『フォレスト・ダーク』 by  ニコール・クラウス

フォレスト・ダーク
ニコール・クラウス
広瀬恭子 訳
白水社EXLIBRIS
2022年9月5日 発行
(FOREST DARK (2017))

 

日経新聞、2022年10月15日付の書評のなかで紹介されていた本。

記事には、
”私は子供の頃、家にいると、もう一人の自分が外から帰ってくるような気がすることがあった。この小説の主人公のニコールは「ある秋の午後、夫と子供二人と暮らす自宅の玄関をはいって、そこにはもう自分がいると感じた」。不思議な感覚だが、今の自分は本当の自分ではなく、本当の自分は別にいるような気がしたことのある人は、じつは少なくないだろう。
この感覚の謎を解くために、ニコールはイスラエルのテルアビブに向かう。そこで元大学教授を名乗るフリードマンと出会い、カフカにまつわる仕事を依頼される。” とあった。

記事によると、なんとも捉えどころのない不思議な感じの小説。興味を持ったので、図書館で予約していた。順番が回ってきたので、読んでみた。

 

著者のニコール・クラウスは、1974年、ニューヨーク生まれ。10代から詩作を始め、スタンフォード大学在学中に詩人ヨシフ・ブロツキーに出会い師事。 2002年長編デビュー作『2/3の不在』がロサンゼルス・タイムズ文学賞の最終候補作となり一躍注目を集める。『 ヒストリー・オブ・ラブ』 は国際文学賞とフランス翻訳小説賞を受賞。2017年発表の本書『フォレスト・ダーク』は構造・テーマともさらに深めた意欲作で、これまでの長編の中でも最も核心に迫ると高く評価された、とのこと。

裏の説明には、
”見失った本来の自分と向き合い変容を遂げる再生の物語
「自分探しなど、若者の専売特許だというなかれ。長く生きてきた大人だからこそ、 ときに自発的に。ときに仕方なく、人生の分かれ道で選択を重ねていくうちに、自分自身を見失ってしまうこともあるのだ。」(「訳者あとがき」より)

ニューヨークで暮らす作家のニコールは、仕事も家庭生活もスランプに陥っている。閉塞感のなか、現実だと思っているいまの暮らしは夢なのではないかと思いつめ、かつて現実と非現実が交錯する経験をしたテルアビブのホテルに飛ぶ。そこで大学の元教授をなのるフリードマンに出会い、”イスラエルでのカフカの第二の人生”にまつわる仕事を依頼されたことから、夢と現実が交錯する体験をすることに。一方、同じくニューヨークで弁護士として成功してきたエプスティーンは、高齢の両親を相次いで亡くしたことから、盤石なはずの人生にふと疑問を感じるようになる。仕事にも趣味にも精力を注ぎ人生を謳歌するうちに、なにか大事なものを見落としてきたのではないか? 彼はすべてを捨て、生まれ故郷テルアビブへと旅立つ。

イスラエルの砂漠で、それぞれの自分と向き合う初老の男と人生半ばの女。喪失と変容をめぐる瞑想を、深い洞察と挑戦的構成で描く、大人の自分探し。”

 

感想。
なんだこれは、、、。なんだかよくわからないけど、読んでしまった。。。途中で、読むのをやめようかと思うような、迷宮の物語というのか、、、。
う~~ん。面白かったというか、そこまで洞察できないというのか。。。。
主人公は2人いると言っていい。作家のニコール(39歳、夫と二人の息子を持つ女性)と、弁護士を引退したエプスティーン(68歳、妻とは離婚、3人の子供がいる裕福な高齢者)。二人の共通点は、ユダヤ人である、ということ。

二人は、それぞれが、別の理由でアメリカからテルアビブに旅立つ。ユダヤ人に関すること、ユダヤ教に関する事、、、、ユダヤ人」としてのアイデンティティが一つのテーマなのだと思うのだが、二人の物語は、まったく交差しない。変わるがわりに、ニコールの物語、エプスティーンの物語が進んでいく。最後に、え?これは交差したのか???とおもうのだけれど、よくわからない。現実なのか、夢なのか。
読み終わって、あらら、おわっちゃったんだ、、、、って感じだった。

 

彷徨い続けるユダヤ人の魂の物語、、ということなのだろうか。

 

イスラエルが舞台の大半なので、ガザ地区ガリラヤ湖、などの土地もでてきて、その土地の意味が分からなければ、物語の深さもわからないのだと思う。また、ニコールが「カフカ」の遺稿に関わっていくのも、カフカユダヤ人としても自分探しが見え隠れする。

なんだか、不思議なお話だったなぁ。。。って感じ。

 

ちょっとだけストーリーを覚え書き。

 

エプスティーンは、失踪した父親として最初に登場する。お金もあり、家族もあり、何不自由なかったはずが、両親を亡くし、妻と別れ、、、もう、物を持つことに意味を感じなくなっていた。そんなある日、エプスティーンは、ホテルでの会合に参加した際に、自分の高級コートを誰かにまちがって着て帰られてしまう。コートには、娘からもらった本、携帯電話もはいっていたのだが、一瞬にしてそれらはエプスティーンのもとから去って言った。友人の弁護士や、秘書に頼んで、それらを取り返そうとするエプスティーンだったが、それとは別に、自分自身はNYを離れてテルアビブへと向かう。そして、知り合ったユダヤ神秘主義者につられて、サフェドの街へ。そこでも、自分がいる場所ではないような気がしたり、、、、自分の財産を次々と手放し、最後はユダヤ国民基金に200万ドルを寄付し、森をつくる。forestは、For rest、、休むための場所だったのだと気づく。。。
子どもたちが父親の足跡をおってテルアビブにくると、父親の最後の足取りは、シャワールームにゴキブリが歩いているようなボロアパートだった。父の行方は知れず・・・。

携帯電話を取り返そうと必死になるエプスティーン、数万ドルの絵画などと次々と手放すエプスティーン。手放しても、手放しても、、、満たされない想い。最後に満たされたのは、フォレストを作ったことだったのかもしれない。そして、満たされた後は、もう生きている意味を見失ってしまったのかもしれない。。。

 

一方、ニコールは、夫と幼い息子二人と幸せにくらす作家だったのだが、いつも、どこか違うところにほんとうの自分がいるような気がしていた。フロイトの「unheimlich ウンハイムリッヒ」(Homeのないような様、たよりなさ)という言葉に自分自身を当てはめていた。そして、ある日、母の身体に自分の命がともったところであり、毎年のように両親と訪れていたテルアビブのヒルトンホテルへ行かなくてはいけないと思い立ち、自分の原点をもとめて、一人、テルアビブに飛び立つ。家族には、ヒルトンホテルの小説を書くことにしたから、といって。そして、イスラエルに住む叔父に紹介されたフリードマンという老人から、「カフカ」の遺稿の続きを完成させないか、と言われる。そこから、「カフカ」の遺稿をめぐる旅に。。。なぜか、兵士に拉致されたり、、、気が付けば砂漠をさまよい、病院にいたり、、、。
ニコールは、再び定宿のヒルトンホテルに戻り、そろそろ家に帰ろう、という気持ちになる。そして、窓から見えたのは、一人の高齢者が、窓から飛び降りていくところだった・・・。


窓から飛び降りたのは、エプスティーンだったのか?いや、であればエプスティーンは失踪者ではないはず・・・。

二人の関係は、特にまじりあわない。ただ、自分の居場所を求めるユダヤ人という共通項が二人を繋げる・・・・。ただ、一人は失踪し、一人は家に戻る決意をする・・・。

 

う~~ん。何とも言えない。深いのか、難しいのか、、、。
詩的といえば、詩的な感じ。

 

最後に、「著者覚え書き」という1ページがある。

「本書の題名は、ロングフェロー訳ダンテ神曲ー地獄篇』の詩文からとった。何年か前、エルサレムに向かう長いドライブの途中で次のくだりを耳にした。

人生の旅の半ば
気づけば深い森(フォレスト・ダーク)のなか
まっすぐ進む道は失われて

リゼルフリードマンをはじめ、本書に名前が出たどの人物にも、いかなる責任も問わないものとする。もし彼がいつかわたしに連絡を取りたくなったなら、どこでわたしを見つければ良いか彼は知っている。」

と。 

 

カフカにまつわるお話は、どこまでが本当で、どこがフィクションかよくわからない。カフカの遺稿は、友人であったマックス・ブロートが全部焼却するようにカフカに言われたのにも関わらず、燃やさずにとっておいた。そしてそれを秘書のエステル・ホフェはブロートからしかるべき公的機関に寄贈するようにと言われたのにも関わらず、私物化した。そしてさらに娘に遺産として引き継がれ、イスラエル国立図書館は、ホフェの娘に対して裁判を起こした。最終的に、イスラエル国立図書館は、カフカの遺稿を回収したとのこと。これは、実際にあったこと。
また、カフカは、夭折したとされているが、本当は偽装で、チェコサナトリウムで死んだふりをして、パレスチナへ戻る夢をかなえていたのだ、、と。だからこそ、書きかけの遺稿があり、ユダヤ人のニコールがそれを完成させることが、ニコールの任務なのだと、、、。それは、小説の中のフィクション?あるいは、ニコールの夢物語??

 

カフカフロイト、、、彼等の思考が物語の中に深く存在していて、それを理解できていないと、本書の面白さは理解できないのかもしれない。そして、ユダヤ人のアイデンティティとか、ディアスポラの想いとかへの理解があれば、もっと深く楽しめる一冊かもしれない。

 

カフカといえば、『変身』だけれど、それこそ30年くらいに読んだっきり・・・。

今読んだら、また違う感想かもな。

 

なんだか、不思議の国へつれていかれた、、、って感じのお話だった。大人のおとぎ話、、って感じかな。

うん、わるくない。けど、よくわからない、、、。

寂しいような、ほっとするような、、、、不思議な本だった。

 

ニコールのその後が気になる。。。