『好奇心が未来をつくる』 ソニーコンピュータサイエンス研究所 編

好奇心が未来をつくる
ソニー CSL 研究員が妄想する人類のこれから
ソニーコンピュータサイエンス研究所 編
祥伝社
平成31年3月10日 初版第1刷発行

 

ソニーコンピュータサイエンス研究所とは、1988年に設立されたソニーの研究所。
新たな研究領域や研究パラダイム、新技術や新事業を創出し、人類・社会に貢献することを目的とする。当初は、分散オペレーティングシステムやコンピューターネットワークなど次世代のコンピューターシステムの基礎を担うテーマを中心に研究活動をスタート。現在のソニー CSL は、(1)農業、都市計画、エネルギーそして医療などの社会課題を扱うグローバルアジェンダ、(2)人間の能力拡張、(Human Augmentation/Cerativity)そして(3) AI やデータ解析を基盤として現実世界のシステムやプロセスをインテリジェント化することを目指すサイバネティックインテリジェンスを主な研究テーマとしている。


聞いたことはあったけれど、、、なるほど面白そうな研究所。

本書は、森田真生さんの『僕たちはどう生きるか』に、舩橋さんの「環境破壊の最たる要因は農業である」という言葉がでてきて気になり、本書も参照されていたので、図書館で借りてみた。

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単一の植物だけを大量に育てるって、農耕がはじまってからずーーっと人間はやり続けているわけだけど、確かに、他の生物を排除する人工的世界の始まりだ。「環境破壊の最たる要因は農業である」という言葉を見て、私も思ったのだ。地球環境の破壊は、20世紀にはじまったことではなく、農耕が始まったときから始まっていて、産業革命による化石燃料の使用は単にそれを加速しただけ、、と考えると、人間が生存していることが地球を破壊することとイコールになってしまう。。。いや、違う道もあるはずだ、、、と思ったのだ。


本書は様々な分野の人たちが、少しずつ、それぞれの思いを書いている。全部で20名。知ってる人も知らない人も。410ページの分厚い本。その中から2人についてだけ、覚書。

 

一人は、茂木健一郎さん。
茂木さんのタイトルは、「好奇心以外に人類の旅の行き先を決める手段は無い」
意識の研究を通じて創造性が最大になる世界を作るのが、脳科学者である茂木さんの目指すもの。そしてその創造性を発揮しても幸せになれなければ意味がない、という。幸せ、古くて新しい、永遠のテーマ。

彼は、「好奇心社会的な意義は研究者の両輪である」と、言っている。

「人間の脳は自由意志を持ったことがありません。自分は自由だと言う幻想は大事ですが、より自由だと思うためには、自分が置かれている状況や条件をより冷静に見極める必要がある。さもなければ、自分の自由さえも保障されない状況に陥ってしまいます。個人の自由と全体の最適化がどのような緊張関係にあり、それがどのように調和ができるのか。これを脳の仕組みの視点から示していきたいと考えています」と。
だからこそ、好奇心と社会的な意義の両方が必要になる。
本当にその通りだと思う。

茂木さん、頭がボサボサだけど話は面白い。
調和を語るところが、舩橋さんの社会を見る目とも、ちょっと近いな、、、という気もする。
余談だが、茂木は自分の髪を自分で普通のハサミで切っている。。。創造性の発揮?!?!

 

人は、社会的な意義をもって社会に貢献すべきなのだよな、、、と思う。
ほとんどぷー太郎のような生活が一年半続き、社会に貢献してないな、、と、ちょっと肩身の狭い思いもしたりして。。。

それにしても、やはり、本書に出てくるようなサイエンスモリモリの人の話を読んでいると、ワクワクする。もう、私自身が科学研究者に戻ることは無いと思うけれど、やっぱり、サイエンスが好きだ。

 

そして肝心の舩橋さんの話。
タイトルは、「テクノロジーは人の苦しみを取り除く手段。幸福論を持ち込むべきではない」
これも、強く共感。だから、「テクノロジーは貧困を救わない」のだ、、、。

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舩橋さんは、博士物理学。2004年東京大学獣医学課程を卒業。獣医師免許資格保持。2006年同大学新領域創成科学研究所複雑理工学専攻修士課程を修了。フランス政府9日留学生として渡仏し、2010年Ecole polytechnique博士課程を卒業。物理学博士。2010年よりソニーコンピュータサイエンス研究所にて協生農法プロジェクトを立ち上げる。

面白い経歴。興味の幅が広い。

 

協生農法とは、非常に多種類の野菜や果樹など有用植物を混生・密生させて全体として強い生態系を作り、土地を耕したり肥料をあげたり農薬を撒いたりしない。これまでの農業の常識を一変させる新しい農法。これによって生産性の向上生物多様性の回復砂漠の緑化と言う成果をあげていると言う。
地球生態系の全体が非可逆的に崩壊すると警笛が鳴らされている中、これまで幾多の文明がなしえなかった、食糧生産と生物多様性の両立を達成させることを目指さなくてはいけない、と舩原さんは言う。
そして、新しい技術を試みるためには、「命に関わる危機感」が欠かせない、と。
命に関わる危機感と、覚悟を持って長期的な目標を実現するプロセスが構築できるかが重要、と。協生農法は、そのプロセスの一つということだ。

物事を進めていく上では「具体力」と「本質力」があり、それを意識することも大切だと語っている。

「具体力」は、実際に目に見える成果が上がること。本質的に重要なことであったとしても、具体力、要するに成果としての結果を見せることができなければ、なかなか持続的な活動にはつながらないと言うことだろう。だから、彼は協生農法を実行している。成果を出している。

 

彼自身が、そういう思考になるまでの子供時代の話も興味深い。
ご両親は2人とも社会学者だそうだ。貪欲に学び、思考する両親を見てきた彼は、知的に研ぎ澄まされた世界を体験しながら育ったと言う。
そして、テレビもほとんど見ない家庭。自宅にあった漫画と言えば、鉄腕アトム』と『火の鳥、という少年時代。昆虫採取に夢中になった。小学校高学年の頃から生命を科学することをやりたいと思い始めたという。精神は上位にあるけれども、肉体が傷つけば痛いし、精神も影響を受ける。精神とブツシツが両方とも宿っている生命を研究しなければ、すべての疑問が解けないと思ったと言う。

生命科学をやりたい、けれども科学はやはり仮説の集合体で、分子生物学をやったからといって生命が100%溶けると言う事でもない。
そして、10代後半から20代にかけては、実際に生きている自分の心身を様々な方法で使い、自然の中に身に置き、内観することを通じて、命の世界を実感し、生きると言う事として生きていると言うことを直接学んだ、と言う。
自然の中の自分、内観


なんとなく思考の過程が、岡潔と似ている。森田さんとも、通じるわけだ。

影響を受けた日本人として、運動科学総合研究所の高岡英夫さん(著書に『極意と人間』)、言語交流研究者の創始者榊原陽さんがあげられている。私は、お二人ともよく知らないけれど、ちょっと、彼が影響を受けた日本人というのは興味深い。

科学的思考の本としてはデカルト、カント、トマス・クーン、ハイゼンベルクなども引用している。

ハイゼンベルクって、誰だっけ???最近きいたぞ???と思ったら、

カルロ・ロヴェッリの本だった。量子研究者。

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舩橋さんは、生粋の哲学者だな、と感じる。

哲学がなければサイエンスはできない。

 

そして、舩橋さんは、自分自身のサイエンスに向き合うスタンスを「苦しみ論」と言っている。自然の中に与えられた生命本来の摂理から逸脱してしまう苦しみを減らしていくことがテクノロジー、サイエンスが着実に貢献できる領域であり、テクノロジーに幸福論を持ち込むべきではないと言う。幸福論ではなく、苦しみ論。


サイエンスを苦しみを取り除くために使う、というのは正しいと思う。享楽ではない。テクノロジーで大量生産をして、儲けて、娯楽を楽しむためではない。。。
昨今は、農業にもAIが用いられているが、それは、適正な労働力・資源を有効に活用するために用いるべきであり、大量生産・大量消費の為ではないだろう・・・。

舩橋さん、なかなか、面白い。

 

昨今の行き過ぎた資本主義に対する、脱成長、という言葉があるけれど、私自身は脱成長という言葉は適切ではないと思っている。
人は、成長するものである。

新しいテクノロジーはまだまだ作れると思っている。

理性でテクノロジーを人々の役に立てればいい。

核兵器ではない。大量消費ではない。


成長の方向が、大量生産・大量消費によるものでなくなればいい。
舩橋さんの言葉を借りれば、地球生態系全体の生産性向上へとつながる成長、とでもいえばいいだろうか。

全体的に、イケイケドンドンのテクノロジーの本書において、異彩を放つ一文だと感じた。 
面白い。

 

やっぱり、農業やりたいな、、、と思う。

自然を破壊しない農業。

私は、自然が好きだ。

テクノロジーも好きだ。

だから、自然とも、最先端技術とも、かかわっていきたいと思う。

 

改めて、そういう事、じっくり取り組めたらいいな、と思う。

 

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『好奇心が未来をつくる』