『新・100年予測 ヨーロッパ炎上 』 by  ジョージ・フリードマン

新・100年予測 ヨーロッパ炎上

ジョージ・フリードマン

夏目大 訳

早川書房

2015年7月20日 初版印刷

2015年7月25日 初版発行

 

原題:FLASHPOINTS The Emerging Crisis in Europe

佐藤優さんの『地政学入門』(角川書房)に出てきた本。

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図書館で借りてみた 。

 

著者のジョージ・フリードマンは1949年ハンガリー生まれ。ニューヨーク市立大学卒業後コーネル大学政治学の博士号を取得。ルイジアナ州立大学地政学研究センター所長などを経て、1996年に世界的インテリジェンス企業ストラトフォーを創設。チェアマンを務める。同社は政治経済安全保障にかかわる独自の情報をアメリカ他各国の政府機関世界中の一流企業に提供し、「影の CIA」 の異名を持つ。著書に『100年予測』『続・100年予測』など 。

 

私は、初めて、著者の本を読んだ。新100年予測と言うので未来のことが書かれているのかと思ったら、違った。ほとんどはヨーロッパの歴史。

 

本表紙裏には、

「大ベストセラー『100年予測』『続・100年予測』で世界を驚かせたフリードマンが次に注目するのはヨーロッパだ! 大陸の各地にくすぶる数々の火種を理解すれば、世界の未来が見通せる。誰が得をするのか、誰が損をするのか、世界の覇権図はどう塗り替えられるのか?クリミア危機を見事に予言した著者による最新の大胆予測。」

 

と、確かに、予測ではあるのだけれど、、、、最後の方が少し予測、って感じ。

ヨーロッパの歴史、アメリカとの関係、すごく勉強になった。

教科書にしたい一冊

 

目次

はじめに

 

Ⅰ ヨーロッパ例外主義 

第1章 ヨーロッパ人の生活

第2章 世界を席巻するヨーロッパ

第3章 ヨーロッパの分裂

 

Ⅱ 31年間

第4章 大虐殺

第5章 疲弊

第6章 アメリカが始めたヨーロッパの統合

第7章 危機と分裂

 

Ⅲ 紛争の火種

第8章 マーストリヒトの戦い

第9章 ドイツ問題の再燃

第10章 ロシアとヨーロッパ大陸

第11章 ロシアと境界地帯

第12章 フランス、ドイツとその境界地帯

第13章 イスラムとドイツに挟まれた地中海ヨーロッパ

第14章 ヨーロッパの縁のトルコ

第15章 イギリス

第16章 終わりに 


目次だけでも、歴史の流れがなんとなくわかる感じ。

Ⅲでは、たしかに、未来予測のようなはなしもでてくるのだけれど、なぜそうなるかの歴史的背景が主に語られている。

そうか、そういうことか、とこれまでの自分の知識と点と点が繋がる感じが面白かった。やっぱり、まだまだ歴史のことが理解できていないのだと思い知らされた。



そもそも、著者、フリードマン一家は、第二次世界大戦後、共産主義たちから逃れてアメリカに渡った移民、亡命者ということ。いわば、難民であり、その脱出劇から語られ始める。彼自身の経験だから、ものすごくリアルだ。かつ、彼はユダヤ。ヨーロッパからアメリカへ亡命した家族。もちろん、ホロコーストで亡くなった親族もいる。

「1949年8月13日の夜、私たち家族は、ハンガリー領内のドナウ川の岸からゴムボートに乗り込んだ、、、、」とはじまる。

当時、父親37歳、母親35歳、姉11歳、彼自身はまだ6か月の赤ちゃん。。。。赤ちゃんを連れての命がけの密航。。。

両親は、ハンガリー生まれ。といっても、当時はオーストリア=ハンガリー帝国。第一世界大戦~第二次世界大戦で、崩壊してしまった4つの帝国の一つだ。

 

1914年~1945年の31年間におよぶ、大量虐殺の戦争。この戦争で、ドイツ帝国オーストリア=ハンガリー帝国オスマン帝国ロシア帝国が崩壊した。そして、ヨーロッパでは各国が独立、東欧においてはロシアの境界地帯としてロシアから勝手に国境がひかれた。

 

ヨーロッパは長年に及ぶ戦争で、国境が度々変わった。だから、ベルギーのように同じ国ではあるけれどオランダ語圏、フランス語圏と、全く異なる文化が発達したり、同じ言葉を話しているけれど国は違う、といったことがあちこちで起きている。

 

日本にいると、国境がころころ変わる、という事は経験することがないし、言語も方言があっても一つの日本語。一つの国に色々な言語があるというのは、対立の火種になりやすいということ、それはそうだろうと思う。あるいは、国は違っても同じ言葉を話す一つの民族として国を持ちたがったり、、、。民族主義、という言葉も日本ではあまりピンとこない。

ドイツとフランスとの国境は、度々変わった。アルザスの『最後の授業』は、その一場面だ。

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いくつか、なるほどと思ったことを、覚書。

 

・「地政学では『人間は常に必要に迫られて何かをする』という前提で物を考える。情け容赦のない現実に突き動かされて、やむを得ず行動するという。

結果が、戦争、ということ。ヒトラーが、反ユダヤ主義にすすんだことも、ある程度予測できた、という。

 

ヨーロッパにおける、キリスト教・教会への疑問、国家主義から啓蒙思想懐疑主義、合理主義、そして科学の発展に至った経緯について。

・「ルターは、初期の教会の創設とともに、奇跡の時代は終わったと主張した。つまり神が人間の世界に直接介入することはなく、神の創造した自然の秩序は不変だということだ。この世界は安定しており、何が起きるかは世界を支配する自然の法則さえ知れば、完全に予測できるという。後は、人間がその自然の法則を知ることができるかという問題になる。聖書もそれを知る一つの手段ではあるが、聖書には自然のことはあまり書いていない。自然について知るには、聖書を読む以外の事も必要になる。それが科学だったというわけだ。

そして、科学の発展で毒ガスが発明されホロコーストへ、原子爆弾が作られて広島・長崎へ、、、、。

宗教改革が、科学の発展につながったことが、分かりやすく説明されている。

 

共産主義ファシズムについて

・「共産主義ファシズムは、いずれも『集団』を基礎とした政治思想である。人間を個人ではなく集団を単位として見る。集団にはそれぞれ違った機能、役割があり、それぞれに違った欲求、幻想、恐怖によって動かされていると考える。政党や国家の目的は、そのままでは不定形な集団に秩序をもたらせ、人類の将来を決めるような存在にすることである。共産党ナチスはいずれも、一部のエリートが自らの権力、自らの利益のために集団を道具として利用するという構造になっている」

人間を個ではなく、集団でみる。。。恐ろしい。

 

・「レーニントロッキーは無慈悲な人間であったが、そうなったのは論理に忠実に従って動いていたからだ。終始、論理に従い、感情によって行動に制限を加えることはなかった。人類に対する愛を全うするには、一部の個人に対しては無慈悲にならねばならないという理屈だ。レーニンはそれを『卵を割らなければオムレツはできない』という言葉で表現した

無慈悲になるのは、ある一部の集団への愛という理屈。。。。恐ろしい。

 

また、フリードマンは、スターリンは知識人ではなかったから、レーニンの死後、党内の知識人を殺し、排除していったという。スターリンは、ジョージア出身の人だった。いわば田舎者。1914年から戦争に明け暮れていたロシアの兵士たちは、かつての皇帝よりも熱狂的にスターリンを支持したという、、、、。恐ろしい。本来はそれなりの知識人が革命を支配していたはずが、一人の強烈な個性の非知識人が権力を握る。人々も、そこに扇動され、熱狂する。ヒトラーと同じだ。

 

ヒトラーが、なぜそれほどドイツ人の心を強くとらえたかというのは、彼が第一次世界大戦一般の兵士として前線で戦った経験があったからと言われている。えらい軍人より、身近なヒーローだったのだろう、、、、演説上手というのは、おそろしい。。。事実でなくても、時として、人を動かす力があるということだ。



敗戦国である、日本、ドイツの発展について。

・「第二次世界対戦後は、日本もドイツも軍国主義的なイデオロギーを確立することになった。日本は憲法でも平和主義を謳っている。ドイツはNATOに参加し、一応伝統的な軍を維持はしているが戦前のような軍国的イデオロギーが戻ることはなかった。にも関わらず両国は急速な経済発展を遂げた成し遂げた。この経済発展は国の復興に不可欠だっただけでなく、軍国主義に代わるイデオロギーを作り上げることになった。それは『経済主義』とも呼ぶべきイデオロギーだ。ともかく徹底的に経済発展を追い求め、それによって国益を確保しようという態度である。実際に経済発展が達成され生活が豊かになり、軍国主義はもはや時代遅れのものに感じる人も増えた」

戦後、イデオロギーを経済発展に求めた。その結果が、今の日本、ドイツ、ということ。

 

本書を読んでいて、あらためてNATOがどういう経緯で作られたものだったかという事を、復習できた。1945年以降、戦争でボロボロになったヨーロッパを立て直すにはアメリカの力が必要だった。そして、冷戦時代へ。ロシアへの対抗のためには、NATOが必要だったのだ。ヨーロッパは、NATOがなければ、軍事的、経済的に統合することはできなかった。かつ、それはヨーロッパが望んだというよりも、アメリカのビジョン・戦略を引き継いでそうなってきた。そして、その時から、東欧のロシアとの境界国は、ずっと、不安定な中にあった。今のウクライナ問題は、今に始まったことではなく、1945年から、いや、1914年から、ず~~~っと続いていること、ということだ。

ちなみに、ウクライナ」というのは、「辺境」を意味する言葉だそうだ。知らなかった。

 

改めて、地図を見れば、常に南、地中海へのアクセスを確保しておきたいロシアにとって、ウクライナは、絶対にヨーロッパになってもらっては困る国なのだという事がわかる。ロシアから見ても、ヨーロッパから見ても、辺境と呼べる地域。ユーラシア大陸ヨーロッパ大陸をつなぐ位置。この国は、東はロシア語を話すロシア人、西はウクライナ人が多くて、一つの国でありながら、中は2つに分かれている、ともいえる。難しい国なわけだ。

フリードマンいわく、ウクライナは政治的にはEUに入りたい部分と、ロシアに接近したい部分、そしてどちらにも近づかずに完全に独立していたい部分とに分裂している、と。だから、ロシアの不安が煽られる。ロシアは、長年にわたって自由に操ってきたウクライナがヨーロッパに近づくのを、できるだけ妨げたい。プーチンは、KBG時代に境界地帯の地政学的問題は常に徹底して最悪の事態を想定して準備しておくことを叩きこまれている。その構造が、今日も続いている、という訳だ。

2022年2月、PBSnewsでは、ほぼ毎日ウクライナ情勢のニュースがトップになっているのではないだろうか。話題に上らない日がない。みんな知識人なんだから、外交による解決に達してもらいたい。



ハンナ・アーレント(ドイツ出身、アメリカに亡命したユダヤ人哲学者)の言葉。

・「この世界で最も危険なのは、裕福でしかも弱いという存在になることだ」

裕福なものは、他者に嫉妬される。弱いと、偉い力に屈しやすくなる。強さの無い富は悲劇を招きやすい、ということ。

フリードマンは、加害者にも被害者にもならずに済めば素晴らしいが、残念ながらそれは不可能、と言っている。

国同士のことだけでなく、人間が社会で生きていくうえでは、必ず直面する。毎日直面する、難しい問題だ・・・。

 

フランスとドイツの今について、マックス・ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神が引用されている。

・「著書の中でプロテスタントの教義は、経済発展の強力な基盤となるものだったが、カトリックの教義はそうでなかったと主張した。説得力のある主張ではあるがバイエルンやラインラントがドイツに属していながらカトリックの強い地域だという事実を無視している。

と。

フリードマンも、プロテスタントだけが資本主義の発展に貢献したのではない、と言っている。佐藤優さんも、否定しているし、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、すごい本かもしれないけれど、すべてが正しいというわけではないのだろう。考え方を学ぶ、という点ではやはり古典中の古典。参考にするべき考え方、ということか。



本書は、フランス、ドイツ、イギリスだけでなく、モルドバキプロス、トルコ、など、様々な国の地政学的な意味も述べられている。イスラムの影響についても。

 

なるほど、地政学の教科書だ、と思った。

419ページ。

なかなか、充実した一冊。

濃かった。

2022年の今、彼なら中国をどうみるのかな?と思った。

ヨーロッパには詳しいけれど、中国についてはどうなのだろう?

最近の彼の著書があれば、読んでみたいと思う。

 

読書は楽しい。

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『新・100年予測 ヨーロッパ炎上』