『すべて真夜中の恋人たち』by 川上未映子

すべて真夜中の恋人たち
川上未映子
講談社文庫
2014年10月15日第1刷発行 
初出 群像2011年9月号 

 

先日、本書がアメリカで翻訳されるというニュースを目にしたので、どんな本なのか気になって図書館でかりてみた。

著者の川上未映子さんは、1976年8月29日大阪府生まれ。2008年『乳と卵』で芥川賞受賞。

川上未映子さんの本は、『乳と卵』を読んで、なんだこりゃ??と思ってから読んだことがなかった。つまり、『乳と卵』は、私にとっては、つまらないというより、気分が悪くなる感じがした。描写に「美」を感じなかったのだ。こんなこと、表現しなくてもいいのに、、、という感じ。芥川賞受賞というのだから、文学的に意味ある作品だったのだろう。私の好みではないというだけで、作品が悪いわけではない。

 

本書も、ちょっと微妙。でも、私には、こっちの方が全然良い作品だと思えた。
ストーリーは、これもやはり明るくはないのだけれど、登場人物のセリフに、作者の社会や人間関係への不満が乗せられているのか、なかなか、鋭いところついてくるな、という感じ。

表紙裏の紹介文には、
「『真夜中は、なぜこんなにも綺麗なんだろうと思う』。わたしは、人と言葉を交わしたりすることにさえ自信が持てない。誰もいない部屋で校正の仕事をする。そんな日々の中で三束さんに出会った・・。芥川賞作家が描く究極の恋愛は、心迷う全ての人にかけがえのない光を教えてくれる。渾身の長編小説。」
と。

たしかに、恋愛小説だ。でも、ちょっと違う気がする。一人の女性の成長の物語?
ストーリーそのものよりも、時々でてくるセリフが、なかなかぐっとくる。こういうセリフを言わせるために、こういうストーリーにしたんだろうな、という感じ。


以下、ネタバレあり。

 

主人公は、30歳過ぎの一人暮らしの女性。入江冬子。やや、社会適応能力低め。大学を卒業してから出版社で校正の仕事をしていたのだが、会社の居心地の悪さから会社員をやめた。先に会社をやめていた年上の先輩編集者、恭子さんから、大手出版社でフリーランスの校正仕事を紹介され、フリーで仕事をするようになる。そこで、石川聖がパートナーとなり、一緒に仕事をする。聖は、同年代女性だが、性格は冬子と正反対。言いたいことはなんでも口に出す、一人で飲みに行く、男友達もいっぱい、そういうタイプ。

ある時、冬子は、聖から電話で呼び出されて、夜の繁華街に行く。お酒を飲まない冬子は、そこでお酒をガンガン飲んでも大丈夫な聖をちょっと羨ましく思う。

それから、冬子は、お酒を飲むようになる。昼も。夜も、出かける時も水筒に入れて、、、。

酔っぱらって家で寝っ転がってる時、新宿で献血をした時にもらった「全講座案内」広告が目につく。日曜日、冬子はカルチャーセンターを訪れる。沢山の講座、特に目的があるわけでもないけれど、なんとなく、申し込みをしようと並んでみる。
そうしているうちに、日本酒が回ってきて気持ち悪くなり、トイレに駆け込む。
トイレの入り口のところで吐いてしまった冬子。その時、おじさんにぶつかった。おちついてからロビーに戻ると、さっきのおじさんがベンチに座っていた。
「すみませんでした」と声をかける冬子。
「大丈夫ですよ。」というおじさん。

翌週、気を取り直してもう一度カルチャーセンターに出向くと、同じおじさんがいた。
会話をかわす二人。
「酔ってらっしゃるんですか?」冬子にきくおじさん。
「はい、、、」
酔っている冬子は、そのまま居眠りしてしまう。
3時間くらいベンチで居眠りした冬子。起きたらおじさんはまだいた。

おじさんは、「三束(みつつか)」と名乗った。高校で物理の教師をしているという。
それから、ふたりは、時々喫茶店で待ち合わせをしておしゃべりをするようになる。
お酒ナシ。コーヒーと紅茶で。
三束さんは、ときどき、物理の話をしてくれる。
冬子は、多分20歳は年上と思われる三束さんに、だんだん惹かれていく。
三束さんがくれたショパンのレコードを毎日のように聞いて過ごす冬子。三束さんは、アルゲリッチや、グレン・グールドも好きらしい。

 

物語は、冬子と三束さんの場面、冬子と聖との場面、冬子の学生時代の友人や同級生との関係性など、さまざまな人間関係が、かわるがわるに出てくる。冬子を中心にした物語。

聖と仕事をするようになってずいぶんしてから恭子さんに再びであった冬子は、「石川さんには気をつけなさいね。あなたみたいな人を利用する人だから」と言われる。自分で紹介しておきながら。

聖は、自分が正しい人間だと信じて行動しているタイプ。
冬子との会話の端々に、聖のそういうキャラクターがにじみ出る。
「気質の初期設定がまるっと楽観的にできている人って、いるのよ。まるで悩まないタイプの人。」と、一緒に旅行に行った男友達をバカにするような表現。

恭子さんは、聖のことを
「まぁ、キツいのよね。あの人。自分にできることは他人もできて当たり前だって思っているところあるのよ、基本的に。だからそれができていない人がまわりにいて、それをみると、単に手抜きしているっていうふうに思っちゃうのよ。仕事相手には、自分と同じかそれ以上のものを求めてるところがあるから」と。

冬子はふと思い出す。聖と仕事をするようになったころ、
「自分の人生において仕事というものをどんなふうにとらえていて、それにたいしてどれだけ敬意を払って、努力をしているか。あるいはしたか。わたしが信頼するのはそんなふうに自分の仕事と向き合っている人なのよ」と言っていたことを。。。。

そして、恭子さんはさらに言う。
「あなたみたいに、自分をあんまり主張しない人、誤解しないでね、これはとってもいい意味でいっているのよ、まぁ、顕示欲というか、自尊心というか、そういうの。そういうのってあるじゃない、他人からみたらおおむね厄介なものでしかないものが。そういうのが希薄な人ってことね、あなたのことね。それで、そういう人っていうのは、往々にして石川さんタイプの人には取り込まれちゃう傾向にあるからさ。取り込まれるっていうか、つけこまれるというか。
あなたみたいな人は自分を正当化するための道具にされちゃうのよ。」
と。

そして、聖のようなタイプが男も女も追い込んでしまうのだ、、、と。

 

ある時聖は、いつも化粧もせず、おしゃれもしない冬子に、段ボールひと箱分の洋服を、もう着ないから、といって一方的に送ってくる。着ないなら捨てて、という聖。高級そうなきれいな洋服。捨てるでもなく、そのまま部屋に置いておく冬子。

 

冬子は、三束さんのことやら、アルコールのことやら、色々なことが重なって仕事が回らなくなっていく。聖には、少し仕事の量を減らしてくれるように頼み、電話がかかってきても、でないことも多くなっていく。
しばらく、引きこもりのような状態になる冬子。
携帯電話の電源すら入れない、毎日が続く。。。

 

そんな引きこもり生活のなか、コンビニへ出かけた時、交通事故の現場に居合わせる。
そして、生きるとか、死ぬとかを、考える。

 

「私は自分の意思で何かを選んでそれを実現させたことがあっただろうか
わたしは、目の前のことをただ言われるままにこなしているだけで、何かをしているつもりになって、そんなふうに、今みたいに言い訳して、自分がこれまでの人生で何もやってこなかったことを、いつだってみないようにして、ごまかしてきたのだった。傷つくのが怖くて何もしてこなかったことを。失敗するのが怖くて、傷つくのが怖くて、私は何も選んでこなかったし、何もしてこなかった。」

そんな考えが、冬子のあたまを覆う。
そして、三束さんのことを思い出す。
携帯電話に久しぶりに電源を入れる。

「お元気ですか」
「はい、冬子さんは」
「元気にやってました」
「そうですか。ひさしぶりですね。」
「久しぶりですね」
・・・・
ショパンを聞いていました」
「そうなんですか」

あたりさわりのない会話を続ける二人。

 

「三束さんは、ご結婚されていますか?」
冬子は、勇気を振り絞ってきいてみる。いいえ、という返事。
「三束さんは、私と寝たいと思ったこと、ありますか」
沈黙のあと、「はい」という声が聞こえた。
二週間後、二人は三束さんのお誕生日に会う約束をした。

 

12月のはじめ、三束さんとのデートに聖からもらった洋服を着ていく冬子。三束さんは、「綺麗な服ですね。顔もくっきりしています」と褒めてくれる。出かけに一年ぶりに寄った美容院で、お化粧もしてもらったのだ。
はじめてのレストランでのデートだった。
そこで、冬子は勇気をだして、「今度の私の誕生日、一緒にすごしてくれますか?」と三束さんに訪ねる。やさしく、うなずいてくれる三束さん。
うれしくて、ボロボロと涙がこぼれる。


うれしさに、歌をくちずさみながら帰宅する冬子。
暗闇の電灯の下、自宅前位には聖がいた。

驚く冬子。

「具合悪いっていっていたのに、元気そう」
「ずいぶん、ましになって」
「お酒飲んでるの?へぇ、お酒飲めるようになったんだ」

矢継ぎ早に、問いたてる聖。
「何してたの?」
「それ私があげた服じゃない」
「だれとあっていたの」
「男の人?」
「好きって言ったの?」
片頭痛で調子悪いのに、治ったんだ」
極めつけは、
「あなたみてると、イライラするのよ」

救いを求めるように三束さんのことを思い出そうとするけれど、うまく思い出せないし、涙だけがボロボロとこぼれる。。。

「ごめん、こんなひどいこと言うつもりじゃなかった」といって、聖まで泣き出す。。。
「わたしは、あなたの友達になりたいだけなの」と泣く聖。。。


物語は、2年後に飛ぶ。
三束さんは、2年まえの冬子の誕生日の約束には現れなかった。
「ウソをついていました。高校の教師ではありません」と手紙がきた。

 

冬子は、相変わらず、校正をしている。
聖は、妊娠している。相手は好きではないから結婚しないで、子供だけ産むという。

相変わらず、二人で仕事をしている二人。

冬子は、平和に暮らしていた。

 

深夜、ゲラの続きをやっていて、急に眠気を感じた冬子は、静かにベットに入る。目をあけて暗闇の中でぼんやりしていた。なにかが気になる。言葉がうかんできた。

誰かの言葉ではなく、自分の言葉。ノートを開いて最初の白いページに書いた。
真夜中の恋人たち
何なのか見当もつかない。ただ、頭に浮かんだ言葉。

 

”ひとしきりみつめたあと、ノートを閉じて、枕もとの電気を消すと、淡い闇がまぶたのうちにやさしく広がっていった。
光が去って、明日の朝また光がここを訪れるまでの短いあいだ、わたしは静かに目を閉じた。” 

 

THE END 

 

恋愛小説というより、冬子の成長の物語、と言った方がピンとくる。

恭子さんも、聖も、冬子も、、、みんなそれぞれの個性。

いるよね、こういうタイプ、という感じ。

 

でも、読んでいて、嫌な感じはしなかった。

それぞれ、個性だな、、、と。

冬子も、自分の個性を受け入れて、成長したってことなのではないかな、と思った。

 

ちょっとしんみりとする一冊。

これがアメリカでどう評価されるのだろう?

そこが、気になる。

 

昨日、川上未映子さんの『ヘヴン』が、英ブッカー賞の最終候補に残ったというニュースが入ってきた。読んだことないので、これもいつか読んでみようと思う。

 

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『すべて真夜中の恋人たち』