『楽園のカンヴァス』 by  原田マハ

楽園のカンヴァス
原田マハ
新潮文庫
平成26年7月1日発行
令和2年5月20日17刷
*この物語は史実に基づいたフィクションです作品は2012年1月新潮社より刊行されました 

 

原田マハ、1962年東京都小平市生まれ。関西学院大学文学部日本文学科及び早稲田大学第二文学部美術史科卒業。馬里邑(まりむら)美術館、伊藤忠商事を経て、森ビル森美術館設立準備室に在籍時、ニューヨーク近代美術館に派遣されて同館にて勤務。その後2005年に『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞しデビュー。本書『楽園のカンヴァス』は、山本周五郎賞、 R‐40本屋さん大賞、 TBS 系王様ブランチブックアワードなどを受賞しベストセラーに。『暗幕のゲルニカ』がR-40本屋さん大賞、『リーチ先生』が新田次郎文学賞を受賞。その他の作品に『本日はお日柄もよく』、『ジヴェル二ーの食卓』、『デトロイト美術館の奇跡』、『太陽の棘』、『サロメ』、『たゆたえども沈まず』、『モダン』などなど・・・。

 

 本書は、原田さんを代表する作品だけれど、まだ読んだことがなかった。図書館で、文庫本が目にとまったので借りてみた。

 

裏表紙の説明には、
ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日、スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定したものがにこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは七日間。ライバルは日本人研究者・早川織江。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに込めた思いとは。山本周五郎賞受賞作。”
とある。

 

感想
一気読み。
すでに、原田さんの多くの作品を読んでいるので、史実なのかフィクションなのかが入り混じった物語の展開は、馴染みがあるものの、やっぱりドキドキ、ワクワク。主人公は、ティム・ブラウンというより、早川織江だろう。織江の現在から物語が始まり、織江の回想が物語の中心となる。さらに、回想の中に回想があり、時代が3重に交錯する。最後は、また現在の織江の場面にもどり、ああぁ、、、、どうぞ、幸せになってくれ、、、って感じ。

アンリ・ルソーピカソの作品名がたくさんでてくる。タイトルからすぐにはどの絵だかわからないので、時々、ネット検索してどの絵だか確かめつつ。見れば、あぁ、これか、とすぐわかる絵ばかり。ルソーもピカソも、独特の世界観。好き嫌いが分かれる画家とはおもうけど、知らない人はいないだろう。私は、どちらも強烈すぎて、長時間みていると体力を消耗する感じがする。。。好きだけど、ずっとは見ていられない、、そんな感じ。

 

本の表紙は、ストーリーの主題になっているRousseau Henri(アンリ・ルソーのThe Deram(夢、1910)。森の中で、裸の女性がソファーに横たわり、左手で何かを指さしている、、、鳥や動物、月、笛を吹く人、、、。何じゃこりゃ?!と思わず口から出ちゃうような絵だ。でも、なにが書かれているのだろう???と、思わず見入ってしまう。そして、自分まで森の中に迷い込んでしまいそうな、、、。
そんなアンリ・ルソーの「夢」に酷似した「夢をみた」という作品をめぐるものがたり。

 

以下、ネタバレあり。

 

 物語は、2000年、倉敷、大原美術館で監視員として働く早川織江が、エル・グレコの『受胎告知』を見学する女子高一団を向かえる場面から始まる。絵の解説には興味もなさそうな女子高生たち。遅れて一人の美しい生徒が入ってくる。織江は、その生徒がガムを食べているといって注意するのだが、「なんもねえよ」と反抗的。あきらかに白人の血が混じっていて栗毛の美しい少女は、じつは、織江の娘だった。織江は、娘の真絵と母と三人暮らし。
 かつて織江の父は、大手商社でフランス支社長を務めていたが、不慮の事故で無くなり、当時パリ大学に通っていた織江はそのままパリに残り、母は実家の岡山にもどった。そして数年後、織江は未婚のまま子どもを産むと決意して岡山に帰ってきた。田舎の町で、未婚で子どもを産み、生まれてきた子どもがハーフで、近所では格好の噂のネタだったけれど、母はそんな織江をいつでも優しく見守ってくれていた。反抗期になった真絵も、祖母には素直だ。

そんな、女三人生活をしていた織江は、ある日仕事中に館長に呼び出される。ただの監視員が館長に呼び出されるとはただ事ではない。女子高生を厳しくしかったことを叱責されるのかとびくびくした織江だったが、呼び出されたのはもっと驚くべきことだった。

そこで待っていたのは、新聞社の高野という男で、美術展をするためにMoMAからルソーのコレクション貸し出しを交渉しているという。そして、MoMAのチーフ・キュレーター、ティム・ブラウンから、
「オリエ・ハヤカワを交渉窓口にせよ」
と言ってきたのだと。だから、一緒にMoMAへ行ってほしい、と。

織江は、実は26歳で博士号を取得し、かつて美術史論壇をにぎわせた美術史研究者だったのだ。だが、真絵を身ごもったのを期に、全てを捨てて日本へ戻ってきた。。。。だから監視員として仕事をするにあたっても、研究者としての経歴はあえて伝えていなかった。

ティム・ブラウンの名前を聞いて、固まる織江。17年の時を越えて、あのティム・ブラウンが私を指名した・・・・。

 

と、読者はここですっかり真絵のお父さんは、ティム・ブラウンなのか、と思う。が、違うのだ。物語は、もっと劇的なのだ。

 

織江が、MoMAへ行くことを決断したのかがわからないまま、物語は1983年に遡る。そこからは、織江とティムが出会った時の物語。それが本書のメインストーリー。

 

1983年、ティムはまだMoMAのアシスタント・キュレーターだった。そして上司であるトム・ブラウンの部下として、ルソーの展覧会の準備をしていた。そんなある日、上司宛の手紙を整理していたら、ティム・ブラウン、自分宛ての手紙を見つける。よくあることだった、ティムとトム。一字違いのスペルミス。でも、まぁ、ティムとなっているのだから、とその手紙をあけてみると、なんと、伝説の絵画コレクター、コンラート・バイラーから、ルソー展覧会を企画しているティム・ブラウンを「招待する」とある。
ティムは、トム宛ての手紙だろうとおもいつつも、この手紙のことは他言無用とあるのをいいことに、夏休みを利用して、バイラーの元へ飛ぶ。自分の運命が大きく開けるチャンスになるかもしれない!と。

 

そこで待ち受けていたのは、「夢」に酷似した「夢をみた」という作品の真贋判定の依頼だった。時間は7日間。しかも、そこには、もう一人のルソー研究第一人者・早川織江という日本人女性も同じ条件で招待されていた。バイラーは、二人にこの絵を見せ、正しく評価したものにこの絵の権利を譲渡する、というのだった。バイラーはすでに95歳。相続人もなく、この絵の未来を誰かに託したい、そんな想いとおもわれた。

こうして、ティムと織江は、対戦相手として1983年、スイス、バーゼルで出会う。

 

「夢をみた」という作品を、最初に見た時、織江は贋作だといい、ティムは真作だという。だが、バイラーがこの絵を購入したのは、テートギャラリーのチーフ・キュレーターであるアンドリュー・キーツの「証明書」が付いていたからだという。アンドリューの証明書がありながらも、真贋を確認したいというのだった。また、バイラーは、アンドリュー本人にも招待状を送っていた。そして、自分の代わりにアンドリューがバイラーの元へ送ったのが織江だった。織江は、アンドリューの命をうけてバーゼルにきていたのだ。

 

そこから7日間をかけて、二人は1冊の本を読むように言われる。本は1冊しかない。それを、一人ずつ、交代でに読むのだ。本のタイトルは、「夢をみた」。そこに書かれていたのは、1906年から1910年、ルソーとヤドヴィガ(「夢」に描かれている女性)、そしてピカソの物語だった。

 

ティムと織江は、最初はあまり口も利かない。仲良く一緒に検討していくというよりは、明らかにライバル同士。しかし、ティムが上司にだまって上司のふりをしてここにきている引け目から、時々、神経症のようになる。ティムは、バーゼル滞在中に、「あなたがトムと偽ってそこにいることはわかっている」という電話をうけとったり、「あの絵を守らないといけない」とインターポールを名乗る女性に脅迫するかのように言われたり、、、。時々ひどく落ち込むティムの様子をみて、織江はティムに気晴らしをしようと声をかける。「美術好きは、美術ばかりに囲まれていると気が休まらないから、関係ない動物園にいくとよいのだ」と父におしえてもらったから、といって動物園に連れ出したり。
あくまでも、ライバル同士で気を許す訳ではないのだけれど、朝昼晩、一緒に食事をし、同じホテルにとまり、だんだんと二人の距離は近づいていく。それに、何といっても織江は美しかった。その美しさにティムは惹かれていく自分にきづいていた。


或る食事の時、織江はバイラーのもとで働くコンツにひどく意地悪をされる。「あなたがお酒を召し上がらないのは、妊娠しているからじゃないですか?どうせ捨てられるだけなのに。アンドリュー・キーツは、あなたを利用しているだけだ。」と。食事を残して飛び出す織江。追いかけるティム。コンツは、ティムに対しても、織江に対しても、きちんとしてはいたけれど、どこか意地悪かった。コンツも「夢をみた」をめぐる陰謀に加担する一人だったのだ。

 

織江は、ティムにお腹に子どもがいることを打ち明ける。子供のお父さんには言っていない。あなたが私以外に世界でたった一人、この子のことを知ったことになる、と。


物語は、幾度もティムが偽物だとばれそうになりつつも、最後の判定の日を無事に向かえる。

 

二人が読んだ、「夢をみた」の物語は、7章に別れていて、それぞれの章にイニシャルがついていた。
第1章 安息日  S
第2章 破壊者  P 
第3章 預言 O
第4章 訪問 A
第5章 夜会 S 
第6章 楽園 I
第7章 天国の鍵 

描かれていたのは、60歳を過ぎても絵が売れないルソー。そして、ルソーが好意をよせてくることをうとましくおもいつつ、画商の夫ジョゼフと共にルソーを応援し始めるヤドヴィガ。ピカソに言われて、ルソーのためにモデルになることを決意するヤドヴィガは、ルソーに描かれることによって、「永遠に生きる」という言葉を実行する。

そう、この物語こそが本書の第三の物語。3重構造なのだ。


第6章まで読んだ二人は、イニシャルの意味を考え始める。これは、もしかすると組合わせるとPICASSOなのか?あるいは、PASSIONなのか?

最後の第7章には、イニシャルがなかった・・・。いったい誰が???

 

「夢をみた」をめぐっては、だれもがそれを手に入れたいと願い、様々な陰謀が渦巻いていた。なぜなら、その絵のしたには、ピカソの絵があるのでは?と思われていたからだった。子供の下手な絵とも言われるルソーの絵を取り除き、ピカソの作品として価値を求める人達がいたのだ。

 

トムを装っていたティムだが、それらの陰謀には負けることなく、だんだんと織江にこの勝負に勝ってもらい、アンドリュー・キーツと幸せになってほしいとさえおもうようになっていた。

そして、ティムは、自分が負ける事を前提に、「偽物」といい、織江は「本物」という。。。それぞれの自論をきいたバイラーは、ティムが勝者だとする。そして、権利はティムの手に。


とたんに、ティムは、であれば今この場でその権利をある人に譲ります、と言い出す。
それは、インターポールといってティムに近づいてきたジュリエットだった。
ジュリエットは、なんと、バイラーの唯一の孫だったのだ。。。ジュリエットは判定の日の前にティムにあったとき、自分が「夢をみた」にこだわる理由はインターポールとしてだけでなく、祖父が大事にしていた絵だから、、、と自分の身元をあかしていたのだった。そして、なにより「夢をみた」をルソーの作品として大切にしたいと思っていた。

もう、自分の天涯孤独と思っていたバイラーは、孫のジュリエットとの再会に感動。「夢をみた」が孫のジュリエットの手になることを喜ぶ。なぜ、バイラーがこんなにもこの絵に執着したのか、なぜなら、バイラーこそが小説「夢をみた」の著者であり、ヤドヴィガの夫、、、?!?!

 

と、そんな1980年の物語から、場面は、ニューヨーク行の飛行機の中の織江。そして、とうとうMoMAへと足を踏み入れる織江。
そこには、ティムがまっていた。
二人は、互いに、言葉を探して見つめ合った。用意に言葉は出てこなかった。
ティムは、もう一度織江に会えたなら、そのときには言おうと決めていた言葉があったのけれど、別の言葉が浮かんだ。

夢を見たんだ。 君に会う夢を・・・。

ティムのささやきに、織江がふっと微笑んだ。その笑顔は、もう、夢ではなかった。 

 

THE END

 

夢のような物語。物語の三重構造。シングルマザーの織江の現在。ティムと織江の出会い。ピカソとルソーの年の離れた友好物語。

まぁ、よくぞ、こんな構成の物語をわかりやすく、かつ美しく書かれたものだ、と改めて感動。

時代が交差しすぎることもなく、読みやすい。原田さんの史実&フィクションによくある構成だけれど、その原点はここにあったのか、、、と。

 

やっぱり、小説って楽しい。

しかも、また、美術館に行きたくなる。

大原美術館の『受胎告知』で始まるところも、真絵の誕生とつながっていて渋い。

大学生のころ、初めて大原美術館にいったときに『受胎告知』のポストカードを買って帰ってきた記憶がある。色、筆遣い、その力強さと柔らかな構成に感動した。

 

あぁ、美術館に行きたい。

そう思う一冊だった。

原田マハさん、まだ読んでいない作品があるはず、、、やっぱり、全部読みたい。

 

やっぱり、読書は楽しい!