『低空飛行 この国のかたちへ』 by  原研哉

低空飛行 この国のかたちへ
原研哉
岩波書店
2022年4月14日 第一刷発行

 

日経新聞の書評に、7月9日にでていた一冊。面白そうだったので、図書館で予約していた。3か月ほど待って、順番が回ってきたので読んでみた。

真っ白い表紙に、文字のみの装丁。随分デザインチックだなぁ、と思ったら、著者の原さんは、無印良品のアートディレクターだった。そうそう、それで、面白そうとおもって、図書館で予約したのだと思いだした。

 

原研哉さんは、1958年生まれ。デザイナー。日本デザインセンター代表取締役社長。武蔵野美術大学教授。

 

本書のタイトルは、原さんが2019年に立ち上げた「低空飛行 ー High resolution tour」というウエブサイトに由来する。毎月一回、紹介したい日本の場所や施設を訪ね、60秒の映像と、文・写真の組み合わせで発信しているとのこと。撮影・執筆・編集を一人でやっている。サイトをちらりと覗いてみた。日本の観光を盛り上げたいという気持ちなのだろうか、日本への愛があふれている感じ。
”戦後の工業化シフトの成功体験から離れられず、風土や伝統という足元の未来資源を見過ごしたままの日本に対して、義憤のような気持ちを抱いて始めたプロジェクトでもあった。”と。

ローカルとグローバルとを切り離してしまうのではなく、互いに輝かせられるような新しい概念として、ローカルをフォーカスしたい、そんなことが綴られている。そして、彼自身の目標として、「その土地のすばらしさを表現するホテルをデザインしてみたい」とのこと。

 

感想。
あぁ、、、日本には、美しい風景が沢山あるのだよな、、、と。改めて思った。そして、自然をすぐに神様に仕立てちゃう、アニミズム。やっぱり、日本のこころと自然は深くつながっているのだよなぁ、と思った。
そして、素朴でよいところも沢山あるけれど、そこに、人の手が加わることでラグジュアリーな別世界が誕生するのも事実。贅沢に、すばらし~~~~い所も、たまにはいいよなぁ、と思った。

 

目次
第一章 低空飛行からの展望
第二章 アジアに目を凝らす
第三章 ユーラシアの東端で考える
第四章 日本のラグジュアリーとは何か
第五章 移動という愉楽

 

第一章では、日本全体を低空飛行で見渡すと見えてくる風景について。戦後の経済成長時期には、国中がファクトリーになっていった。そして、ホテルは西洋の真似をした物がほとんど。日本ならではの景色、季節を活かしたホテルが少しずつ、増えつつある、、という話。確かに、星野リゾートのオリジナルホテルや里山十帖などは、風景を活かしつつ、絶景が楽しめる宿泊施設といえる。ただし、一泊の予算は5万円をくだらないけど。それだけの価値がある、ともいえる。

 

日本の観光は、インバウンドに限らずとも、やはり高級路線は一つのターゲットだといわれて久しい。確かに、富裕層は、一泊10万円以上のホテルを好む。それだけのホスピタリティーがあるからだ。ゼロが一つ違う単価のサービスが提供できれば、それは効果が大きい。日本の観光収入は、コロナ前の2019でも5兆円まで成長していたのだ。それが、コロナで見るも無残な数字になってしまったけれど、政府は、2030年には年間15兆円を目指すと言っている。それは、2019年の自動車産業12兆円より大きい数字だ。でも、個人的にも、観光産業がもっと大きくなるといいな、と思っている。オーバーツーリズムは問題だけれど、、、。


第二章では、アジアに目を向けて、アマンリゾートをはじめ、高級リゾートの紹介。原さんん自身が世界を回っているので、アジアのラグジュアリー体験もたくさんしている。アジアのラグジュアリーは、”人工的”なものと”自然”との組合わせによる景観が多い。そもそも、景観というのは、そういうものなのだろう、と。

うん?そうか?と首をかしげなくもないのだけれど、たしかに、ただの自然はただの景色で、、、田んぼとランドセルを背負った小学生の図は、自然+人工物であり、それこそが景観だ。


以前、新潟県柏崎市「荻ノ島かやぶきの里」を訪問し、茅葺のある景観を残す活動をされている方のお話をうかがったときのことを思い出した。茅葺屋根のお家のある景色だって、、、自然じゃない。それが、景観だ、っておっしゃっていた。そして、その景観を守り続けるのが、地域の役割なのだ、と。

 

また第二章のなかでは、中国の鄭和の時代のはなしがでてきて、さすが、旅をたくさんしている人は、歴史も良く知っている。中国の大艦軍の話は、教科書にはあまりでてこないけれど、結構有名な話で、バスコダガマよりずっと前に、その10倍の規模の船をつくっていたのだ、という話。でも、鄭和は、大航海時代のヨーロッパのように、行った先の土地を植民地化したり破壊しようという意図はなく、純粋に貿易を求めていた。だが、産業革命を起こすようなエンジニアには興味がなかったために、欧州に追いやられてしまった、、、。

では、日本はどうか。明治維新で取り込んだ様々なものは、第二次世界大戦の敗戦でほぼ失った。そして、バブル、バブル崩壊。ITの乗り遅れ、、、。未来ビジョンの欠如、、、そして、自国美意識のアップデートの欠如が今に至る、、と。
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』からの一節が引用されている。明治維新はガスによる照明技術をまなべば良かったのであるが、”ガス灯の形”まで、取り入れてしまった。
ふむ。なるほど。


第三章、第四章では、大陸と日本を比較し、原さんが作ってみたいホテルが語られている。いくつか、特徴的な日本の地方が紹介されている。その中には、伊根の舟屋もでてきた。今年の9月に、私自身初めて行って、あぁ、ここは外国人が喜んで来ていたわけだ、、とも感じた。泊まった舟屋は、和風そのものだけれど、案内には英語もしっかりあって、いかにもコロナ前は多くの外国人が訪れていたのだろう、、という感じがした。町全体の規模も大きくはないので、インバウンドが盛んだったころは、なかなか予約がとれなかったらしい。

megureca.hatenablog.com


他に、四万十川沈下橋の景色、釧路湿原秋田の鶴の湯、あるがままの自然の上にできた景観。
宿泊施設としての日本の特徴については、内と外、垂直と水平。確かに、日本の旅館は、内と外を区別する。つまり、靴を脱ぐスペースがある。水平と垂直。障子やふすまで区間を区切る。それは、日本らしいのか、、、と、改めて気づかされる。確かに、畳の和室って、昔は、電気も四角い和風のものがぶら下がっていた。そうか、丸ではなく、四角って、日本っぽいんだ。。。カーテンのようなドレープも、、よく考えたら西洋だ。

「TENKU」(鹿児島)や「アマネーム志摩」のようなラグジュアリーホテルの紹介。
いやぁ、、泊まってみたいなぁ。。。 

読みながら、旅したくなる気分になる一冊。しかも、そんなラグジュアリーなところ、いきたいなぁ、、、って。
たまには、おもいっきり贅沢して、自然と人工物との世界に浸るのもいい。
温泉の露天風呂だって、人工物だ。でも、それでいいんだ。

 

まえに、ちきりんが言っていた。自然なんて、楽しむもんじゃないって。虫はいるわ、日焼けはするわ、、、水道はないわ。。。

そうなのだ、自然を楽しむといいつつ、ほんとに100%の自然を楽しめるほど、私はタフじゃない。トイレだって無いと困る。てが洗え無いと困る。脱衣所のあるお風呂に入りたい。ソファーでくつろぎたい。

そうなのだ、それでいいのだ。

あぁ、ラグジュアリーな旅がしたいないぁ。。。
けど、アマン系のアマネム志摩なんて、安くても一泊20万円近い、、、別世界だ。
そう考えると、星野リゾート里山十帖も、10万円以内で泊ることができるのだから、安いもんだ。まぁ、何もないといえば、何もない施設だけれど、、、。

ホテルに何をもとめるのか、、ということなのだろう。 

 

なかなか、別世界気分になれる一冊だった。

旅先で読んだら、またすぐに旅にでたくなりそう、、、

そんな一冊。

写真も美しく、楽しめる。

 

日本にもまだまだ行ってみたいところがたくさん。

なかなか、斬新な本だった。

岩波書店、いいね。