『英語の階級 執事は「上流の英語」を話すのか?』 by  新井潤美

英語の階級 執事は「上流の英語」を話すのか?
新井潤美
講談社選書メチエ
2022年4月12日 第1刷発行

 

新聞広告で見かけたのだったと思う。面白そう、と思って図書館で予約して借りてみた。

 

著者の新井潤美(あらいめぐみ)さんは、『ノブレス・オブリージュ イギリスの上流階級』(白水社)の著者でもあり、英文学・比較文学の専門家。東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士号 取得。東京大学大学院教授。
本書を読む限り、イギリス英語が得意らしい。

 

裏表紙にある本の紹介は、

”映画には教養にあふれ洗練された英語を話す執事がよく登場する。
あの言葉使いや話し方は「上流の英語」なのか?
”Pardon”や”toilet"といった日本人にも身近な英単語は、実は英国では階級の指標になってしまう言葉遣いだった!
「執事の英語」を入り口に、アッパー・クラスやコックニーの英語から、アメリカ英語に英国人が抱く微妙な感情や BBC の英語まで、著者自身の経験を交えつつ、話し言葉と「階級」が織り成す複雑で、奥深い文化を書き出す。
何気ない表現から見えてくる、もう一つの英語世界にようこそ!” 

コックニー:ロンドンの下町、東ロンドンの方言。

 

目次
序章 「礼儀正しい」英語はややこしい?
第Ⅰ章 執事の英語が語るもの  「洗練された」ロウワー・ミドル・クラス
第Ⅱ章 「U」と「non--U」  何が「上流」で、何が「上流ではない」のか
第Ⅲ章 アメリカの悪しき?影響  アメリカ英語と階級の複雑な関係
第Ⅳ章 アッパー・クラスの英語と発音 『マイ・フェア・レディ』の舞台裏
第Ⅴ章 ワーキング・クラスの英語 魅力的な訛りの世界
終章 標準的な、「正しい英語」とは?   BBC の試行錯誤


英語に関する本だけれど、イギリスの文化に関する本、と言った方が適当かもしれない。そのイギリスの文化の中には、階級意識がいまなお残っており、使用する言葉で相手をどの階級の人間かとさぐってしまう性があるようだ。
日本でも、ギャル言葉(って今でもいうのか?)とか、若者言葉があるけれど、階級による言葉の違いと言われてもピンとこない。1億総中流社会だからか?たしかに、セレブと生活に困るような収入層の人とでは、生活習慣のちがいなどはあるかもしれないけれど、歴史的に受け継がれている言葉の違いなんてものは、日本にはないと思う。

 

本書を読んでいると、イギリスって、過去の栄光にしがみついている社会があるのね、、なんて意地悪な見方が頭をかすめたり、、しなくもない。アメリカよりイギリスのほうが歴史も文化もあり、アメリカ英語は下品で、イギリス英語が上品、、、、みたいな。まぁ、そう断言しているわけではないけれど、そういう、雰囲気がある。

 

例えば、キャサリン王妃がウィリアム王子と結婚前に別れた時、階級がちがうから、、、とメディアは書き立てた。別れた理由は、キャサリン・ミドルトンの両親が「ミドル・クラス」であり、母親がフライトアテンダント(日本より社会的地位が低い)で、エリザベス女王の前で母親が”toilet"という言葉を使ったからだ、などと書き立てられたらしい。

他にも、言葉の使い方で、その人の階級を判断するような事例が続く。

 

人のいったことが聞き取れなかったとき、”pardon"というのを学校でならっただろう。実際、よく聞く言葉だ。でも、上流の人は、”I beg your pardon”とフルセンテンスでないといけないのだそうだ。あるいは、”what?”、”Sorry?”が上流英語。
もともと、Pardonは、フランス語の「パルドン」からきていて、フランス語使用という「気取り」が「ロウワー・クラス」とみなされるのだそうだ。

まぁ、古い歴史で言えば、イギリスとフランスは、ずっと戦争をしていたわけで、フランスが入ってきたからといって、フランスの言葉を使うのは、「ロウワー・クラス」ということだったらしい。
そういう視点で、アッパー or ロウワーが決まるのであれば、日本にはない階級の考え方といえる。

 

また、執事が使う言葉というのも、結局はアッパーに使えるために無理やり使う言葉なので、ノン・アッパーの言葉ということ。
アメリカからきた表現も、ノン・アッパー。

 

今、通訳の勉強をしていると、ほとんどアメリカンイングリッシュ。なので、本書のなかにでてくるイギリス英語は、へぇ、、そういう表現なんだ、と私にも新鮮なものがいくつか。

 

著者が通っていた英国の進学女子高はアッパー・ミドル・クラスの生徒が多く、英文学の授業では、アメリカ英語を使うと指摘された。それがいくつか紹介されている。
アメリカ英語として嫌われた表現が、

be hospitalized” = 入院する

普段、ニュースなどでもよく耳にする表現だ。でも、”be hospitalized”は、使ってはいけない表現のひとつだったそうだ。では、なんという?

go to hospital
冠詞がつかない、hospitalである。

”go to the hospital” と、冠詞がつけば、何らかの理由で病院にいく、ということであって入院ではない。冠詞一つで意味が違ってしまう。ややこしいい。。。アメリカ英語の方がわかりやすい、、、。だから、第二言語で英語を話す国は、アメリカ英語に近いものが多くなるのだろう・・。


アメリカ英語の elevator は、イギリスでは lift とか。

 

また、何かを褒められた時に”thank you” というのもアメリカ的なのだそうだ。英式だと、”you are so kind” と。
そもそも、率直に何かをほめるのもアメリカ。率直にありがとうというのもアメリカ。
”you are so kind” が淑女の言葉、、、だと。

まぁ、日本語でも、褒められた時に「ありがとう」といえばカジュアルで、「御親切にありがとうございます」といえば、フォーマルともいえる。
もっとも日本風なのは、「いやいやそんなことありません」って、へりくだっちゃうことか?!?!


また、面白いと思ったのが、言葉の使われ方。日本語でも、時代とともに言葉の使われ方、解釈のされ方が変わっていく事がある。「誤用」といわれていたものが、いつの間にか多くの人が誤用することで、新しい意味が市民権を持っちゃう、みたいなこと。

本書で紹介されていたのは、”hopefully"。本来は、「希望にあふれて」という副詞だったのが、いつのまにか「願わくば」という意味で使えるようになったそうだ。
結構、会議でも使われる、hopefully。なるほど、そうだったんだ。

 

他にもいろいろと、イギリス英語が変化してきていることについても述べられている。BBCの英語も、時代とともに変化しているのだそうだ。
まぁ、NHKもそうかもしれない。

 

第Ⅳ章では、『マイ・フェア・レイディ』の話が出てくる。田舎者のイライザを
発音を直すことで淑女に仕立て上げるという、オードリー・ヘップバーン主演の映画。イライザこそ、コックニー訛りの花売り娘。「コックニー」は前述したが、ロンドンの訛りといえばそれらしいが、実際には、労働者階級の訛り、ということ。ロマンス・コメディといっていいだろうか。 労働者訛りを、アッパークラスに変える、ということ。
まだ、VHSが主流だったころに、実家で父がよくみていた。日本語の吹き替えで何度も観ていたので、「スペインの雨は主に平原に降る」の練習は、英語ではなく日本語で記憶に残っている。“The rain in Spain stays mainly in the plain.”を、ヒギンス教授が何度もイライザに練習させる。
発音を変えることで淑女になれるのも、イギリスならではか?映画では、イギリスでは貴族の遊びである競馬にいったイライザが、「こんちくしょー、もっと、はしりやがれ!」と思わず叫んで、周りが凍り付く、、、という一場面が。発音の問題ではなく、発言の問題?!?!
ちなみに、映画の原作は、ジョージ・バーナード・ショーの『ピグメイリオン(Pygmalion)』という戯曲。 

 

英語表現の文化的背景を知ると、もっと楽しめる英語の映画があるのだろうということが、よくわかった。ダウントン・アビーにも階級の違いによる表現がたくさん出てくるのだそうだ。英語で聞いていてもわからなかった。かつ、翻訳された日本語では気づけない。

 

やっぱり、原語で原作を読めたり、聞けたりすると、もっと世界は広がるのだろう。

コツコツ、、、英語の勉強は続けよう。

イギリス英語の達人になりたいとは思わないけど、アメリカ英語との違いは理解していた方がよさそうだ。

 

言葉は、深い。