『ボイジャーに伝えて』 by  駒沢敏器

ボイジャーに伝えて
駒沢敏器
風鯨社
2022年7月22日 初版第一刷発行

 

 本の編集に関する仕事をしている本のプロが、「これは今まで読んだ小説の中で一番よかった。」とおっしゃっていたので読んでみた。
彼曰く、内容もそうだけれど、書き出し、構成がよい、と。
図書館で借りてみようかと思ったけれど、図書館には蔵書になっていなかったので、話を聞いたその場でAmazonでポチった。

 

 届いてみると、不思議な表紙の絵に黒い帯。なんというか静かなかんじというか、静謐な感じがする。

帯には、
”世界の本質を鮮やかに描いた慧眼の作家、駒沢敏器が残した幻の長編小説
「I’m here.」
「I’m glad you are there.」
私はここにいる。
あなたがそこにいてよかった・・・・。”
とある。

 

駒沢敏器さん。知らなかった。本を薦めてくれた彼も、駒沢さんの本を読んだのは初めてだったらしく、他の作品も読みたくなった、と言っていた。

調べてみると、駒沢さんは、2012年に亡くなっていた・・・・。しかも、殺人で・・・。事件の詳細はでていなかったけれど、「母親に絞殺された・・・。」といった記事がでてきた。なんだか、小説みたいだ・・・。

 

本書著者紹介によれば、駒沢さんは、1961年東京生まれ。雑誌『SWITCH』の編集を経て作家、翻訳家に。主な著書は、小説に『人生は彼女の腹筋』、『夜はもう開けている』、ノンフィクションに『語るに足る、ささやかな人生』、『地球を抱いて眠る』、『アメリカのパイを買って帰ろう』、翻訳に、『空から光が降りてくる 』(ジェイ・ マキナニー)、『魔空の森 ヘックス ウッド』(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ)、『スカルダガリー』 (デレク・ランディー)とある。

本書、『ボイジャーに伝えて』にでてくる衛生ラジオ局「St.GIGA(セントギガ)」にも関わっていたそうだ。

とにかく、読んでみた。


感想。

読みだしたら、とまらない・・・。
最初の1ページで引き込まれた。
Amazonで注文した本を郵便ポストから受け取ったのが、夜遅い帰宅の日だったので、1ページを読んで、すぐに、本を閉じた。やばい、、、、これは、読みだしたら止まらない、、、という予感が1ページ目から・・・。

そして、日にちをおいて、再度本をめくった。一気読み。なんというのか、ワクワク読み進むというより、美しい音楽を聴くかのように読み進んでしまう・・・。心情の描写や情景描写で主人公たちの姿が思い浮かぶだけでなく、生き生きとした音が聞こえて来るような感じなのだ。。。真摯に生きる姿が美しい。いいこと、わるいこと、色々あっても毎日、、生きていくのだ・・・。

 

これは、音にまつわるお話である。
そして、生と死にまつわるお話である。
男と女の話である。
死者と生きている者との話である。
一緒にいても、一人で生きる男と女の話である。

生きる、というお話である。

 

いやぁ、、、よかったなぁ。なんというか、すごーーく感動するというより、美しい小説をよんだなぁ、って感じ。旅にでたくなる。沖縄に行きたくなる。自然の中で何時間でもじっと生き物の声や風の音をきいていたくなる、、、そんな一冊だった。
うん、素敵な話。

 

以下、ちょっとネタバレあり。

 

物語は、篠原恭子が恋人の北山公平のことを回想しているかのようなシーンから始まる。まるで、公平は既にいない人のような気がしてくる。死んでしまった恋人のはなしなのかな、、、って。

 

レコーディングディレクターとして音楽業界で働いている恭子(1977年8月20日生まれ)と、自然の音の録音再生に人生をささげる公平(1988年9月5日生まれ)の物語なので、音楽、音に関する話がたくさん出てくる。音楽の趣味で意気投合したのが二人の出会いのきっかけ。

 

友達に誘われたライブハウスで、恭子が初めて公平の声をきいたとき、
「I’m here.」
「I’m glad you are there.」
という歌詞に心ひかれ、地球から宇宙への発信のようなイメージをもった。そして、マニアックな音楽の趣味を共有していることが分かった二人は、その日のうちに一夜を共にする。

 

「I’m here.」
「I’m glad you are there.」

この歌詞は、タイタンの妖女』(カート・ヴォガネット・ジュニア)にでてくる、謎の生命体ハルモニウムの歌詞だった。美しい音を聞くと、キラキラと輝くハルモニウム。公平が求める自然の音は、ハルモニウムがキラキラと光り出すような音なのだという。

 

読みながら、この「I’m here.」「I’m glad you are there.」って、どこかで知っている気がしたのだが、まさか『タイタンの妖女』だったとは。読んだ時、ハルモニウムってどれほど美しいのかな、、と思ったから、なんか、あの切なさが伝わってきた。。ボアズが居残った水星で出会った謎の生物。ボアズに「イカナイデ」と泣いた謎の生物。

megureca.hatenablog.com

 


公平は、バンドをやっているとはいえ、物静かな青年。物語の最初、恭子の公平への説明がそうなのだ。

”一人の人間を表現するのに、北山公平ほどなにから説明すればよいのかわからないひとはいない・・・”と。

そして、出会ってそうそうに、公平は30歳になる前に自分のやるべきことを見つけるために、一人旅に出る、といって恭子を東京に残して全国放浪の音探しの旅にでてしまう。

 

本のタイトルになっているボイジャーは、宇宙探査機ボイジャーのことで、2号と1号の打ち上げの日が恭子と公平の誕生日。8月20日、9月5日ときいて、ボイジャー打ち上げの日だとお互いにわかる若者がどこにいるのか?!とおもうが、そういう二人だったのだ。ボイジャーは、宇宙の果てまで旅する宇宙探査機。公平も、恭子も、人生を探索するたびにでている若者。そういう、宇宙を身近に感じている二人が出会って、それぞれに自分の人生を歩みつつも、ともに歩むという物語。

 

 初めて恭子が公平の部屋に泊まったとき、恭子は、一人の女性の写真が飾ってあるのを見つける。だれだろう?とおもいつつも、公平に訪ねることはしなかった恭子。しかし、公平が一人旅に行ってあつめてきた自然音の音源を聞いたときに、恭子はその中に写真の女性を感じる。公平は、、、写真の女性とのつながりのために自然音を求めているのか・・・・・と。

 

 物語には、公平の回想が挟まれる。写真の女性との回想だ。公平が高校3年生の受験生で図書館通いしていた時に、図書館で出会ったのが写真の女性、沢口美紗子だった。当時24歳だった美紗子は、建築士を目指して図書館で勉強していた。そんな二人がであい、公平は美紗子に受験のアドバイスをもとめ、美紗子の家へ通うようになる。公平の初めての女が美紗子だった。その美紗子との日々が回想されている。大学受験、資格試験、それぞれ違う目標ではあるけれど、受験という同じ目標をもってそれぞれに頑張る姿が美しい。
 あれこれ手を付けては、これでいいのか?と悩んでいた公平は、美紗子に「何をするにも法則性がある」と言われて、1週間数学だけを勉強することで、基礎固めということを学ぶ。そうすると、苦手だった英語も、基礎があれが応用もできるようになっていくことに気が付く。

これは、人生には法則がある。基礎を固めないと、応用はできない、、、っていう教えかな・・・。

共通試験が終わったら、お預けにしていたクリスマスパーティーを2人でする約束だった。
しかし、共通試験が終わった翌日、悲劇が起きる。公平は永遠に美紗子を失う。
1995年1月17日、阪神淡路大震災

 

なんと、まさに昨日、2023年1月17日に本書を読んでいたら、阪神淡路大震災の話が出てきた・・・・。

 

 公平は、美紗子との過去にこだわっていたわけではないけれど、公平の中に美紗子をもとめてあちら側の世界へ行きたがっているように感じる恭子だった。そして、沖縄への旅へでた公平に、とにかく元気で、無事でいてほしいと告げる恭子。

 

放浪する公平。自分の仕事に真剣な恭子。
なんというか、よんでいてこういう二人がカップルになったらかっこいいな、という感じなのだ。

 

恭子が、「同性だけで充足している男性は美しい」と、男性2人が真剣に仕事に向き合う姿を賞賛するセリフがでてくる。会社の先輩たちであったり、公平が知り合いのBarでカウンターの中を手伝っている姿をみて言っている。
ようするに、依存せずにお互いに尊重しあっている二人が美しいのだろう。とてもわかる気がする。それは、男女のカップルだってそうだ。いってみれば、同性同士のカップルだってそうだろう。相手に何かを求めるのではなく、相手に何かを提供することを喜びとする二人の関係。

 

公平は、恭子とであってからすぐに一人旅にでている。一緒にいた時間は短いけれど、信頼し合っている二人の感じがいい。お互いに、一緒にいなくても提供できる何かを持っている二人だったのだ。帰る場所、待ち人、、、それも大事な提供物だ。


9月の誕生日前に日本の北半分の旅に出た公平は、年末に東京に戻ってくる。そして、恭子に送った自然の音を、素晴らしいスピーカーで聞かせてくれる店へと出向く。そこは、恭子の上司の友人の店で、スピーカーの作成者はその弟で沖縄の人だという。公平の音をきいて感動した店の主人は、是非、沖縄の弟のもとへいって、もっと自然音をとってきてくれ、という。
公平は、再び、旅にでる。
そこで、公平は沖縄の戦争の苦しみ、開発による自然破壊の現実を見る。
そして、それらのことによって傷つき、心のバランスを失ってしまった人にも・・・。

 

沖縄で、公平を迎えてくれたのは、スピーカーづくりの名人とその知り合いたち。そのうちの一人、大城さんが建てた山の中の小屋に、公平は籠り、音をとる。沖縄の自然の音、星空、美しい景色と音が生き生きと描かれている。

公平が送ってくる自然の音を聞くうちに、その中に女性の声を聴くようになる恭子。これはあの写真の女性の声ではないかと思い始める恭子。そして、そのことを沖縄の公平へ手紙で訪ねる。しばらく返事が来なかったのだが、直接話したいから、沖縄に来ないか、と。そして、沖縄へ飛ぶ恭子。

 

公平は、やさしく恭子を迎え入れる。二人で斎場御嶽を訪れ、その美しい景色の中で、美紗子と震災の話を聞く恭子。公平は、美紗子が自分の原点にあるわけでなく、「美紗子さんの死が原点」という。とにかく、過去の原点に過ぎないのであって、今大事なのは、自分であり、恭子である、、と。

そんな幸せな時間を過ごした恭子と公平だったが、その晩、沖縄で家を世話してくれた大城さんが海に出て行方不明になる。大城さんを追いかけて、暗闇の中、海に一人ででる公平。引き留める恭子を振り切って、一人夜の海に漕ぎ出す公平。。。。。
美紗子のもとへいってしまうのか、、、、公平。
公平の行方は・・・・・。

 

次の章で、場面が沖縄から東京になる。

”その部屋には花がいくつも用意され、空気をおごそかなものにしていた。公平を知る関係者たちが次々とおとずれ、受付で記帳してから・・・・・”

読み手は、すっかり、お葬式か・・・と思だろう。私もそう思った。。

 

そこから先は、ネタバレなし、にしておこう。

 

少なくとも、悲しみに涙する物語ではない。

公平、恭子、がんばれ!

と言いたくなる物語。

 

読み応えあったなぁ。

あっという間によんじゃった。

もう一度読み直してもいい。

これ、映画にしたら美しいだろうな、、、、って、そんなお話だった。

 

そして、読みながら映像や音を感じるところが、なんか、原田マハさんの作品とも似ている気がした。

駒沢敏器さん、色々書いているようなので、他も読んでみたいと思う。