『NOISE  組織はなぜ判断を誤るのか?』 by ダニエル・カーネマンら

NOISE(上)(下)
組織はなぜ判断を誤るのか?
ダニエル・カーネマン、オリヴィエ・シボニー、キャス・R・サンスティー
早川書房
2021年12月15日初版発行 
原題:NOISE A Flow in Human Judgment (2021)


ダニエル・カーネマンの本だから読んでみた。買おうかとも思ったけれど、図書館で予約していたら、意外と早く回ってきた。

著者のダニエル・カーネマンは1934年生まれ。認知心理学者。プリンストン大学名誉教授。専門は意思決定論及び行動経済学。2002年にはノーベル経済学賞を受賞。著書に『ダニエルカーネマン 心理と経済を語る』『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか』など。

本書は、あと、オリヴィエ・シボニー、キャス・R・サンスティーンとの共著。

オリヴィエ・シボニーは、フランス HEC 経営大学院教授。25年にわたってパリとニューヨークでマッキンゼーアンドカンパニーのシニアパートナーを務めた人。

 キャス・R・サンスティーンは、1954年生まれ。ハーバード大学ロースクール教授。専門は憲法法哲学行動経済学など多岐に及ぶ。オバマ政権では行政管理局の情報政策及び規制政策担当官を務め、またバイデン政権では国土安全保障省の上級参事官に任命された。リチャード・セイラーとの共著、『実践行動経済学』は全米ベストセラーを記録。


私は、もともと行動経済学関係の本が好きで色々読む。リチャード・セイラーも、好きだ。ダニエル・カーネマンのことは、『ファスト&スロー』を読んで初めて知った。面白かった。人々が判断するときには、速い判断と遅い判断があって、それをシステム1とシステム2と言っている本。直感と熟考ってかんじ?
若干、説教臭い?!ところもあるけれど、面白い。痛いとこついてくるなぁ、、って感じ。本書も、説教されている感じがする。それは、おっしゃる通り!!と、痛いところを突かれるから。でも、それが面白い!1934年生まれというのだから、88歳?!そりゃ、説教していただけてありがたい!


本書は、サブタイトルが『組織はなぜ判断を誤るのか?』とあり、世の中の様々な組織でたくさんの誤った判断がなされていることを放置してはいけない、という使命感で書かれたような感じ。
タイトルのNOISEというのは、まさに、判断を誤らせる原因となっているエラー
本書では、エラーにはノイズとバイアスがあり、ノイズの存在に気づくこと、そしてそれを減らすことが大事、ということが語られる。
バイアスは、ある意味分かりやすいし、「偏見をなくす」という社会の動きは表舞台にもでてくる。でも、ノイズは、まずもって存在を見出せなければ、対処のしようがない
ノイズを計測して、正すべき手段を実行せよ、というのが全体ストーリ。

 

表紙の裏には
(上)
行動経済学創始者カーネマンらが提言する新しい意思決定論
組織やシステム内で生じる判断のばらつき『ノイズ』
個人のバイアス認知の偏りと比べて見過ごされがちだが、
時に甚大な悪影響を及ぼす。
保険料の見積もりや企業の人事評価、医師の診断や裁判の判決など、均一の判断を下すことが前提とされる組織においてノイズが生じるのはなぜか
そしてノイズを減らすために私たちができることは何か?
生産性の向上と社会的公平性の実現に向けて行動経済学の第一人者たちが真に合理的な組織のあり方を描く。」

(下)
「本書に登場する事例
・採用試験で採用時の評価が A さん> B さんであったとしても、数年後の評価が A さん >B さんになる確率は59%にすぎない。
・ある保険会社で二人の専門職に個別に見積もりを依頼し。二人の金額の差がどれくらいあるかを調査したところ55%もの開きがあった。
・前科のない二人が偽造小切手を現金化したため有罪となった。搾取した金額は一人は58.40ドル、もう一人は35.20ドル。ところが量刑は、前者が懲役15年、後者が30日だった。
難民認定の許可は審査官によって異なることが多く、ある審査官は申請の5%しか許可しないが、別の審査官は88%許可するという例があった。
・二人の精神科医が州立病院の患者を別々に診断したところ、患者の精神疾患の病名の一致度は50%に過ぎなかった。」


目次(上:序章~第4部、下:第4部~終章)
序章 2種類のエラー
第1部 ノイズを探せ
第2部 ノイズを測るものさしは?
第3部 予測的判断のノイズ 
第4部 ノイズはなぜ起きるのか
第5部 より良い判断のために
第6部 ノイズの最適水準
終章 ノイズの少ない世界へ


序章 2種類のエラーでは、先に述べたようにエラーには二つの種類があり一つはノイズもう一つはバイアス偏見という話。
分かりやすい例で説明してくれている。


複数のグループに射撃をしてもらったとする。その結果、中央の的に対して全ての弾が当たっていればノイズもバイアスもない。バイアスがある状態というのは、 撃った球が、的の中心からずれたところ一か所に集中している状態。ノイズがある状態というのは、弾が的から外れてあちこちに散らばっている状態。
バイアスは、偏っていることが分かりやすい。一方で、ノイズは、平均してみてしまえば気が付きにくいということ。
2つのクラスのテストの平均点が、ともに70点の時に、65~75点の生徒がいたのか、0~100点の生徒がいたのかで、クラスの特徴はことなるはずだけれど、平均点で見てしまうと気が付けない。
データの、ばらつきを示す指標は大事、ということだ。だから、最小二乗法のような統計の数字が重要になる。

そして、アメリカの本らしく、沢山の事例が出てくる。
ノイズは、どこでも見られるという。
病院の診断現場、子供の保護、天気予報、難民申請、人事評定、保釈審査、科学捜査、特許審査、、あげればきりがないほど。


自分の評価が、ノイズによって公平に下されていなかったとしたら、、、。多分、どこの会社でも起きているのではないだろうか。人事評価が公平だなんて、ありえないことだから、いちいち気にしていられない、、と、ノイズを無視して、いつまでもノイズもバイアスもたっぷりな人事評価を続ける、、、、。って、アリがちだなぁと思うし、そこに甘んじてしまうのも人間だよなぁ、、、とも思ってしまう。


ノイズにも、いくつかの種類がある。
システムノイズとは、同じ症例・事例に、人によって異なる判断をくだすこと。どの医者にかかるかで病名診断が異なるようなこと。

そして、システムノイズは、レベルノイズパターンノイズで構成される。
レベルノイズとは、人によってレベルが異なることによるノイズ。判断者ごとの判断の平均的なばらつき。厳しいとか優しいとか。強気と弱気とか。
パターンノイズとは、固有の価値観によって生じるノイズ。再犯には、厳しくしてしまうとか。子供のいる母親には甘くなってしまうとか。また、一過性の原因に起因する機会ノイズもパターンノイズに含まれる。よく言われる午前中の手術より午後の手術の方が成功率が低いとか、昼休み直前の判断は間違えがちだとか。天気が悪い日や疲れているときは、判断が鈍りやすいとか。

また、集団になるとそのノイズが増幅される「カスケード効果」もあるという。怖い怖い。集団で、そうだそうだ!と間違った方向へ行ってしまう。人事評価でも、結構起きているような気がする、、、。直属の上司がいうんだからそうだよな、、、、、って、一人の意見にみんなが同意してしまう。オブジェクションなしは、同意となる恐ろしさ。空気の力?!

ノイズは、バイアスよりも目立ちにくいが、エラーを起こす大きなプレイヤーである。だれも、自分にノイズが生じているとは思っていない。判事だって、検査官だって、正しい判断をしているつもりだ。人は、正しく理解し、正しく判断したいとおもっているし、自分で判断したと思いたいものだという。そして、「理解」して「判断」するために、なんらかの「因果関係」を見出そうとする。でも、何かが起きた時の本当の理由ではなくても、後付けの「因果関係」に納得してしまうと、正しいと思ってしまう。
なんとなく、正しそう。結論バイアス
ヒューリスティクスの罠にはまる。なんとなく正しそう、でよいことにしてしまう。

人は、他人のバイアスには気が付くけれど、自分のバイアスには気が付かないものだと。

たしかに、そうかも。。。

ノイズもバイアスも、いつでもどこでも起こる危険がいっぱい。著者らは、そういったエラーがあまりに見過ごされすぎていて、本当はもっとノイズやバイアスの低減に取り組むべきだ、として様々な提案をしている。

 

では、ノイズやバイアスを無くし、より良い判断をするために、何をしたらいいのか?
当たり前だが、良い判断を下せる人を選ぶ。スキル・専門性・知性・認知スタイルなどがその判断をするにふさわしい人。それはそうだろう。だから、判事や放射線技師など、ちゃんと資格試験がある。
で、それでも、エラーが起こる。
だから、バイアスとノイズを減らす必要がある。

バイアスを減らすには、判断してから事後修正する方法と、判断する前にバイアスの可能性を取り除く方法があるが、加えて、「意思決定プロセス・オブザーバー」を置くことをすすめている。予め、チェックリストをつくって、オブザーバーが議論の進行を見守りながらチェックする。


チェックリストの一例が付録についている。ちょっと、かいつまんで覚書。

1 判断に臨む姿勢
(a) 置き換え:重要な問題を簡単な問題に置き換えてないか。
(b) 統計的視点:絶対的判断だけでなく相対的判断も試みているか。
(c) 多様性:誰かの意見に偏っていないか。


2 予断と時期尚早な結論
(a) 議論開始前の予断:ある結論に至ると得をする人はいないか。予定調和に傾いてないか。
(b) 時期尚早な結論、過剰な一貫性:都合の悪い情報、不快な意見を無視して結論にいたってないか。


3 情報処理
(a) 入手可能性、顕著性:最近起きたとか、個人的に重要とかいったことに過剰に重視してないか。
(b) 情報の信頼性:個人的な体験、エピソードに過度に依存していないか。情報の裏付けをとったか。
(c) アンカリング:正確性や信頼性の疑わしい数字に左右されていないか。
(d) 非回帰的予測:平均への回帰を無視していないか。

 

4 決定
(a) 計画の錯誤:予測を検証しているか。不確実な数字に信頼区間をおいているか。
(b) 損失回避:慎重すぎていないか。
(c) 現在バイアス:短期的、長期的優先事項がバランスされているか。

 

そして、ノイズを減らすには、「判断ハイジーン」が推奨されている。ハイジーンとは、衛生管理のこと。手洗い励行で感染を防ぐように、判断するまえの事前対処、ということ。
その原則は次の6つ。

 

原則1:判断の目標は正確性であって自己表現ではない
  最初は、様々なアイディアがあって、多様性があってよいが、最終的に何かを判断、選択するときは、自己表現はノイズになるだけ。アルゴリズムかルールの導入の方がよい。

 

原則2:統計的視点を取り入れ統計的に考えるようにする
因果関係思考で、目の前のケースのみに着目しない。統計的視点をもつこと。

 

原則3:判断を構造化し独立したタスクに分解する
構造化するというのは、大きな問題を小さな部分問題に分割して考えること。のちに逆方向に統合する。細分化した項目を互いに独立して評価し、後に統合する。

 

原則4:早い段階で直感を働かせない
直感で、「これでよし」としてしまうと、判断者がそれ以上の検討をしなくなってしまう。


原則5:複数の判断者による独立した判断を統合する
カスケード効果や集団の二極化をさけるために、それぞれの個人は独立して判断し、後に統合する。

 

原則6:相対的な判断を行い相対的な尺度を使う
相対的判断の方が、絶対的判断よりノイズは小さくなる。

 

とまぁ、本書では、ノイズとバイアスの確認方法と対応方法や手順がこれでもかと細かく説明されている。これらを活用すると、組織として、よりノイズの少ない判断ができるようになるのかもしれない。


でも、実際には難しいのだろうなぁ、というのが率直な感想。

 

そもそも、ノイズがあることを認めるのが難しい。だから、ノイズを可視化して、それを認めることが重要だと本書の中でも繰り返されるのだが、それこそが難しいのだろう。


だって、これまでの裁判は、あらゆるノイズだらけでした、なんて裁判所が認めることは無いだろうし、、、、医療現場でも、あの治療はノイズでまちがっていました、なんてなかなか認めがたいだろう。
判断したがわだけでなく、された側だって、自分の判断はノイズによるものだった、なんて思いたくない。

なかなか、難しい指摘だなぁと思った。 

 

でも、組織として社会に対して何かの機能を果たすためには、ノイズもバイアスも、最小にするように努力するべきなのだろう。

理論はとてもよくわかる。

それでも、難しさを感じてしまう。

そんなところに、本書もお説教されているような、ちょっと、しゅん、、、となっちゃうような、、、そんな気持ちにさせられる。

でも、面白かった。

やっぱり、世の中、公平も公正もそんなに簡単には転がっていない。

努力するべし、ってことなんだろうな。

やれる範囲で、頑張ろう。

 

読書は楽しい。

 

 

『NOISE』(上)

『NOISE』(下)