頭制のスパルタ、といった地域毎の都市国家があり、ヘロドトスは、「独裁制への嫌悪、民主制国家への主張」をこめて、『歴史』を書いたと言われている。
しかし、民主制から私利私欲のリーダーが生まれると、間違った道に進むことがあることは歴史が証明している。ペリクレスの時代は良かった。ペリクレスが亡くなると、弁舌は立っても大局観や戦略をもたないリーダーたちによってアテナイは衆愚化し、衰退してしまう。

ペリクレスは、紀元前430年戦没者追悼の式典で、史上最も有名な民主制賛美の演説をしている。
その演説の一部が本書に引用されているのだが、これは、今日でも欧米の政治家の間ではスピーチの手本となっている。
ペリクレス、演説、で検索すればたくさん出てくる。
めっちゃ、要約すると、
すべての人の自由公平を前提としつつも、結果平等ではなく機会平等であり、それぞれの立場で公のために尽くさなければならない。また秩序を保つためのルールの厳守と貧困を克服るための自助努力が必要
ということ。 

機会平等、自助努力

今日でも、重要なキーワードは、ペレクレスの時代に語られた。

紀元前にも、独裁や民主制への議論があったという事だ。

 

そんな時代背景をもとに、ソクラテスプラトンアリストテレスの時代にはいっていくと、彼等の思想の変遷がわかりやすい。


プラトンソクラテスの弟子で、アリストテレスプラトンの弟子だ。

本書の表紙の装丁になっているアテナイの学堂」バチカンカトリック教会の総本山・ローマ教皇庁「署名の間」にあるラファエロ・サンティによるフレスコ画。教科書や、TVの美術番組など、目にしたことがある人は多いと思う。
ここに書かれた多数の人物は、ラファエロ本人が言及したわけではないけれど、実際のモデルがいると言われていて、中でも、中央の二人は、プラトンアリストテレス、と言われている。この一枚のフレスコ画にまつわるストーリーをじっくり学ぶだけで、かなりこの時代のことが学べると思う。

 

プラトンの教育に対する考え方で、
教育とは視力を外から与えるのではなく、見る方向を正しくしてやること」という言葉がでてくる。

洞窟の中にこもって、奥の暗闇ばかりを見ている人は、暗い中での視力はしっかりとあるが、外の世界を見ることがない。外の世界があるという事をしらせてやり、視線を洞窟の外へ向けさせるのが教育である、と。

なるほど。旨いこと言うなぁ、、、と、思った。 

 

アリストテレスといえば、中庸の徳。9つの徳が大事だと言っているが、それはいずれも、過少でも過剰でもいけない。中庸が大事。
持つべき、中庸の徳は、以下の9つ。 (矢印で、過少→中庸→過多)

1 恐怖について:勇敢
  恐怖・怯え → 勇敢 → 平然・無謀

 快楽について:節制
  無感覚 → 節制 → 放埒

3 金銭の使い方について:寛厚
  ケチ → 寛厚(かんこう) → 放漫

4 式典等の行いについて:豪華
  こまかい → 豪華 → 派手・粗大

5 知識について:矜持
  卑屈 → 矜持 → 傲慢

6 怒りについて:穏和
  意気地なし → 穏和 → おこりっぽい

7 他人との接し方について(1):真実
  卑下 → 真実 → 虚飾

8 他人との接し方について(2):親愛
  愛想なし・嫌な人 → 親愛 → 機嫌取り・よこしまな人

9 ユーモアについて:機知
  野暮 → 機知 → 道化

アリストテレスは、紀元前384年生まれと言われている。2400年も前の人が大切と言ったこと、今も、変わらない・・・。

ユーモアも入っているというのが面白い。

『ハイコンセプト』でも、「遊び心」が大事と言っている。

megureca.hatenablog.com

 

第7章以降は、ローマ帝国からキリスト教の時代へ。近代への序章なので、ここは学校でも結構勉強したところではないだろうか。でも、改めて、旧約聖書の時代、アレクサンドリア図書館が出来た時代、神と科学がどうやって同居していったのか、トマス・アクィナスの神学へのつながりがわかる。
本書の中では、トマス・アクィナスの「哲学は神学の端女(召使の女性)である」と言うのは、哲学は人間の英知の結晶として必要不可欠だが、叡智の及ばない部分を扱う神学のほうが絶対的に上位である、と解説している。
個人的には、それはどうかな?と思った。アクィナスは、上位という概念すら捨てたのではないだろうか?神は人の心にいるのだから。

megureca.hatenablog.com

そして、「哲学は神学の端女(召使の女性)である」という解釈が、その後の世界に大きく二つの足跡をのこした、としている。
一つは、神学の根拠をプラトンからアリストテレスに移したこと。もう一つは、神学と哲学の関係を明確に整理したこと。

二つ目の、神学と哲学の関係を明確に整理したこと、というのは、まさに、アクィナスの偉業だろう。現在の欧米でも、科学と宗教は当たり前のように両立している。それは、アクィナスがこの時代に、神学と言うものを位置づけ、科学は神を否定するものではない、としたからだ。

第8章からは、ルネサンスから近代。大航海時代に始まった株式会社という仕組み。宗教改革から始まる30年戦争。1664年ウエストハリア会議。主権国家間の国際関係である主権国家体制が成立へ。

そして、デカルト、ロック、マルクス、、、ダーウィンへ。

 

これは、歴史の教科書だ。

大学の講義をぎゅっとまとめてくれているわけで、それを1800円で勉強できるのはなんてすばらしいコスパでしょう。

 

歴史に学べ、と言うけれど、大事なのは何が起きたかではなく、なぜそうなったかなんだな、という事がよくわかる。

 

お薦めの一冊。

読書は楽しい。

 

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『教養としてのギリシャ・ローマ 名門コロンビア大学で学んだリベラルアーツの真髄』