『十五の夏』 by  佐藤優

『十五の夏』 (上)(下)
佐藤優
幻冬舎
2018年3月30日 第一刷発行

 

前から気になっていたのだけれど、先日読んだ『社会の歪みと希望』のなかで、雨宮さんが絶賛していたので、借りてみた。分厚い単行本で上、下。

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佐藤さんが1975年、高校受験に合格して浦和高校の一年生になった夏休み、40日間の東ヨーロッパ~ソ連の一人旅の話。 当時のお金で48万円。色々と安く行ける方法を模索して、飛行機と電車と船とを使い分けて。それでも、高校3年間の学費の10倍だったそうだ。1ドル360円の時代から、1973年変動相場制に変わったとはいえ、今のように自由に海外へ遊びに行ける時代ではなかったはず。それでも、それだけのお金をかけて、15歳の佐藤さんが行ってみたいと言った東ヨーロッパへの旅行を認めてくれて、お金を出してくれたご両親。「教育とは生きる力をつけること」という、ご両親の想いが行動にあらわれている。

 

時々、ご両親、妹、飼い猫のことがでてくるのだけれど、やっぱりお母さんは心配で心配で仕方がなかったみたいだ。そりゃそうだ。男の子で15歳なんて、まだまだ子供だ。しかも英語の通じるアメリカではなく、社会主義の国々、東欧~ソ連だなんて。一人で行った佐藤さんもすごいけれど、ご両親もすごい。

 

上433ページ、下435ページ。トータルすると読むのに10時間くらいかけたかもしれない。さらっと読み飛ばす気にはなれず、じっくりと、でもあっという間だった。
面白かった。思わず、夜更かししてまで読んでしまった。旅行記としても面白いけれど、なぜ、社会主義の国へ行ってみたのか、どんなことに興味を持っていたのか、そして旅先で様々な人との関わりにどう行動したのか、現在の佐藤さんの基盤が15歳の時に形成されたという事がよくわかって、面白い。


(上)は、旅の準備から出発、東欧からソ連にたどり着くまで。1975年、ソ連を旅行するには、ビザはもちろんのこと、事前にホテルの予約等すべてを申告しておかなくてはならなかった時代。ソ連にいくならば中央アジアも見ておくべきだという知り合いの助言もあって、東欧からソ連中央アジアを通って、最後は船で帰国するという、40日間の旅が始まる。飛行機の中での出会い、各地での出会い、冒険記だ。


(下)は、ソ連へ遊びに行きたくなった背景の説明など含め、日本での様々な経験の回想も含まれる。北方領土問題についても、少し理解が深められる。無事に日本へたどり着いたものの、そこでも実はトラブルに巻き込まれるが、最後は無事に帰宅。最後の章は、出合った人々がその後どうなったのかなどが記される。自分自身の身に起きたことも含めて。

 

旅の間に出会った人々の話、食べ物の話、ホテル、案内の人。旅行記として充分に面白い。しかも、これが、15歳の少年だったのかと思うと、思わず応援したくなる冒険やトラブルの場面。
一度は、ブカレストからキエフに向かう電車で最大のピンチ。切符も入手し、乗れると信じていた寝台電車で「指定券」がないからといって乗せてもらえず、途方にくれて泣きだす場面。それでなくてもルーマニアの人は優しくないし、大変だったのに、やっとルーマニアから脱出できると思ったのに、、、、。文通相手のフィフィと長く楽しい時間を過ごしたハンガリーの後だっただけに、ルーマニアの印象は最悪に終わるか、、と思いきや、親切な係りのおかげで、予定は変更になったものの、翌日無事、電車に乗れる。。。

 

佐藤さんが東欧へ旅行をしたいと思ったきっかけは、ソ連への興味のあったことと、もう一つ、文通相手だった友人フィフィのいるハンガリーを訪れることだった。国際文通の時代。今のように電子メールなんてないし、ましてSNSもない。昔は文通ってあったなぁ、って、懐かしく思いだした。フィフィとはすれ違いもあったものの、ちゃんと出会うことができて、めでたしめでたし。

 

40日間の旅路は、自宅の大宮から始まる。
羽田空港からエジプト航空にてカイロ経由でチューリッヒスイス)へ。
シャフハウゼン→ ミュンヘン → プラハ (チェコ
→ ブダペシュト(ハンガリー)
  ホテルとフィフィの家と、予定より長く滞在。
→ キエフウクライナ)→ モスクワ (ソ連)
→ ブハラ(ウズベキスタン共和国
→ タジキスタンタジキスタン
→ ハバロフスク → ナホトカ
→ バイカル号(船)にて、日本へ

 

本当に、臨場感あふれる描写で、思い出しながら描いたというより、ある程度の何らかのメモがあって、書かれたのではないだろうか。飛行機や電車で一緒になった人、ユースホステルで一緒になった人、美味しかった食事、飲み物。。。
1975年の旅を、2018年に回想して書くなんて、すごい。

 

ちなみに、1975年の段階では、ウクライナソ連であり、1986年にはチェルノブイリ原発事故を起こしている。1991年のソ連崩壊に伴い、ウクライナが独立。
ウズベキスタンタジキスタンも、1975年はソ連。1991年のソ連崩壊で、ウズベキスタン共和国タジキスタン共和国として独立。

今とは、まったく状況が異なっていたはずだ。観光客の受け入れなんて、ほとんどできてない時代。

 

旅先で会う日本人は、だれもが、

15歳での海外の経験は、君の人生を変えるものになるだろう」という。

「将来は離島で中学校の英語の教師になりたいと思っている」という佐藤さんに、

きっと君は、海外を飛び回るような仕事をするんじゃないかな、という人がたくさん。

 

15歳の海外一人旅は、人生を変える、本当にそう思う。

 

その土地で出会った人々、地元の人もいれば、旅行者だったり、なんにしても、15歳で英語だってペラペラなわけではなくて、身振り手振りでなんとか、事故にもあわずに、、、。長い長い、40日間だったろうと思う。そして、楽しい旅は、あっという間でもあり。一度だけ、家族が恋しくなって、国際電話をかけるシーンがある。まだ、簡単に国際電話が掛けられる時代じゃないから、交換手を通じて電話をかける。しかも、かけたい時に簡単に通じるわけではない。お母さんと妹に手紙を書くシーンはたびたび出てくる。

 

一人旅をしていると、家族に手紙を書きたくなる。よくわかる。私も、よく家族にポストカードを出す。ついでに、自分宛てにも書く。それが私の旅の記録。旅先で手紙を書くと、自分が独りぼっちじゃない気がするのだ。一人旅でも、手紙を書いている時間は一人じゃない。


佐藤さんはこの旅の前にも、日本国内一人旅をしていたようだけど、やはり言葉の通じない国、文化、習慣、ルールの異なる国に一人で行く勇気って、すごい。きっと、怖いっていうことより、好奇心の方が勝ったのだと思う。行ってみたい、見てみたい、という気持ちの方が、躊躇する心を凌駕してしまう。命さへなくさなければね、なんでも挑戦だ!

まぁ、私も、英語圏じゃなくても一人旅をしてきた。人が住んでいるんだからなんとかなる、というのが私の持論だ。でも、20歳を過ぎてからだし、だいぶいろんなことで度胸がついてからだ。高校生の時に、一人で海外に行きたいなんて、思わなかった。日本国内一人旅もいっぱいしているけれど、多分大学生になってからだ。

 

面白かったなぁ。
やっぱり、旅は、人生を変えるほどの影響になることがある。
その時には気が付かなくても、後から考えると、あぁ、あの経験があったから、今回のこれはなんとかなったんだな、ということもある。

旅日記、若いころは旅絵日記をつけていたけど、、、と思い出して、スケッチブック、ごそごそ取り出してみたら、2000年8月のコペンハーゲンの旅日記がでてきた。往きの飛行機で、スーツケースが届かなくて、、、一晩、航空会社がくれたシングルナイトセットみたいなので過ごしたっけ。男性ビジネスマン用のセットで、巨大なTシャツと、歯ブラシのセットだった。。。懐かしい。。。

 

旅行記って、やっぱり面白い。でも、思い出そうとおもっても、佐藤さんのように詳細はちっとも思い出せない。
食事の描写も細かくって、美味しそう。途中、ブハラの街のバザールに出かけて、体重を測るサービスで、体重を測るシーンが出てくる。昔は、家庭に体重計はなくって、青空市場のようなところで、お金を払ってはかる人がいたそうだ。で、その時、52.5Kg。出発前より2.5Kgへっていたから、ちゃんとご飯を食べようと思った、と書いている。読んでいると、いつも食事の話がいっぱいで、ずっと食べているような気がするけど、そんなことなかったみたい。しかも、15歳だから、お酒は飲まないから、旅でも痩せちゃうわけね。と、なんだかほほえましい。

あまり、怖い目に合うようなことは無かったようだ。寝台車乗れなかった事件が一番のトラブルだったのだろう。でも、優しい係りの人に助けられる。
人は、困っている人には優しくできるものだ。たとえ言葉が通じなくても。

旅の最後、酒匂さんという日本人に出会う。酒匂さんは、たくさんの本を読み、様々なことに興味をもっている佐藤さんに、「いまはちゃんと高校の勉強を頑張ることが一番だ」という。そして、最後の晩の会話。
酒匂さん:「あなたのような問題意識が先行している人は、学校の勉強を放り出す恐れがある」
佐藤さん:「そういうことにはならないように注意します」
酒匂さん:「いやそれは注意すれば治るというものではない。先鋭な問題意識に基づいて本を読み進めているうちに時間が足りなくなる。人間は誰もが平等に1日24時間の時間を持っている。この時間をどのように配分するかで、その人の人生が変わってくる
佐藤さん:「その説明はよくわかります」
酒匂さん:「そうなると高校の勉強や受験勉強のために割く時間が不足する」
佐藤さん:「確かにそうなりそうです」

日本に向かう船の最後の晩、佐藤さんはこの言葉が気になって、なかなか寝付けなかった。

24時間をどう使うかは、自分次第
本当に、その通りだ。
365日をどう使うかも、自分次第

 

生き方を考えさせられる一冊だった。

良い本だ。

大人向きかな。

今の高校生が読んだらどう思うのかな、、、

なんて思った。

 

読書は、刺激だ。

読書は、楽しい。

 

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『十五の夏』 佐藤優