『手数料と物流の経済全史』 by  玉木俊明

手数料と物流の経済全史
玉木俊明
東洋経済新聞社
2022年10月13日発行

 

日経新聞の2022年11月26日の記事 ”米国の覇権は揺らぐのか 「ドル決済」の視点から読む3冊” の中で取り上げられていた本。面白そうなので、図書館で予約してみた。わりとすぐに順番が回ってきた。

その記事の中では、
『手数料と物流の経済全史』(玉木俊明著、東洋経済新報社、22年10月)からは決済覇権の歴史が見えてくる。交易や物流を軸に人類の長い道のりをたどり、覇権国家を「経済のプラットフォームの提供国」と定義した。具体的には19世紀末の英国が確立した、物流・情報・金融を掌握し「決済の手数料をはじめとする、さまざまな経済的利益」を自動的に集める仕組みだと説く。現在は覇権国家・米国にロシアと中国の連合が挑戦する構図と捉え、その行方を「そのようなシステムをこの二国が創出できるか、あるいは乗っ取れるかということにかかっている」と展望した。”とあった。

 

経済の本だと思って借りてみたのだけれど、実際には、歴史の本だった。或る意味、期待は裏切られたけれど、歴史としてすごく面白い一冊だった。これは、なかなかいいと思う。

 

著者の玉木さんは、京都産業大学経済学部教授。専門は近代ヨーロッパ経済史。1964年、大阪市生まれ。同志社大学大学院文学研究科(文化史学専攻)博士後期課程単位取得退学。博士(文学大阪大学)。

専門は、経済史ということだけれど、まさに経済の視点で歴史を俯瞰した一冊で、物語のように読める、ともいえる。歴史上の人物が次々とでてくるので、とても一人一人を覚えることはできないけれど、物語のように出来事と出来事をむすびつけて流れるように読むことができる。正直、面白い歴史書を読んでいる感じで、これは儲けもん!って感じだった。

 

表紙裏の説明には、
”覇権を握る国は、プラットフォームを提供する。プラットフォームこそ経済的支配権を握る枢要な役割を果たしているからである。プラットフォームを提供することで、覇権を握っている地域や国家には自動的に金が流れる。
経済活動は賭博場に似ている。賭博をするためには、胴元に金を支払わなければならない。それが現在の経済活動では手数料という形態をとり覇権国に流入する。その典型例が19世紀末のイギリスであった。(序章より)”
と。

 

目次
序章 プラットフォームをつくる権力者たち
第1部 文明の形成からイスラームの拡大まで
第1章 出アフリカからメソポタミアの覇権
第2章 地中海世界形成とギリシャ人、ローマ人、とくにフェニキア人の役割
第3章 イスラーム世界の拡大

第2部 中国の台頭と挑戦するヨーロッパ
第4章 中国文明の誕生から後漢まで
第5章 三国時代から唐大まで
第6章 宋から元へ
第7章 ヨーロッパの逆襲
第8章 商業情報の伝達と経済成長  ヨーロッパの特徴
第9章 オランダからイギリスへの覇権の移行

第3部 ヨーロッパの支配から新冷戦
第10章 世界に組み入れられる明清の中国
第11章 世界に組み込まれるアメリ
第12章 ヨーロッパの拡大とディアスポラの民 イエズス会アルメニア人の役割
第13章 産業革命とコミッション・キャピタリズムの世界
第14章 アメリカの覇権から中国の覇権へ?
終章 ユーラシア覇権国家連合の兆候

 

大きく、3部にわかれていて、第1部では紀元前の人類誕生から文明の広がり。第2部では、かつてヨーロッパよりも栄えていた中国を中心とした世界の動き。第3部は、14世紀以降、大航海時代の始まりから現代まで。

つまり、紀元前から現代までの地球全体を俯瞰した人々の生活・経済活動の動きの歴史
 こう、大きくくくってみると、あぁ、なるほど、歴史はそう動いてきたのか、と納得できる。歴史が苦手な私にも、読みやすかった。参考文献を入れると398ページの単行本なので、読み応えもたっぷり。文章が読みやすいのは、日本人の本だし、著者が文学博士であることもあるのだと思う。文章が、うまい。

プラットフォームを握った国が覇者になる、ということで、時代ごとのプラットフォームの移り変わりが、覇者の移り変わりの歴史、という内容。

 

第1部では、人類がアフリカで生まれ、食べ物を求めて大陸へ移動した話から始まる。チグリス・ユーフラテスのメソポタミア文明は、肥沃な河川流域で生まれたのは、穀物が豊富にとれたから。かつ、それを可能にしたのは灌漑設備をみんなで協力してつくることができたからであり、そのときに集団のリーダーが発生する。作物の生産量が十分になると、農業に従事せずに生きていくことができる人も増える。それから物々交換の商業が始まる。古代における重要な特徴の一つは、穀物の輸入、という点があるという。ギリシャやローマは穀物が不足したから、他地域を侵略したのだ。かつ、奴隷が労働の中心だった。また、物流のために、商人のネットワークを利用した。


当時、物々交換は、陸上と海上。地域を広げるには海上が圧倒的に有利だった。そのときに活躍したのが、フェニキア。後にローマ人が各地に勢力を広げられたのは、フェニキア人がつくった航路があったから。また、偶像崇拝のないイスラム教は、どのような社会情勢であっても集団が一体化しやすく、広範囲に浸透しやすかったイスラム教は、キリスト教に比べて寛容で、税金さえ払えば誰でも自由に住むことができた。だから、オリエント世界からヨーロッパまで、広く広がった。

 

第2部では、中国へと視点を動かす。中国では三国時代など戦乱の時代がつづくが、中でも物流の要となる黄河揚子江を運河でつないだ随が、プラットフォーム構築の覇者となる。が、長くは続かず、唐にとってかわる。また、メソポタミアでは大麦・小麦といった穀物が農作の中心だったが、中国ではの栽培が中心で、米の方が単位面積当たりの生産量が高いため、経済的にはメソポタミアより豊かになった。そして、中国に覇権が移っていく。唐、宋、そしてモンゴルの血が入って元へ。明から清へ。。中国の歴史は、目まぐるしく地域も色々なので、シンプルに覚書することが難しいけれど、本書をよむと、流れがよくつかめる。また、第2部の後半は、ヨーロッパの覇者がオランダからイギリスへと移っていく様子も語られる。アジアとヨーロッパは手工業をベースとして同じように経済成長したけれど、イギリスは大西洋経済を開発し、国内に大量に存在した石炭を使用することで、産業革命も可能だった。かつ、イギリスは間接税である消費税の導入によって、「国にお金が入る」仕組みをつくったことで、力をつけていった。やっぱり、覇者=経済力、なのだ。


大航海時代、ヨーロッパが砂糖をつくるためにアメリカ大陸の植民地化を進めていった流れが語られる。スエズ運河を通るにも、アメリカまで渡るにも、蒸気船が必要だった。また、蒸気船による喜望峰ルートが可能となったことで、イタリアはインドと東南アジアのルートから切り離されてしまったことから衰退する。中国は、明の時代に、朝貢貿易(皇帝に貢物を持ってこさせ、その代わりに中国のものを渡す)をメインとし、積極的に海外へ出かけることをやめてしまった。蒸気船で遠征できる力をつけたヨーロッパに対して、中国が衰退していった理由は、船の開発をやめてしまったことにあるのだという。

イギリスとオランダの東インド会社は、制度上の革新であり、封建制から資本主義への移行で重要な意味を持った。

また、15世紀には、グーテンベルク革命により印刷技術の発達が社会の変化をもたらす。一般の人が文字を読むようになり、情報の非対称性が薄れていったのだ。16世紀には宗教改革から、ナショナリズムの台頭、戦争へと発展していく。戦争は、商業を活発にし、経済成長をもたらした。また、文字にした手引書がつくれたことから、ヨーロッパスタイルの商業形態が広く浸透していくことも可能だった。

中国から、ヨーロッパへの覇権の移動は、こうして起こった。蒸気船の台頭、印刷技術による文字通信の浸透がヨーロッパに再びパワーをもたらしたのだ。

朝貢貿易は、日本でいえば室町時代、第三代将軍足利義満の時代。中国の上から目線貿易だったわけだけど、それによって、日本は大陸文化を取り入れることができたのだ。

 

第3部では、17世紀のアヘン戦争、黒人奴隷の時代、産業革命と、どんどん近代史に近づいていく。イエズス会は、ただのカトリック布教集団ではなく、ヨーロッパの世界観を世界各地に植え付け、武器貿易によって多額の利益を得ていた。ヨーロッパの軍事革命の成果をアジアに輸出したのはイエズス会だったのだ。イギリスの産業革命では、綿花織物だけでなく、印刷技術があったことからさらに織物が発達した。日本の産業革命富岡製糸場をはじめとした繊維産業からはじまったけれど、そのころ世界は、綿織物や生糸から、化学繊維業に移行しており、イギリスは繊維産業から金融王国へと変貌しつつあった。つまり、日本の産業革命は、世界から見れば時代遅れの革命だったのだ。

電信、金融の発達が、イギリスを覇者にしていった。今でも35のタックスヘイブン地域のうち、22は、イギリスが関わっているのだという。

 

戦後になると、今度はアメリカがIMF世界銀行の権力を握ったことで、多国籍企業を多く持つようになり、覇者となっていく。 

 

そして、現代は大衆消費社会から金融社会へと変化した。1986年、イギリスのサッチャー首相が採用した金融の自由化=金融ビッグバンにより、世界の金融市場は一体化した。資本の移動が国を跨いで容易になったのだ。いまでは、個人資産を海外に持つ人も少なくない。そして、格差拡大へと、、、、。

 

オリエントとヨーロッパに始まった文明は、イスラームの台頭、中国の盛衰、ヨーロッパの発展、世界大戦後のアメリカの覇権、新冷戦、、と変化してきた。

著者によれば、今後、ロシアと中国の連合が覇者となるかどうかは、金融・情報といったシステムを、この2か国が乗っ取れるかどうかにかかっている、という。

 

さて、世界はこの先どうなるか。

 

政治と経済の未来は、誰にも確証がないというけれど、一つの見方としてシステムのプラットフォームを握ったものが覇者となるのはまちがいないのだろう。そういう点で、宇宙開発技術をますます高めている中国が今後覇者になる可能性は、否めない。ちょっと、、こわいな、、、と思う。

この先、なにがプラットフォームになっていくかはわからないけれど、仕組みを持ったものが覇者になる、、、のは間違いない。。。

 

システム・ルールを持ったものが強いというのは、小さな経済圏でも同じこと。会社の中なら人事部や財務部の発言権が大きいのも同じことか?!

 

地球という規模で、人類誕生から現在まで、広く、長い視点で語られた一冊。なかなかよかった。世界史の勉強にもおすすめかな。今、グローバルに仕事をしている人にも、参考になる情報がたくさんあると思う。様々な文献の引用の仕方も、クリアでわかりやすい。本書をもとに、日本史を見直してみるのもいいかもしれない。世界の動きと日本の動きを比較することで、出来事への理解が深まりそうだ。

 

著者の作品、他も読んでみたいな、って思う一冊だった。

なかなか、お薦めの一冊。