『夜はもう明けている』 by  駒沢敏器

夜はもう明けている
駒沢敏器
角川書店
平成16年6月1日 初版発行

 

ボイジャーに伝えて』が面白かったので、他の駒沢さんの作品を図書館で検索したら出てきた本を借りて読んでみた。

megureca.hatenablog.com


感想。
なるほど、うん、これも面白い。
読み始めてすぐに、登場人物に興味を持たせるのがうまい。
この人たちは一体どういう人で、どのような関係なのか?そして、話がどう展開するのだろう?と、ひき込まれる。

そして、感じたのは、駒沢敏器という作家は、人と人との距離感の難しさとか、人が内面に抱えているものとか、そういったものをごく日常の生活の中に表現するのがうまいんだな、ということ。だから、なんとなく身近な話の様であり、それでいてなかなか言葉にしないような心の動きの表現にひきこまれていく感じがする。

 

小説としては面白い。それでいて、セツナクなる。そんな感じ。バーンとパワーの元気をもらうというより、じんわりと、それでも生きていて、それでいい、、、ってそっと背中を押される感じ、かな。

 

本作も、沖縄が登場する。どうやら、駒沢さんは、沖縄、自然を守る、自然に畏敬の念を抱く、音を大事にする、人間は弱い、そんな想いが頭の中にある人の様だ。

元気をもらうためにもっと読みたくなるというより、疲れた時に読むといいかなぁ、、、って感じ。

 

本作は、短編集のようでいて短編集でもない。

 

第一章 不可能な交換
第二章 午前4時 の部屋
第三章 ある画家の死なないテロリズム
第四章 夢から泣いて覚める
終章 クリスマスの温かい石

と、5つのお話が入っている。
第一章から第二章にうつって、あれ?同じ登場人物?だけど、話しの展開がどういうこと?となる。
第二章が終わるころ、第一章の話はあれで完結していたのだ、、、と気が付く。そして、第三章では、完全に第一章、第二章にでてきた話しとは重ならないのかと思いきや、再び脇役が脇役で重なる。

なるほどねぇ。面白い構成で書くねぇ、という感じ。

全部を読んで、そうか、なるほど。たしかに、人と人っていうのは、どこかで重なっていたりするものだ、、、って。世の中は複雑系だ。

 

以下、ちょっとだけネタバレあり。

 

第一章の主人公は、麻子。大学卒業以来、フードコーディネーターの元でアシスタントをしていたが、若手に自分のポジションをとられた形でキャリアを変え、健康食品開発の仕事をしている。40歳目前。仕事で沖縄に来ている場面から始まる。10年続いた結婚生活を麻子が突然家出する形で終わらせたのは、2年前。沖縄との縁を作ってくれたのは、元夫の隆司だった。その隆司に、沖縄で出会ってしまうのではないかとびくびくしながら、沖縄にくり返し訪れる麻子だった。
 麻子は、出張初日、沖縄での仕事仲間となっている高子と、行きつけの「花風」に食事に行く。話の流れから、なぜ隆司さんと別れたのか?という話題になり、ちょっといたたまれない気持ちになっていた麻子。麻子は、ある日突然、隆司のもとから逃げるように家をでたのだった。健康食品開発の仕事をどうしていいか途方に暮れていた麻子に隆司はアドバイスをしてくれた。地方を絞ってみればいい、といって沖縄を薦めてくれたのだ。「花風」を教えてくれたのも隆司だった。はたからみれば、仲睦まじい二人だった。でも、麻子の中でなにかが壊れていたのだった。自分を失っていく感じ。。。

 

花風で店の主人雪絵に「先月、隆司さん見えられました」と言われる。麻子は、今回の出張で空港からホテルに向かうタクシーのなかで、隆司の姿を目にしていた。いますぐ店をでて、逃げ出したい気分になった麻子だったが、体に力が入らず、ただ黙っていることしかできなかった。絶対に会いたくない。

 

麻子の気持ちのこわばりが伝わってくる一文。

”意味もなく突っ込まれたような気持ちだった。町を歩いている時に暴走した自動車が急に自分だけにめがけて走ってくるとか、やっと積み上げた積み木を、誰か乱暴な人に一瞬で倒されてしまうとか、憤りとあきらめが同じ量ずつ麻子の中で持ち上がった。”

そして、雪絵が「大丈夫ですよ」という声がきこえた。なにが大丈夫なのか。。。

 

翌日は、高子と農家を回った。そして車で移動している途中で、また隆司の話になり、「麻ちゃんは自分を棚上げしているみたい。そうしているとこっちも辛くなる。」と言われる。なぜ、みんなして自分をいじめるようなことを言うのか・・・・。悪気がないのはわかるけど・・・・。

 

出張最終日、麻子は雪絵からとある場所へ行くようにと、住所だけを告げられる。麻子がそこへいってみると、普通の一軒家だった。廊下には線香のかおりがたちこめ、大きな数珠を手にした女性が麻子を迎えた。そこは、人が心にかかえた石を解放してくれる場所だった。麻子は、知らない間に自分の中に石を抱えていた。麻子をすわらせ、お経をあげる女性。「あなたの中に小さな子供がいるのが見えます。かわいそうに、7歳くらいの女の子が一人で泣いています」麻子は固まった。そして、女性はまた別の言葉を唱え始めた。目を閉じた麻子は、暗闇の中で積み木を拾い集めている小さな自分をみた。ただ、涙が流れた。


女性は、麻子にいった。

「ある種の憎しみとは、激しい代償を伴うのです。この世での行為のすべて、あの世では同等の力として作用します。憎しみとはそれを向ける対象ではなく、その感情を持つ本人の内側を蝕むのです。そしてあなたはいま、そのうちのひとりを失いました」

自分の中の何かをずっと傷つけ続けてきた麻子。それが。一つ、、、解放された。

 

帰りのタクシーで、運転手と話をしているうちに心を落ち着ける麻子。そのタクシーは、出張初日に麻子を乗せてくれたタクシーで、麻子が初日に渡された名刺をみて電話でよんでいたのだった。運転手は、自分自身が沖縄で自分の言葉を失ってしまった話、戦時中の話、色々な話をしてくれた。そして、自分が言葉を取り戻した話を。

タクシーのなかで、運転手の話を聞いているうちに、麻子も自分を取り戻しつつあるのを感じる。

”麻子は車の中から流れる光景をみた。吹き込んでくる風は生暖かく、この感触に彼女はうっとり目を閉じた。”

THE END

 

最後に、初めて麻子が心穏やかになった姿が描かれる。それまで、物語のなかの麻子は、ずっとなにかが張りつめた様な、キーーんとした空気をまとっていた。それが、解放されたんだな、、、ということが読者に伝わる。麻子が抱えていた石が何だったのかはわからない。でも、はたから見れば何一つ不自由がないように見えていても、人は何かを内に抱えていることがある。そして、それは必ず癒されることができる。

そんな話。
じーんとする感じ。

 

第二章は、隆司が主人公。二つの崩壊が2日続けて起きた。旅客機がビルに突っ込む映像をTVでみていた午前4時。建物は、やがて膝を折るように崩壊した。それは、自分だ、と思った隆司。麻子が自分にしたのは、これと同じことだ、、、と。
隆司はこの2年間、ずっと麻子がどうしてそれほどの憎しみを内に抱えてしまったのかを自分に問い続けてきた。麻子がもたらしたものなのか、自分が彼女にしてきた事への見返りなのか、、、わからなかった。
ビルの崩壊の前日、もう一つの崩壊があった。京都に出張中だという恭子からの電話だった。あたらしく関係を作りつつある恭子だった。タクシーの中だからかけ直す、といった隆司に恭子は「起きているから待っている」と。隆司は、恭子との関係は前に進んでいるのだと思っていた。帰宅してから電話すると、「今の関係をこれ以上続けたくない」という恭子だった。放心しそうになりつつ、電話をきって自分を取り戻そうとする隆司。部屋には、帰宅するとスイッチを入れるのが習慣だったアンプが赤い灯りをつけていた。
そのアンプは、素晴らしい音をもたらしてくれるアンプで、麻子との暮らしとセットのようなアンプであり、大村という職人のつくった唯一のものだった。麻子の者を片付けたように、このアンプもどうにかしないといけない・・・。

大村が隆司にこのアンプを託したのも、大村の崩壊してしまった結婚生活がもとだった。大村の人生と、隆司の人生が交差する物語が第二章。もう、麻子はでてこない。それでも、隆司は大村に背中をおされて、次の一歩を歩み始める。

 

第三章は、田嶋純一という52歳の画家の物語。田嶋は、目に入るものにはすべて意味がなく、気に障って仕方がない。同じような顔つきで、心にもないことをいって笑う中年の女たち。語彙の豊かさを全く感じない、口先だけの会話をする人々。。。あらゆるものは、田嶋にとって意味のないものになっていた。そんな中、田嶋は地元ギャラリーで個展をひらいている。ギャラリーから懇願されて開いた個展だが、担当者の言葉も、うわっつらのものにしか聞こえない。最近、唯一心をゆるせると思ったのは、スケッチをしている公園でであった若い女の子だった。何の下心もなく、ただ、田嶋の絵に興味をもって話しかけてきた恵。恵とは対照的に、打算的に田嶋に近寄ってくる女として、業界雑誌のインタビュアーだった恭子が登場する。第二章で隆司をふった恭子。恭子とは、恭子の思惑通り男女の関係になっていた。「40にもなって、自分のない人間なので、別れてきた」と、田嶋に報告する。この女は、なぜそんな話を自分にするのか。。。結局、自分は価値ある女だと言いたいだけにしか聞こえない。

田嶋と恵のほほえましい交流と対照的な、打算だらけの恭子との関係。恭子が自分におもねるほどに、恭子への憎しみが湧いてくる。誰かこの俺をころしてくれないか・・・・。

恭子の心の歪み、田嶋の心の歪み、恵のまっすぐさ。。。

恭子と田嶋の最後のデートは、人の温かみで建てられた一軒家を改装したイタリアンレストラン。その温かさと、そのあとの恭子と田嶋との諍い・・・。

温かさと惨さ。そんなものが交錯する物語。

 

第四章は、恵が隆司と出会う。

終章は、隆司が恵を救うことを決意する。

と、そんなお話。 

 

麻子が再生し、隆司が再生し、もしかするとこの二人が最後には復縁するのかな?なんて淡い期待を持ちつつ、そうはいかない。。。

それぞれ、新しい道を歩む。

 

人生って、そういうもんだ。

過去は過去。

未来は未来。

誰かの人生を背負って生きることはできない。でも、背負ってしまう人間の性。

そんな、セツナサあふれるお話だった。

 

面白いストーリー構成を書く人だな。たぶん、そこがすごいんだと思う。挿入されてくる音楽の話題も面白い。沖縄民謡からグールドのバッハまで。グレン・グールドは、最近私もよく聞くので、いい音できけたら、それは心も癒されるかもしれない、、、と思った。

 

ちょっぴりセツナイお話だけど、やっぱり、

読書は、楽しい。