『あぶない一神教 世界の「混迷」を解き明かす最強の入門書』 by  橋爪大三郎、佐藤優

あぶない一神教
世界の「混迷」を解き明かす最強の入門書
橋爪大三郎佐藤優
小学館新書
2015年10月6日


橋爪大三郎さんと佐藤優さんの本だから、借りてみた。
『ふしぎなキリスト教』とキリスト教つながり。

2015年と、ちょっと古いけれど、手元にお二人の新しい書籍があるので、先にこっちをよんでみた。

一神教を題材にして、世界を解き明かそうという本。一神教、つまりユダヤ教キリスト教イスラム教。

 

目次
序章 孤立する日本人
第1章 一神教の誕生
第2章 迷えるイスラム
第3章 キリスト教の限界
第4章 一神教と資本主義
第5章 「未知なるもの」と対話するために

 

序章で、日本人がなぜ国際社会で理解されにくいのか、という事の理由として、やはり、キリスト教についての知識がないので、国家主義も民主主義も理解できていない、ということが語られる。『ふしぎなキリスト教』で橋爪さんが指摘されていたことに、佐藤さんも同意している。


そして、本書で初めて知ったのは、シリアで「イスラム国」に殺害された、後藤健二さんはキリスト教だったということ。佐藤さんと同じ教派のプロテスタント日本基督教団に所属していたそうだ。神の声をきいたから、シリアへいったのではないか、と。 神の声が聞こえるというのは召命体験。一神教を信じる人にとって、神の声が聞こえたら、他の人が何を言おうと関係ない。神と自分との関係が、一番大事だ、ということ。
なかなか、わたしには理解しがたい。でも、ただの無謀な人だと思っていたけれど、そうではないらしい。

三浦綾子の小説『塩狩峠』で、 主人公が自らの命で乗客を救おうとするのも、神の声を聴いたということなのかもしれない。婚約者もいたのに、自分の命を犠牲にする主人公が、私には理解できなかった。

初めて、そういうことのなか、、、、と感じた。
私は、神と自分との関係が一番大事、なんて、思ったことがない。

 

第1章では、ユダヤ教キリスト教イスラム教の違いが語られる。成り立ち、だれが大事か、聖地、主にどこに信者が多いかなど、教科書のように分かりやすく書かれている。
キリスト教の信者のうちローマ・カトリック教会は東欧・中南米・フィリピン、東方正教会はロシア、プロテスタントは北アメリカ・西欧、ということ。
聖地については、もちろん、エルサレム岩のドームのあるエルサレム
そして、一神教にとっては、神と自分の関係が一番重要で、他の人とは比較したりしないという事。神の声をきいたら、他の人の声はどうでもいい、ということの理由はそこにある。自分は神に誓っている、神との約束が何より優先される。。。

 

儒教のように、年配者や賢者などと色々と敬うべき人がいるのではなく、神が一番。そこが、一神教ではない人との一番の違いなのだろう。森の神様、海の神様、たくさん神様がいる日本の神道とはだいぶ違う。


第2章では、イスラム教について。イスラム教においては、個別の国民国家主権国家を築くことが正しいという概念がない。だから、シリア国民、イラク国民、という意識も作りにくい。一方でキリスト教ではパウロの手紙に「国家に従うべき」と書かれている。パウロの手紙は聖書だけれど、それを社会学の形で明言したのがトマス・ホッブスホッブスは、主権国家を社会契約という形で正当化した。

そうか、そういうことか!!
政治・経済の教科書では最初にホッブスリヴァイアサンにかかれた「万人の万人に対する闘争」に陥らないためには、「人々は自己保存のために契約を結んで国を作る(社会契約)」と言った、というようなことがでてくる。
聖書に書いてあることを、実生活に反映させた論理だったのか。
なるほど。

イスラム国が目指しているのは、全世界、全人類にイスラムの教えが広まり、カリフが指導する普遍的な人類共同体ウンマを作ること。だから、国家とか国民というアイデンティティのまえに、イスラム国!となるわけだ。

これもまた、目からうろこ。

そして、シーア派スンナ派のおさらい。カリフを巡る意見の違いから分かれた2派。イスラム国が属するのはスンナ派の一つハンバリー学派。

 

イスラム過激派の話から、なぜ、アメリカは個人主義なのか、という話に及ぶ。
アメリカ人は、イスラム教の人々の心情を理解できない。なぜなら、アメリカという国がイスラムの国と正反対の成り立ちだから。
アメリカは、宗教改革で教会から異端扱いされたプロテスタントカルヴァン派の人々が大陸を渡って作った国カルヴァン派は、神が誰を救済するかは、神が予め決めているという救済予定説を信じる。家庭も教会も、会社の上司も自分が救済されるかどうかには影響を与えない。神と自分の関係だけが大事。だから、個人主義アメリカは、「アメリカ」が最上位のアイデンティティとしてきたので、白人至上主義もアメリ共産党も弾圧された。ムスリムも、「アメリカ」の上位概念になるならつぶされる運命。
選ばれた自分は、個人として神の期待に応えようとする、ということのようだ。

自己肯定感の高さとも、つながっているのかもしれない。

 

言語学者鈴木孝夫さんの話で、「日本の小中学生の自殺願望の多くの理由は、だれも自分の本音を話せる人がいなくてつらい」ということをアメリカの大学生に話したら、笑い飛ばされた、というのがある。学生らになぜ笑うのかを聞くと、「自分の本音なんて、親にも兄弟にも、まして友達になんて話さない」「自分の大事な本音を誰かに話すなんて、考えられない」と言われたそうだ。神と自分の関係を一番としている人たちの感覚なのかもしれない。神の声はいつでも聞こえるわけではない。だから、神と約束している自分を信じる。自己肯定。そういうことかもしれない。

それに対して、親や先生を敬えというふうな道徳に従うと、尊敬する人に肯定されてこその自己肯定。自分で自分を肯定するという習慣がないのは当たり前かもしれない。

 

第3章では、キリスト教から派生する、様々な社会の考え方について。アメリカでは、イエス・キリスト抜きの「ユニテリアン」という教会が増えているという。ハーバード大学など、ほとんどが「ユニテリアン」ではないかと。これまで学んできた一神教の概念からすると、キリスト教ではない、キリスト教?!?!「アメリカ」の多様性も広がり続けている、ということ。
そして、宗教が広がるというのは、価値観の多様化につながり、つねに何らかの対立をもたらす可能性もあるということ。キリスト教にも限界があるということ。

社会は、今も変わり続けている・・・。

 

第4章 一神教と資本主義。ここは、やはり、マックス・ウェーバーの話。プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神の中で語られる、カルヴァン派の禁欲的な態度が資本主義を生み出したという考え方。
面白いのは、佐藤さんは、このことは必ずしも肯定していない、ということ。
「私はプロテスタンティズムやカルヴァニズムに資本主義を見出す力はなかったのではないかと考えています。端的に言えば資本主義に繋がる何かを偶然掴んだのではないか」と言っている。
歴史的に、教会を追放されたという事もあるけれど、気候条件、民族、戦争、、、色々なことが重なった結果の資本主義なのではないかと。まぁ、それはそうだろうと思う。
一つの宗教だけで、今日に続く資本主義ができるわけでもないし、また、資本主義も変容しつづけているのだから、やはり、複雑系だ。色々な条件があり、そこに、プロテスタンティズムが加わった、と考える方が自然なのだろう。

 

最後の章では、イスラム世界が今後どうなっていくかについて、語られる。
二人の意見をまとめると、イスラム世界が産業社会や資本主義をリードしていくことは無いだろう、ということ。なぜなら、世界のシステムに寄生して成り立っているから。とはいえ、もしも、イスラム世界がを持つようになると、、、、原理主義過激派なら躊躇なく核のボタンを押すであろう、、、と。 

 

結構、頭の整理になる本だった。

 

お二人の視点で語られているわけで、これが宗教や世界を理解するすべてではない。いろいろな側面から見ること、考えることが必要だと思う。

それでも、一つの視点として、かなり頭の中が整理された。

 

グローバルに、アメリカ人、西欧人と付き合いのある人ならば、特に参考になる一冊だと思う。

 

やはり、日本の将来を考えるには、世界を知る必要がある。

そのための副読本として、おすすめ。

 

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『あぶない一神教 世界の「混迷」を解き明かす最強の入門書』