『人間の運命』 by ショーロホフ

人間の運命
ショーロホフ
米川正夫、漆原隆子 訳
角川文庫
昭和35年11月10日初版発行
平成20年11月25日改版初版発行

 

 佐藤優さんが、『十五の夏』のなかで中学生の時に読んでモスクワのラジオ局に感想文をおくったことで、ラジオ局の人が覚えてくれていた、というお話ででてきた一冊。

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ショーロホフ(1905~1984年)は、ロシアを代表する作家。南ロシアのドン地方の商人家庭に生まれる中学生時代にロシア革命が起こり、後に赤衛軍の食糧徴発部隊員として働く。1922年にはモスクワに出て肉体労働に従事。24年『ほくろ』で文壇デビュー後、短編集『ドン物語』『るり色の曠野』を刊行。その後帰郷し、そこで執筆を続けた。ロシア文学の最高傑作・大長編『静かなドン』でスターリン賞受賞。65年にノーベル文学賞受賞。

ロシア文学は、結局なんだかよくわからん、、、という感じで、読んでは投げ出すことがおおかったのだけれど、今回、初めて、ショーロホフの作品を読んだ。短編集で、薄い文庫本なので、とっつきやすく、あっという間に読めてしまった。
昔に比べると、米原万里さんや佐藤優さんの本をたくさん読むようになって、ソ連、ロシアという国の歴史的背景に理解が進んだことも、読みやすく思えた要因のように思う。
やはり、その国の歴史を知らずにその国の人々の暮らしの話を読んでも、なんだかピンとこない。まして、ロシア文学は、暗い、、、、、といってしまえば、暗い。抑圧された体制の中で、なんとか生き延びている人々の話が多いから。でも、そこに、どんな世界であっても日々を楽しんで暮らそうとする、何か喜びを見出そうとする、そんな人間のたくましさのようなものがある気がする。

 

わたしが読んだのは、改定版。図書館で借りたら改定版だったのだが、最後には「新解説」として、佐藤優さんの解説がついていた。ちょっと、思いがけないおまけがついていた感じで、嬉しい。ちなみに、佐藤さんの肩書は(作家・起訴休職外務事務官)となっている。貴重かも!

佐藤さんは、「ロシア人を知るために読んだらよい小説を一冊だけ紹介してください」と尋ねられると、本書『人間の運命』を紹介しているという。ショーロホフは、ソ連体制の「御用作家」と酷評されることもあったという。それでも、「本書は、ロシア人(正確に言えばロシア人だけでなく、ウクライナ人、ベラルーシ人も含む)の気質を理解できると思っている」と書いている。

 

『人間の運命』は、一人のロシア人の男、アンドレイ・ソコロフが自分の過去を独白するような形で物語が進行する。その語りの中に、捕虜となり、ナチス・ドイツの将校に射殺されそうになる場面がでてくる。
毎日、4立法メートルの石切り作業をやらされ、死ぬほど大変だった時、「こんなでかい石、俺たちの墓石には大きすぎる」と愚痴ったことを告げ口されたから。
主人公は結局、射殺されることなく、難を逃れるどころか、パンとバターまで与えられるのだが、そのときの将校とのやり取りに、ロシア人の気質がそのままでている、というのが佐藤さんの解説。
その日、とある作戦で勝利を収めていた将校は、ドイツ軍の勝利を祝って、お前もいっしょにウオッカを飲め、とソコロフにいう。敵の勝利を祝う屈辱を味あわせて、イジメぬいて射殺しようという意地悪さ。
ソコロフは、「自分の死と苦痛からの解放を祝して飲みます」といって、2口で飲み干す。「ご馳走様でした。司令官殿、用意が出来ました。(速く射殺してください)」
しかし、将校はツマミを食べなかったソコロフに対し、「死ぬ前にツマミも食べろ」という。ソコロフは、「わたしは一杯目はツマミは食べないのです」と答える。
二杯目のウオッカが出される。またして、ソコロフは飲み干す。
また、ツマミは食べない。
「わたしは二杯目に食べるのも慣れていない」という。
そして、三杯目が出される。
飲み干すソコロフ。
司令官は笑いだす。
「なぁ、ソコロフ。お前は本当のロシヤ兵だ。お前は勇敢な兵隊だ。わしも兵隊だから、しっかりした敵を尊敬する」

そして、ソコロフは、自分の部屋に戻ることを許される。パンとバターをお土産に。

と、独白はまだまだつづくのだけれど、本ストーリーの一つの山場が上記場面。

ロシアでは、つまみなしにウオッカを3杯飲むと、「たいしたもんだ!」といって、大喜びされるそうだ。佐藤さんは、そうして、ロシア要因と信頼関係を深めた、と。

命をもすくう、つまみなしのウオッカ3杯!


ソコロフはその後、捕虜から逃げ出すことに成功する。しかし、故郷に戻ると妻も子供も、戦争で殺されていた。。。失意の中、出会った戦争孤児を自分の子供として育てている。

そんな話。

悲劇のなかに喜劇があり、人生の悲しみの中に、喜びをみいだそうとする。そんな人生がぎゅっと凝縮されたようなストーリー。
短編ながら、濃い。
短編なだけに、凝縮された話。

なるほど、そういうことか、、、と。

 

ドストエフスキーと、トルストイも、読みにくいと思っていたけれど、今読み直したら、また違った感想になるのかもしれない、と思った。チエホフだって、今なら楽しめるのかも。。。


ロシア文学、奥が深いというのか、日本人にとってはロシアという国の文化を理解しないと、その面白みがわからない、という事なのだなぁと思った。

先日、映画「ドライブ・マイ・カー」を観に行ったのだが、劇中劇として「ゴドーを待ちながら」と「ワーニャ叔父さん」が出てくる。学生の頃、小劇場に舞台を観に行くのが好きで、よくチエーホフの作品も観た。でも、ちっとも面白さが分からなかったことを思い出しながら見ていた。映画の中でのワーニャ叔父さんは、なかなか興味をそそる設定で出てくるのだが、ふと、チエーホフも読み直したら面白さがわかるのかな、と思った。

ちなみに、「ドライブ・マイ・カー」は、村上春樹の短編小説を映画にしたもの。ゴールデン・グローブ賞を受賞したことでも記憶に新しい。個人的には、この劇中劇が「ワーニャ叔父さん」であることも重要な気がしている。

 

ロシア文学、そのうち、どっぷりつかってみてもいいかも、と思った。 

 

ちなみに、薄い文庫本だが、本書は他に、

夫の二人いる女

子持ちの男

るり色のステップ

他人の血

と、4編がおさめられている。

どれも、ソ連時代の赤と白のはざまで生きている人々の葛藤が描かれている。

ふと、「石の花」を思い起こす。

 

 

なかなか、濃い一冊だった。

 

読書は楽しい。

 

 

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『人間の運命』 ショーロホフ