共に生きる:NPO法人しんせい 活動報告に参加して感じたこと。

先日、「NPO法人しんせい」の都内での活動報告会に参加してきた。

福島復興の取り組みをしながら、障害者のかたと共に歩んでいる法人だ。

 

shinsei28.org

 

参加者の多くは、しんせいの活動に組織としてかかわっている人たち。中には個人の方も。代表であり理事長の富永さんとは、数年前にとある勉強会で講演をしていただいたことからご縁をいただき、私は個人的に応援し続けている。コロナで現地に行くことが難しくなってしまったため、いまだ福島には足を運べていないのだけれど、こうして時々報告や講演のために上京いただく機会は、福島に思いをはせるきっかけになる。

 

震災から11年がたち、”復興”という言葉だけで人々の興味をひける期間は過ぎてしまった。だからこそ、次々と施設利用者の収入源となるべき道を開拓し続けている。

それでも、時給200~300円。。。。

コロナで手作りお菓子の販売といった事業は大打撃をうけたなか、「山の農園」を立ち上げ、「山の学校」活動も回り始めている。

 

以前、「にんじんカレー」を紹介したが、今回は、新作の「おからカレー」をお土産にいただいて帰ってきた。

megureca.hatenablog.com

 

避難生活の経験から、冷たくても美味しく食べられて、野菜もたっぷりとれるカレー。にんじんカレーも、ホントにおいしいので、新作を食べてみるのが楽しみだ。

山の農園 新作 おからカレー

 

今回、活動にかかわられている多くの人の話を聴いて、思ったのは、言葉にしてしまうと簡単だけれど、多様性のパワー

 

新しく始まっている「山の学校」の取り組みでは、国立環境研究所の方のボランティアで、福島の自然の中で環境について学ぶ事ができる。今回は、研究所の方からも報告いただき、余談として「山の学校」にはとてもめずらしいカワセミがいるんだよ、と言うお話をしていただいた。赤いカワセミアカショウビン、というのだそうだ。ヒュルルル~~と、見事な鳴きまねを披露いただき、アカショウビンに会いに行きたい!!と思った。参加しているのは、地域のとある高校の生徒たち。できることなら、私も参加してみたい。でも、大人気でなかなか参加機会をゲットするのは難しそう。学ぶ機会は、高校生に譲らないとね。

 

障害者、研究者、高校生、大人が一緒に活動できる山の学校。山の学校に参加している高校の先生もいらしていたのだが、高校生たちにとっては、授業では学ぶことのできない貴重な経験になっているとのこと。自然についてだけではなく、研究者、障害者とのふれあいそのものが、貴重な経験になっているのだと。

 

どんなことも経験に勝る学習はない

 

高校生に限らず、小学生も中学生も、意外と親や教師以外の大人と話をする機会は少ない。お稽古事の世界だって、学校の先生ではないけれど師弟関係だ。そういうタテの関係ではない大人と対話することで、世界にはこんな大人もいるのだ、ということを知ることは、とても貴重な経験だと思う。将来を考える時、こんな世界もあるんだ、ということを知っているのと知らないのとで、自分の選ぶ道に対する確信のようなものが違ってくるのではないかと思う。

 

大人側も、自分の子供、教え子以外の若者と何かを一緒に取り組む経験は、すごく刺激になる。高校生は、たしかにまだまだ子供かもしれないけれど、アタマの回転スピード、感情が揺さぶられるスピードは、大人よりずっと速い

大人が思うより、与えらえたものを考えたり感じたりする力は、ずっと深く大きいのだと思う。

 

昨年度、私は、10代~70代までが共に学ぶ場にご一緒させてもらっていたのだが、正直言って、高校生、20代の子たちの発言が、一番胸に響いた。大人になるほど、意見ではなく自分の知識を披露しがち。若者ほど、純粋に自分の意見を言ってくれる。人を動かすのは知識じゃない、意見、意思、なのだと思う。相手の言葉が自分の考えと一緒かどうかは関係ない。相手はどれほど真剣に考えているかと言うのは、意見をいっているのか、知識を披露しているのかで、なんとなくわかるものだ。そして、意見があるというのは、それについて自分の頭で考えているということなのだ

 

学校や会社、家族、という自分にとっての当たり前の世界から、そうでない世界で生きている人たちのいる世界に足を踏み入れることは、若者にも、大人にも、多くの気づきを与えてくれる。50代になっても、60代になっても、いくつになっても新しい世界は、自分の未来を広げてくれる。

 

毎日でなくてよいのだ。

時々でいいのだ。

ちょっと、いつもの自分の世界と違う世界を見て、感じて、体感することって大事だと思う。

 

しんせいでは、それぞれの取り組みについて評価チームをおいて、効果の検証をする取り組みをされている。障害者と健常者の交流が、どういう効果があるのかを検証するのは簡単ではないと思う。でも、経験してみると、絶対にわかる。自分の中で何かが変わる。身近に障害者がいるとしても、家族以外の障害者とかかわるとき、また違う感情がうまれる。自分の組織以外の会社員、研究者、経営者、どんな人でも、違う世界を体感するのは、刺激になる。

障害者だけではない。介護が必要になったお年寄り、保育が必要な幼児。

歩く速度の違う人と一緒に歩いたとき、その人の歩く速度に合わせることが自然にできる人は、自分とは歩く速度が違う人がいることを普段からあたりまえのことと受け止めている人だ。

類似性の高い集団でばかり過ごしていると、時に忘れてしまうのだ。

自分たちとは違う速度で歩いている人がいるということを。

 

コロナもあって、なかなか外の人と直接話す機会は減ってしまったけれど、今回、多くの人の話をきけて、つくづく多様な人達が集まったときのパワーを感じた。

 

組織でできること、個人でできること。

規模はちがうかもしれないけれど、だれでも、だれかとだれかを繋げることができる。

 

私も、誰かにつなげてもらって、このつながりをいただいた。

 

べただけど、やっぱり、人と人が一緒に活動することでしか生まれないものがある

人は、社会的動物だ。

 

共に生きる。

共感する。

それほど、刺激的であり、素敵なものはない。

 

そんなことをつくづく思った報告会だった。

 

最近、なにかと立て込んでいて、行くのもどうしようかと一瞬まよったのだけど、やっぱり行ってよかった。

 

行動することでしか生まれないものが、必ずある。

気になったら、行動してみよう。