『最高の集い方』 by プリヤ・パーカー

最高の集い方
記憶に残る体験をデザインする
プリヤ・パーカー 著
関 美和 訳
プレジデント社
2019年10月13日 第一刷発行

 

知人がくり返し読んでいるとのことだったので、 図書館で予約してみた。2か月くらいまったかな?順番が回ってきたので借りて読んだ。


華やかな表紙。

パーティー、イベント、会議、人が集まる時には、しっかり準備をして最高の時間にしよう、という啓発本
幸か不幸か、2019年10月の出版ということは、そのあとコロナで集まることができなくなった、、、、というタイミングだったのね。

原書は、THE ART OF GATHERING (2018)。

 

感想。
ふ~~ん、なるほど。たしかに、、、。
でも、私には、この本で得た知識を活用する場はあんまりないかも、、、と思わなくもない。
イベント、パーティーなどをよく開催する人には、なかなか勉強になる本だと思う。
あと、会議、という意味では社会人万人に共通

 

著者のプリヤ・パーカーさんは、プロフェッショナルファシリテーター。戦略アドバイザー。 MIT で組織デザイン、ハーバード大学ケネディスクールで公共政策、バージニア大学で政治・社会思想を学ぶ。15年以上、人種問題や紛争解決など複雑な対話のファシリテーションを行ってきた。著書『最高の集い方』は2018年に Amazon、 Financial Times などでベストビジネスブックオブザイヤーに選ばれた。世界経済フォーラムのグローバルアジェンダ委員会のメンバー。TEDメインステージのスピーカー。ニューヨーク在住。 

 

TEDのスピーチを検索して聞いてみた。10分くらいで、本書の内容をかいつまんだ話。さらっと聞けた。

youtu.be

 

本書は、339ページの単行本で、アメリカの啓発本らしく事例満載。TEDのスピーチは、ギュッと濃縮されていて、本の主旨だけ抜き出した感じ。自分自身の両親が、異なる人種、宗教の持ち主で、離婚に至る。そんな二人の間で育ったので、紛争解決のようなことに興味をもったのは自然だった、、、と。そして、最高の集いとはどんなものなのかを語っている。

 

一番のメッセージは、”集まる目的を明確にする”ということ。目的が定まっていれば、誰が参加するべきで、どんなルールの会にするのかが明確になる、と。


目次
第1章 なぜ集まるのかを深く考えよう
第2章 あえて門戸を閉ざす
第3章 裏方に徹しない
第4章 別世界を作り出す
第5章 イベントは準備が9割
第6章 自慢や宣伝を排除する
第7章 白熱する議論
第8章 最高のクロージング 


人が集まるのは、何かの目的があるから。
一人では解決できない問題を解決するため。
お祝いするため。
喪に服するため。
人生の転機を記念するため。
何かを決めるため。
お互いが必要だから。
誰かの栄誉を称え、誰かを認めるため。
会社や学校のコミュニティの絆をつくるため。
誰かを迎えるため。
さよならを言うため。

あげればきりがないほどある。
だからこそ、ここに大きな矛盾がある、と。
人が集まる最もな理由はたくさんあるからこそ、なぜ集まるのかが分からなくなってしまうのだ、と著者は言う。

 

たしかに、何気なく、
「緊急事態宣言もあけたし、そろそろあつまって飲みに行こうよ」といって集まったとき、実は、参加する人によって目的は違うかもしれない。。。。

「○○さんが帰国したから集まろう」
とか
「○○さんが合格したから集まろう」
とか、主役が分かりやすい集まりはまだしも、普段、わたしが誰かと集まることのほとんどは、特に主役がいなくて、みんなが主役。。。
それでも、楽しい時を過ごせているのは、目的なんか明確にしなくても、なんとなく皆の共通認識があるからなのかもしれない。

 

「第2章 あえて門戸を閉ざす」では、そういう共通認識を持てない人は、集まりに呼ぶべきではない、という話。
例えば共通のプロジェクトメンバーで頑張った後のご苦労さん会のような場に、恋人を連れていくとか、、、、日本では考えにくい例えだけれど、アメリカなら、あるのかもしれない。それは、間違っている、と言っている。

 

たしかに、ある仲間の集まりに、新しい誰かを連れていくのは、場合によってふさわしくないこともあるかもしれない。
まぁ、50も過ぎて、場違いな友人をあえて連れていくようなことはしないけれど、、、。
無意識に、この仲間とこの人の相性、みたいなものを考える

全体に、事例がアメリカが舞台なので、日本ではありえないよなぁ、、、と思うような事例もでてくる。


ルールをあらかじめ決めておくとか、ホームパーティーでのホストの心得みたいなのとか、、、、。大学生くらいのパーティーだと、あるのかもしれないけど、、、。

 

特に、目的なんか明確にしなくても、楽しく集まれることもある。
というか、無意識の共通意識がある仲間だからあつまるのか??

日本人は、ハイコンテクスト文化だから、あえて

「今日の集まりの目的は○○です」なんて、言わない文化、ということなのかも。

 

会議は、確かに、目的を明確にするというのは必須

ニューヨーク・タイムズの名物会議の話が出てくる。新聞も紙版からネットに移行していくなか、歴史ある”一面記事、決定会議”の重要度が変化していく。そして、世界で最も影響力のある会議、と言われたこの会議でさえ、その目的を変化させることを明確にした、という話。

 

習慣的に行っている会議は、目的が曖昧になりがち
週次会、月次会。
ただの情報共有会議なら、いまなら社内メール一斉配信ですむだろう。
意見を集めることですら、全員への一斉返信で、ということもできる。
それでも、なんとなく、会うことに意味があるような感じで、週次会は開催されている気がする。

それも、コロナになってみると、悪くないじゃない、ともおもったけど。

人と人が、直接会うのって、やっぱり意味がある気がするのは、わたしが昭和の人間だからだろうか。

と、まぁ、だったら、この「最高の集い方」がやっぱり参考になるかもしれない。

 

参考にしたいな、と思ったのは、

・集まる目的を明確にすること
・目的は、集まるメンバーで共有すること
・目的にそぐわない人は、参加をお断りする事。(それは、難しいけれど、、とも言っている)
・集まりの終わりまで、その世界観を維持する事。

 

集まる目的:楽しく食べて飲む。笑う。そしてエナジャイズされること!

それで、いいじゃない、、、なんて。


また、色々な人の集まる場所での話題として、政治・宗教はタブーなのか?という話が出てきた。

これは、国によってことなるのかなぁ、とも思うけれど、同じ政党、同じ宗教のメンバーでの集まりでなければ、避けるのが無難なのかもしれない。。。

ま、あえて、そんな話をすることはないけれど。

いまだと、「ウクライナ問題」は、話題になることが多い。 

今のところ、周りで「ロシアが正しい」と言っている人がいないので、タブーな話題という気はしない。まぁ、早くこの話題は終結してくれることを祈るばかり、、だけど。

 

最高の集い方。

参加するだれもが「よかった」といえるような集い。

そういう集いは、たくさんあっていいな、と思う。

 

ゴールデンウィークで、人と会うことも増えるかもしれない。

みんなが気持ちよくなれる、そういう集いになるといいな、と思う。

 

集い方は、ヒトとの付き合い方。

基本ルールは口にしなくても同じだと思う。

大人のルール。

それが守れる人と楽しく集う。

 

それができるって、幸せ。

 

 

『最高の集い方』