『雨あがる 山本周五郎短編傑作選』 by  山本周五郎

雨あがる 山本周五郎短編傑作選
山本周五郎
角川書店
平成11年8月31日 初版発行

 

先日、とある目黒のBarで読書について話題になり、お客さんの一人がすごく面白くて、映画も原作もいいんだ、といっていたのが、山本周五郎の「雨あがる」。山本周五郎、あまり読むことがないけれど、寺尾聡主演で黒澤明脚本の映画だったそうで、興味を持ったので図書館で借りてみた。

借りてみたら、本書は、短編集だった。218ページの単行本に、4つの短編がおさめられている。

 

目次
日日平安
つゆのひぬま
なんの花か薫る
雨あがる

 

雨あがるも短編で、ストーリーそのものはとてもシンプル。でも、あぁ、映画にしたら面白いかもなぁ、、、なるほど、、、、という感じだった。

どの短編も、面白い。
シンプルなお話なのだけれど、登場人物が何とも魅力的なのだ。優しくて、情け深くて、でもどこか抜けていて、、、、。どのお話も、「人は自分の無力をわかっていながら、天から幸運が降ってきたと思ってしまうことがある」とおもってしまう、セツナサ、、というのか、、、そんな人間臭さが、いいかんじ。

アッというまに読める。どれも、あぁ、、、なんというか、、、人間の性だなぁ、、、というのか。どうしようもない馬鹿男がでてきたり、ムリと分かっていても玉の輿のような明るい未来をちょっとでも期待してしまう女とか、、、。わかっているのよ、わかっているけど、期待せずにいられない、、、という、苦笑いがでてしまうような、、、。

山本周五郎、面白いわ。『赤ひげ診療所』が有名だけれど、子どもの時によんだような?読んでないけれど内容だけ聞き知っているような。。
山本周五郎は、1903年生まれ。1926年に文壇デビュー。1967年死去。
ふ~~ん。そうだったのかぁ。そういう人かぁ、、、。

映画にもなったという『雨あがる』は、凄腕剣士なんだけれど、すごすぎてうまく組織で働けない三沢伊兵衛と、伊兵衛を支える妻おたよの物語。

 

以下、ネタバレあり。

伊兵衛は、凄腕剣士だけれど、どうもうまく主に仕えることができない。べつに、気難しいわけでも、暴れん坊なわけでも。あまりに強すぎて、なんとなく、道場などでもシラケさせてしまうのだ。見た目には、そんな凄腕にはみえない、普通の男。そんな伊兵衛は、なかなか定職につけず、妻のおたよとともに、安宿暮らしをしている。安宿なので、みんな貧しい暮らしをしている人たち。
ある日、街に出かけた伊兵衛は酒をのんで真っ赤な顔をして宿へ帰ってきた。しかも、ぞろぞろと米屋、八百屋、魚や、酒屋に荷物を運ばせて。日々の暮らしに苦しい宿で、景気直しをしようと、連れてきたのだ。みんなで手料理で一杯やろう!と。みんな、喜んで宴会。
でも、一人ちょっと浮かない顔をしているのは、おたよ。
おたよは、わかっていた。夫がどうやってこれだけの物を手に入れたのか。むろん、盗んだわけではない。そう、「賭け試合」をしたのだ。めっぽう強い伊兵衛だけれど、見た目はひょうひょうとしたただの男。だから、負けるはずのない「賭け試合」。でも、ホントは御法度だ。
おたよは、唇には微笑を浮かべているが、眼は明らかに怒っていた。
「賭け試合をなさいましたのね。賭け試合はもう決してなさならい約束でしたわ」
「そうです、もちろんです、しかしこれは自分の口腹のためじゃないんですからね、私は、ええ私もそれは少し飲んだですけれども、少しよりはいくらか多いかもしれませんけれども、みんなあんなに喜んでいるんだし、、、、、」

伊兵衛は、宿のみんなを喜ばせたくて、おたよともうしないと約束した賭け試合をしてしまったのだった。。。

そして、翌日、、伊兵衛は釣りをしに宿を出る。昨日のことを反省しつつ。。。伊兵衛は、小さいころは体が弱く、禅寺に預けられていた。そこでは、朱子学、陽明、老子を学び、刀法、槍、薙刀、弓、柔術、棒、馬術、水練、を身につけ、気が付けば身体は丈夫になり、誰よりも上達していた。
でも、伊兵衛は出世はしなかった。。あらゆるものが凄腕なのだけれど、性質はやさしく、謙遜柔和で、、、勝っても照れるばかり。。。そうすると、相手はなんだかひっこみがつかない。なんだか気まずくなってしまうのだった。

そんな、伊兵衛がある日釣りをしていると、なにやら、争いあう声がする。一人の若者を5人が取り巻いている。

伊兵衛は、「どうかやめてください」と止めに入る。興奮した5人は、邪魔をされて怒る。
「さがれ下郎、やかましい。よけいなさし出口をするとおのれから先に斬ってしまうぞ」と。

と、伊兵衛は「やめてください、やめてください」といいながら、いとも簡単に、5人から刀を奪いとってしまう。圧勝。

それを遠くで見ていた人がいた。そして、それがお館への「士官」の話へとつながる。とうとう、この俺でも定職についておたよに楽をさせてやれる日がきたか、と喜ぶ伊兵衛。

と、ハッピーエンドで終わりそうなところだけれど、後日、賭け試合をしていたことがばれて、「士官」の話しはなかったことに、、、となってしまうのだ。

館からは、「賭け試合をしていたとなっては、残念だがこの話はなかったことに、、、」と。

そして、館からの使いのものは、「主膳が申しますには、些少ながらこれを旅費の足しにでもお受け下さるよう」と、士官させてやることはできないけれど、かわりに、とお金を渡そうとする。

「いやとんでもない、こんな」と伊兵衛は断ろうとするのだが、そこにおたよが、

「いいえ、ありがたく頂戴いたします。」と。賭け試合をやる夫は確かに悪いが、夫はそれもわかっているが、そうせずにいられない場合があるのです。夫のかけ試合で大勢の人たちが喜んで、救われるのですから、、、と。

おたよは伊兵衛をせめたりしない。

 

そうして二人は、そろそろ潮時だと、その安宿をでて再び旅に出ることにする。雨が降ると峠を越えるのが大変になるからと、人生に区切りをつけるかのように、宿のみんなに残念がられながらも宿を離れる。

おたよにぬか喜びをさせてしまって、申し訳ないと思う伊兵衛は、まだ、しょんぼりと失望している。おたよの方が、ふと、この立派な腕も持ちながら出世のできな夫をみて、微笑みを誘われている。出世はしないけれど、貧しい人を喜ばせることのできる夫。それでよかった。

 

峠の上へ出た二人の眼下には、忽然と隣国の山のがうちひらけ、爽やかな風が吹き上げてくる。さっきまでしょんぼりしていた伊兵衛も、ぱっとかおを輝かせ「やあやあ」と叫びだした。

爽やかな風にふかれや伊兵衛は、
「ねえ元気をだしてください、元気になりましょう」と妻に向かって熱心にいう。
おたよは、明るく笑て言う。
「わたくしは元気ですわ」

 

結局、職にはつけなかった伊兵衛だけれど、二人がこれから先もともに歩んでいくのだろう、、という安心感が読者をほっこりさせる。
そんなお話。

なるほど、寺尾聡が伊兵衛か。ひげでもはやして浪人を演じたんだろうか。
映画も見てみたくなった。

うん、なかなか、面白かった。
他の短編も、なかなか面白い。

歴史小説の人情もの。なんともいえない、ほんわか感がある。結構好きだ。