『音声学者 娘とことばのふしぎに飛び込む』 by  川原繁人

音声学者 娘とことばのふしぎに飛び込む
川原繁人
朝日出版社
2022年5月31日初版第1刷発行
*本書は2021年10月1日から2022年3月9日朝日出版社 Web マガジン「あさひてらす」にて連載した『音声学者とーちゃん、娘と一緒に言葉のふしぎを見つける』の原稿を大幅に加筆・修正し、まとめたものです。


日経新聞の書評欄にでていたので、ちょっと、面白そうと思って図書館で予約してみた。わりとすぐに回ってきた。やっぱり、「音声学」ってマニアック過ぎるのかしら。

 

著者の川原さんは、1980年生まれ。1998年に国際基督教大学に進学。2000年カリフォルニア大学への交換留学のために渡米、ことばの不思議に魅せられ、言語学への道を進むことを決意。

 

本書は、川原さんが奥さん(も、言語学者)と共に、二人の娘の言語習得の観察日記のようにして綴られているのだが、まさに、言語学。発声学。赤ちゃん言葉がどうして、ブーブーとか、アンヨとか、わざわざ大人の使う言葉とは異なる言葉として存在するのか、赤ちゃんの言語習得の仕組みと共に語られる。

 

目次

第1話 キュアベリーに変身して世紀の大発見
第2話 可愛いやつらは、だいたい両唇音
第3話 赤子の魂いつまでも
第4話 せっかくだからしっかり音声学入門
第5話 もう少し深く音声学入門
第6話 言語学者夫婦、子どもの言い間違いを直さない
第7話 お前もこの可愛さに萌えちまいな
第8話 私、発音できないんじゃなくて、しないんです
第9話 ねんねしてくれなくてちょべりば
第10話 どうやって音を区切るかそれが問題だ
第11話 音声学者とーちゃん、妻のお母さんの言葉を観察する
第12話 音声学者とーちゃん、我が子のかわいい言い間違いに学ぶ
第13話 音声学者とーちゃん、娘の命名に関し妻にプレゼン そして却下
第14話 音声学者とーちゃん、さらに名付けを語る
第15話 子供と言うのポケモンポケモンといえば子供


面白かった。
かなり、マニアック。例えば、発声するための使っている唇から口の中から咽頭、声帯までの図解とか、国際音声学会がつくる国際音声記号(International Phonetic Alphabet)IPAの話とか。

外国人に日本語を教える時に、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、と数え方を例に、なぜ、ちっちゃい「っ」が入るときと入らないときがあるのか、説明しようとしてもうまく説明できないようなことが、発声学から語られていたりする。

 

IPAの話では、日本語の「は・ひ・ふ・へ・ほ」は、ha・hi・hu・he・hoではない、と言う話。ひ・ふ・への子音の記号はhではない音なのだ。たしかに、息のでかたとか、ちょっとずつ違う。

 

子供の言い間違いは、その子特有の間違いもあるけれど、結構、共通するルールがあるという話。長い言葉は、最後の数文字だけを取り上げちゃうとか。「ヨーグルト」は、「グルト」になる、みたいな。「き」「ち」になりやすいとか。「ふみり」が「ふみり」になっちゃう、、、みたいな。
あとは、文字が入れ替わっちゃう現象。
「とうもろこし」が「とうもころし」
「オタマジャクシ」が「オジャマタクシ」

 

ああぁ、あるあるだぁ、、でも、誰も説明してくれなかったから、なぜそうなるのかなんて考えたことがなかったことを、発声学の視点が解説してくれる。

通訳として発声の勉強をしている私としては、かなり興味深く、面白く読めた。

は行は、例えば「ひ」にちいさい「っ」がつくと、〇がついて「ぴ」になる、とか。
にほん → にっぽん
こうふん → はっぷん
こうへん → いっぺん

現在形と過去形の変化のしかた、
現在形は[u]でおわって、過去形は[ta]で終わる、ってなんのこっちゃ??って感じだけど、
たべる → たべた
しぬ → しんだ
やむ → やんだ

最後の文字が、nやmの子音だと、nがはいって、ndaに変化する。
あぁ、確かに。


結局、言葉と言うのは、話しやすいように変化していくのだという。

いたい → いてぇ 
と、叫んでしまうことがある。

それは、「あ」「い」「え」の舌の位置に関係しているのだという。
「あ」の舌の位置は、下。
「い」の舌の位置は、「あ」より上。
そして、「え」の舌の位置は、「あ」と「い」の間。

itai は、最後がaとi。つまり「あ」と「い」。それを一緒に発っせいすると、「え」になるのだという。
だから、「いたい」を急いでいって、「いてぇ」
なるほどぉぉぉ!!

面白い。

 

幼稚園のクラスが、「さくら組」、「うさぎ組」だったら、みんな「さくらくみ」「うさぎくみ」ではなく、「さくらぐみ」「うさぎぐみ」と、「」で発話する。でも、「私の組は、さくら組」のときの「私の組」は、「わたしのぐみ」とはならない。ほほぉ、そうだなぁ。これは、連濁と呼ばれる現象だそうだ。音がなにかのきっかけで変化することによる音韻変化のうち、「くみ」が「ぐみ」になるのが、連濁。


1929年、ケーラーという心理学者が行った実験の話が出てくる。まるっこい楕円のような〇が三つ重なった図と、星型が二つくっついたような図。丸々しているのと、とんがったかんじの図だ。これに、名前をつけるならどうする?っていう実験。昔、何かの本でも読んだことがある。
「maluma」「takete」をそれぞれ名前にするなら、どっち?っていう質問。
多くの人が、丸っこいほうに「maluma」、星形に「takete]となづけたという。
ケーラーは、そこに法則性がある、ということを主張した。
音声学用語として、阻害音と共鳴音、と言うものがある。

阻害音とは、濁点がつく行。パ行、タ行、カ行、バ行、ダ行、ガ行、サ行、ザ行、ハ行。
共鳴音とは、濁点がつかない行。マ行、ナ行、ヤ行、ラ行、ワ行。

阻害音は、破裂音、摩擦音、破擦音。
共鳴音は、鼻音、はじき音、接近音。

共鳴音は、まるっこいものをイメージさせ、阻害音はとがったものをイメージさせる、と言う話。
で、なぜこんな話かと言うと、命名のはなし。

 

かれは、むすめに「やよい」という共鳴音の名前を付けたいと思った。でも、奥さんに却下されて、けっか、「さつき」という名前にしたそうだ。どっちも、素敵な名前だけどね。


最初に、いきなりプリキュアの話から始まったので、さて?私にはわからんぞ???とおもったのだけれど、そういう読者のことも想定してくれていたのか、プリキュアの話がわからなくても、楽しく読めた。

プリキュアの話は、でてくる主人公の名前が可愛らしい、ということで引用されていた。だいたい、。プリキュアって、何人もいたのね。
パッション、パイン、ベリー、ピーチ、マーメイド、、、、。
と、確かに可愛い感じの名前。ここにも規則性があることを著者は見出している。真面目に楽しく言語学を追求しているところが面白い。
これらの名前は、すべて最初の一文字が、「両唇音」。両唇音とは、唇がくっついた状態から発声される。実際に、自分で、パッション、パイン、ベリー、ピーチ、マーメイドと口に出してみるとわかる。一度、唇がとじてから、空気が出る。
ほほぅ。そういう音を、可愛らしい、と感じるんだ。。

ママ、パパ、も実はそう。
ブーブーも。
赤ちゃんが最初に発声できるのは、両唇音ということらしい。だから、可愛いイメージ。

なるほどねぇ。

ま、だからどうなの?ってくらいマニアックだけれど、子育て物語としても面白い。そして、言語学者の川原家では、子供の言い間違いは直さないそうだ。自然と治っていくものだから、沢山、子供に話させた方がいいから、あえて直さない。なるほど。たしかにね。

 

ちなみに、日本人の「r」と「l」の聞き分けのはなしもでてくる。実は、赤ちゃんの頃は日本人も聞き分けられるのだそうだ。それが、日本語の中で育っていくうちに、聞き分ける必要がないので、聞き分けなくなってくる。そして、川原さんは、日本語を学んでいる最中の子供に、わざわざ英語まで学ばせる必要があるのかは、???ということを言っている。
必要になれば、人は、学べる。それで、いいじゃない、ね。

 

なかなか、楽しめる一冊だった。

言語って、意味があるということのまえに、「音」なんだ、って改めて思った。

 

語学は、「音」として、楽しんで学ぶに限る。