『この不寛容の時代に ヒトラー「わが闘争」を読む』 by  佐藤優

この不寛容の時代に ヒトラー『わが闘争』を読む
佐藤優
新潮社
2020年5月25日

 

佐藤さんの『危ない読書』第一章 独裁者の哲学 彼らはいかにしてひとを操ったのか?に最初に出てきたのが、『わが闘争』(アドルフ・ヒトラー)。

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でも、読みにくさで有名な『わが闘争』だし、なんか、手に取るのも気持ち悪い、、、と思っていた。
図書館で、本書をみつけ、解説付きなら読んでみてもいいかも、と思って借りてみた。

本書は、2018年11月3日から4日間行われた新潮社講座ファイズムとナチズム」を単行本化したもの。佐藤さんの講座でのかたりがそのまま文字起こしされた感じ。
まぁまぁ、読みやすい。

目次
まえがき
1 不寛容はどこから生まれるか
2 お互いの「耐えがたさ」
3 性も健康も国家が管理する
4 知性の誤使用としての反知性主義
5 総裁の逆問題
6 いま生きるナチズム
7 歴史は繰り返すにしても
あとがき

講座の中で、『わが闘争』の読み合わせがあるのだが、その部分はそのまま『わが闘争』からの引用。これが、分かりにくい。佐藤さんが、「支離滅裂で、論理的構造を成さない文章」といっているので、分かりにくくて、あたりまえ、、と思ってよいのだろう。かつ、講座では引用の順序も時々入れ替わる。そうしないと、読みにくい、ということ。
論旨がないパッチワークで、アマルガム、と言っている。

講座の目的は、ファシズムやナチズムとは何だったのかを考えることで、現代がどういう時代であり、どう生きえば生きやすくなるかへのヒントを提供する、ということ。

結論を言ってしまうと、ナチズムのような優生思想に基づく生命軽視は、日本にもあったし、今もそのような思想を持つ人はいる。それが目に見える形で現れたのが、神奈川県相模原市の障害者施設津久井やまゆり園」で2016年7月に起きた重度障碍者19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた事件。植松聖被告は、動機として「重度障害者を殺害すれば不幸が減る」「障害者に使われていた金が他に使えるようになり世界平和に繋がる」と考えたと認めている。

『この社会の歪み(ゆがみ)と希望』雨宮処凛佐藤優)のなかでも、佐藤さんが繰り返していた話だが、この事件を、ちょっと頭のおかしい人が起こした事件として片づけてしまってはいけない、原因をもっと調査するべきだ、と言っている。

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このようなことが起こりえる社会。ファシズムやナチズムは、一歩間違えば、どこででもいつでも起こりえるということ。

我が闘争』を読みとくことで、なぜ、ヒトラーがあのような人種差別的な政策に至ったのか、なぜヒトラーがドイツで政権を取るようになったのかを考え、いつの時代にも起こりえる人の行動様式を考えるためのヒントがある一冊。

批判的に学ぶことで、現代という時代を考える。
そういう一冊。

アドルフ・ヒトラー、1889~1945年。ユダヤ人の大量虐殺をしたヒトラーホロコーストを作ったヒトラー
これまでは、そこで思考停止していたのだが、今回、どれほどヒトラーが知性がなく、しかし、人を扇動するのがうまかったのか、ということが垣間見えた。


ナチズムやファシズムがなぜ危険なのか、という事を考えるうえで参考にしているのが、ウンベルト・エーコ(1932~2016)の『永遠のファシズム。ちなみに、佐藤さんは、標準的な辞書や辞典も活用するように、と薦めている。ウィキペディは、自分で真偽が判断できるくらいよくわかっている分野であれば参考にしてもよい、と。

エーコによると、原理主義教条主義、人種主義、それぞれ別物。
原理主義ファンダメンタリズム教条主義=ドグマティズム。
辞書によると、ファンダメンタリズム=ドグマティズムとあるけれど、本当は違う、と。

カトリック教会は聖書と伝統に真理があるけれど、伝統の方が大事で、それは教会に保全されている。そこにはドグマがある。だから、教条主義
一方で、世界の成り立ちはテキスト(聖書)にあるとするのがプロテスタント原理主義

でも、どちらも不寛容につながる可能性があるという。加えて、ポリティカル・コレクトネスが不寛容になりうる、という。

ちょっと、分かる気がする。
LBGTを認めない奴は不寛容だから、そんな奴は認めない、、、、という不寛容。
エーコは、「不寛容は理屈より前にある」と言っている。
不寛容は生物学的な根源を持ち、動物間のテリトリー性のようなものとして現れる。

理屈によって不寛容をつぶすことはできない。何故なら不寛容はそもそも理屈で成り立っていないから。エーコに言わせればそれは縄張り意識のような生物学的な基盤を持っているからだし、だから、不断の教育をして予防し、克服していくしかない。教育というのは単なる知識じゃなくて、生き方を見せること、と佐藤さんが解説している。

不寛容はどこから生まれるか、、、どこからでも生まれる、、、という事かもしれない。

という、だれもが寛容にも不寛容にもなりえる、という前提の上で『わが闘争』を読み進めていく。

ヒトラーは、社会の底辺で暮らしていたこともある人。若くして両親を失い、ウィーンで画家になろうとして失敗。オーストリア・ハンガリー帝国内の民族闘争に巻き込まれて、ドイツ民族至上主義者となる。『わが闘争』を書いたのは、ミュンヘンで起こした一揆に失敗して、投獄されていた時。1925~1926に出版。出獄後に、党を再建して、中産階級の支持を確保し、1932年には支配勢力各層の有力者がヒトラーを支持するようになる。1934年に総裁に。1939年ドイツ軍をポーランドに侵入させて第二次世界大戦に突入。1942年ころから敗戦を重ねる。1944年、将校たちが反乱を起こすも一般民衆の個人人気は保持。1945年4月30日、ベルリン陥落直前に妻と自殺。

なぜ、ヒトラーが一般民衆に人気となったのか。それは、支離滅裂ながら演説上手で、印象的な言葉で中産階級の人々を魅了したから。「敵は自分たちの中にいるんだ!」実証の無い言葉は、『わが闘争』の中でも認められる。ようするに、無知性。目指したのは個人の繁栄ではなく、人種の繁栄。アーリア人の優秀な遺伝子だけを残す。そのためには、女は子供を産む道具。だから売春は規制する。そこはカトリックとも共鳴。優秀な遺伝子を残そう!優秀でない遺伝子は排除しよう!

排除しよう!が、抹殺しよう!に変わっていく。
また、生殖不能ならば、国家としてそこに支援はしない、と。

合理性や生産性追求で考えていくと、そういう極端な事に行きつく。でも、いつの時代も、合理性や生産性追求をするのが人間。そこに危うさがある。


ヒトラーの話は、逆問題。目指したゴールのために、原因、理由を後付けする。逆問題で演説すると、インフルエンザは魔女の仕業だ!魔女をやっつけよう!となる。。。
理論がない。

しかし、印象的で、扇動されてしまう。。。

佐藤さんは、フタコブラクダの前コブと後ろコブのアナロジーを持ち出す。本を読む層の分布はフタコブラクダのように二つの分布がある。前のコブは、色々と新しい刺激的なものを楽しめる人たちで、後ろのコブは、いつも同じパターンが出てくるのが好きで安心できて好きな人。前のコブと後ろのコブでは、本に求める価値観が違うし、ゲームのルールが違う。出版社は、前コブ、後ろコブ、双方を視野に入れるし、一般的には極端にどちらかに偏りすぎたりはしない。でも、ヒトラーは徹底的に後ろコブの人だった。前コブに未練がないのがヒトラーの強さ。

何の裏づけもなくても、同じことを繰り返し聞いていると安心する。そういう人たちに語りか扇動した。
ヒトラーが大事にしたのは、常に人気を維持すること。ポピュリズムの祖。
うまく宣伝して、いつも人気があるようにしておく。
宣伝がうまく回っていると、組織は少人数でいい。政治をやるのは少なくていい。そうすれば、残りの人は生産活動をしてくれるから。

ここで、Amazonの話が出てくる。Amazonの口コミは、要するに宣伝を肩代わりしている。みんなただ働きでAmazonの宣伝を担当しているのだ。だから、本体は少人数でいい。儲かるわけだ。

最後の章で、講座の全体を総括している。

ナチズムはファシズムの一種であるが、イコールではない。ナチズムは人種主義という特殊性を持ったファシズム

ヒトラーは何者であったかということは、多面的すぎて回答ができない。ヒトラー自身が、思考をしょっちゅう変えていた人。ただ一貫しているのは、アーリア人種の生き残り。

生き残り、という言葉は政治家が口にするのは危険。生き残るためと言えば何でも許されてしまうから。

ナチズムの特徴は反知性主義ヒトラーは、知識層やエリートが嫌いだった。反知性主義とは、客観性・実証性を軽視もしくは無視して、自分が望むような形で世界を理解する態度をとること反知性主義を説得するのは難しい。

そして、最後に、
「重要なのは人間は生まれて存在してるだけで意味があるということです。それは、意味があるから。理屈では説明できない。なぜならそれは人知を越えたことだから。一番大切なことは、いつだって同語反復にしかならない。つまり、人間の命は意味があるから意味がある。そういうふうになっている。「そういうふうになっているんだ」と認識しておくことが非常に大事なんです」と。 

 

なかなか、深い本だった。

やっぱり、解説本じゃないと、読めないと思った。

そして、不寛容はどこにでもあるということ、自分の中にもあるという事を自覚する大切さ。難しい。

 

人は生きているだけで意味がある。

そういうことだよね。

大事に生きよう。

大事にしよう。

 

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『この不寛容の時代に ヒトラー「わが闘争」を読む』 佐藤優