異端の人間学
五木寛之
佐藤優
幻冬舎新書
2015年8月5日 第一刷発行
ウクライナでの情勢がどんどん厳しくなる中、2015年の本だけれども、”今こそ読むべき”と新聞の広告欄にあったので読んでみた。五木寛之さんと佐藤優さんとの対談。
目次
第一部 人間を見よ
第二部 見えない世界の力
第三部 詩人が尊敬される国
第四部 学ぶべきもの、学ぶべき人
五木寛之さんといえば、『さらばモスクワ愚連隊』(1966)や『大河の一滴』(1988)が有名だけれど、私はあまり読んだことがない。雑誌などで今でもコラムを書かれているけれど、1932年生まれと言うから結構なお年。結構どころじゃないか。 週刊新潮の「生き抜くヒント」は、確認したら最新号で連載393回だった。すごい。
そして、なぜ、この二人の対談がウクライナの話とつながるかというと、五木さんはロシアに詳しい人だった。よく知らなかった。
佐藤さんが、五木さんの作品でロシア人の本質をよく表している、といっているのが、『さらばモスクワ愚連隊』と『蒼ざめた馬を見よ』。五木さんは、中学1年生の時に現在の平壌で敗戦を迎えた。そのときにソ連軍が進駐してきた。みんな、ソ連軍を怖れ、ソ連軍はソ連のスメルシュ(KGBの前身、NKVD)を怖れた。ソ連軍は、銃をかかえて日本人居住区にやってきては、女を出せと脅す。人身御供にされた女性は、ボロ雑巾になって帰ってくるか、かえってこないか、、、そんなことをみてきた。それでいて、ソ連軍がみんなで美しい合唱をする姿も目の当たりにしていた。
NKVDって、内務人民委員部のことで、『同志少女よ、敵を撃て』にでてきた。
ほんとに、いたんだ、、、自国の兵士を銃殺する人たちが。
そして、五木さんは、帰国してから、ロシア文学の道にすすむ。父親に「お母さんの仇だぞ」と言われながらも。
そんな風に、五木さんとロシアとに深いかかわりがあったこと、知らなかった。
というか、五木さん世代の人たちは、多くの人が満州での経験がその後の人生に大きく影響している、と。
二人が共通してもっているロシア人への印象は、組織の命令で恐ろしく冷淡なことをしておきながら、日本人以上に人間臭い、ということ。
『さらばモスクワ愚連隊』では、悪役で描かれている役人にも、ジャズに感動して涙する人間臭さが描かれていたり。
佐藤さんおすすめのロシア文学者、ショーロフの『人間の運命』も、主人公が最後にみなしごを自分の息子とするあたりの人間臭さが良いと言っている。
組織の命令通りに働く。でも、最後に信用できるのは具体的な人間だけ。だから、人と人との深いつながりを大事にする。
また、『人間の運命』が、ロシアで愛されるのは、主人公がナチスの収容所を経験しているということもあるのだと。収容所での具体的描写はほとんどないのだけれど、話のなかで、収容所を命からがら逃げてきたことがわかる。そして、せっかく戻った故郷では、妻や子供は、すでに戦争でなくなっていた、、、。そんな中で、みなしごを息子にする話だから、ロシア人の生身の人間を愛する気持ちに響くのだと。
そして、佐藤さん曰く、モスクワでは「ですぎた杭はうたれない」だったので、そのくせが日本に戻っても抜けなかった、と。モスクワでは、なにかに突出していると、かえって、こいつは信用できる、となる。腹をわってとことんまで話すと、敵とか味方とかを超越したような人間関係ができる、でも、日本では「ですぎた杭はうたれた」と、自虐的に語っている。
ウクライナについては、西ウクライナのガリツィア地方がソ連赤軍によって占領された歴史を抜きには語れない、という話。
ちょうど、佐藤さんの『「悪」の進化論』にでてきた話とかぶる。同じ話がでてきた。ブログには書かなかったけれど、今、東部への侵攻がさかんだけれど、歴史的背景からすると、西のガリツィア地方が、ウクライナとロシアを語るときに一つのキーポイント、という話。
むりやり宗教を変えられた民族の心に深くのこる、うらみつらみ、、、とでもいうのか。
ウクライナの東は、もともとロシア正教。西はカトリックだったのだが、東方典礼カトリックとしてローマ教会がちょっと妥協したような宗教になっていった。だから、ロシア正教の人たちは、東方典礼カトリックを信用しない。
ロシア語で「イエズス会」というのは、「ペテン師」という意味だそうだ。『カラマーゾフの兄弟』でアリョーシャの「それはイエズス会のだ」というセリフは、「それはペテン師のやり方だ」という意味合いだそうだ。
言葉って、、、文化的背景をしらないと、わからないことがたくさんある。
でもって、戦後、東方典礼カトリック教会は、無理やりロシア正教にさせられた。
多くの信者は、カナダへ亡命した。だから、いまでもカナダはウクライナ語を話す人が多い。亡命せずとも、やはり改宗せずに山に籠った人たちもいた、実はその人たちは旧ナチスに協力した人たちで、ゲリラ戦を展開した。
どうやら、プーチンが今回の侵攻でウクライナをナチス呼ばわりするのは、この時のことが背景にあるらしい。
実は、17世紀のロシア正教会の宗教改革の時に、それに従わなかった人たちが一部いて、古儀式派と呼ばれる、それは、異端の分離派ともよばれ、プーチンの祖先もじつはこの分離派だった、と。
本書は、ロシアの話だけではなく、他にも宗教観にまつわる話などが展開される。
日本の隠れ念仏や、カヤカベ教(旧薩摩藩の隠れ念仏信仰から派生した秘教の一派の俗称)。
かれらも、異端ということ。
そして、そういう人たちが心の中に持ち続ける、人間性を「異端の人間学」というタイトルにして語っている。
他、ロシアのこぼれ話。
体重計は120Kgまで測れるものが一般的で、ロシアでは120Kgを越えないと肥満とは言わない、、とか。
女性も30歳になるまでは、超美人だけど、30歳を境に巨大化していくとか。
お酒を飲むとき、ぶっ倒れるまで飲むのが礼儀だ、、とか。
あ、わかるわかる。私もロシア人と仕事をしていたことがあるから、日本人サイズの椅子だと椅子がかわいそうな感じ、、、。
モスクワでの宴会は、とにかく飲まされる。
彼らが日本に来た時に、浅草の花屋敷に観光につれていったことがあるけれど、あのジェットコースターは、絶対、体重制限で無理そうだった。ジェットコースターが壊れちゃう。
あの巨大化は、日本人には無理だ・・・。
なかなか、面白い二人の対談。
最後には、お二人が人生の師としている人、本の話で締めくくられる。
佐藤さんが影響をうけたのは、「宇野弘蔵」と、学校や塾の先生たち。
そして、「太平記」を繰り返し読んでいる、と。
面白いなぁ。
「太平記」もじっくり、ゆっくり、読んでみようかな。
五木さんの本も。
五木さんって、個人的には昭和の男性にすごく人気があるひとという感じがして、特に興味はなかったのだけれど、ちょっと、読んでみたくなった。
まずい、また読みたい本ばかりがたまっていく。。
でも、嬉しい。
読書は楽しい。