『「死んだふり」で生きのびる 生き物たちの奇妙な戦略』 by  宮竹貴久

「死んだふり」で生きのびる
生き物たちの奇妙な戦略
宮竹貴久
岩波書店
2022年9月13日 第1刷発行

 

岩波書店の図書2022年9月号で新刊紹介されていて、気になってはいたのだが、読んでいなかった。これもまた、教文堂の「おすすめの本」で「10月29日朝日新聞書評で紹介」、として紹介されていたので、図書館で借りてみた。

 

本の表紙には、
”〈動かない〉は、奥が深い。
本当に意味あるのか?
する・しないはどう決まる?
死んだふりのデメリットとは?
謎多き行動の裏側を、昆虫学者が解き明かす。”

 

裏には、
”敵から逃れるために動きを止めて「死んだふり」。
でもそれ、意味あるの?
誰もが疑問に思いつつ、誰も答えることのできなかった疑問に、昆虫学者が立ち向かう。
本当に生き残りやすくなる?起き上がるタイミングはどう決まる?すぐ死んだふりする虫はモテない上にストレスに弱い!?謎多き行動を熱量高く掘り下げる、国内初の入門書。”

国内初の入門書というか、そんなこと研究している人、、、ニッチ~~~~!!!

 

著者の宮竹さんは、1962年生まれ。1986年琉球大学大学院修士課程修了、1996年博士(理学】取得。沖縄県職員。ロンドン大学生物学部客員研究員を経て2008年より岡山大学教授。2002年に日本生態学会誌賞。2010年に日本応用動物昆虫学会賞。2016年に日本動物行動学会日高賞受賞、だそうだ。


感想。
おもしろ~~~い!!!
虫が死んだふりして、捕食者をだまして逃げる話から、なんと人間のパーキンソン病のメカニズム解明に?!?!と、マニアックな研究が、、、、。

これは、本物の研究者の書いた入門書だ。理学博士の書いた入門書だ。マテメソ(Material&Methods)も、ちゃんと紹介されている。虫の観察方法、観察対象の虫の採取場所、、、、。いやぁ、面白かった。

 

目次
1 世界はなぜ死んだふりであふれているのか?
2 死んだふりを科学する
3 死んだふりの損と得  生と性のトレードオフ
4 利己的な餌  他者を犠牲にして自分が生き残る術
5 体の中で何が起こっているのか?
6 いつ目覚めるべきか??

 

死んだふりは、奥が深い。。。
人も、死んだふりをする。「家に帰ると妻が死んだふりをしている」、「上司の前では死んだふりをしたい。。。」、1986年中曽根内閣が臨時国会開催不能におちいり「死んだふり解散」、、、と。庶民から国会議員まで今をいきる僕たちの日常は、「死んだふり」にあふれているのだ、、、と。

笑っ!!!!
なんでも、三国志の中でも死んだふりをして助かった武将がいたと。そうだっけ???読み直して確認したくなる。

と、軽快な文章で、マニアックな研究のあれこれを紹介してくれている。

宮竹さんが昆虫の研究に打ち込んだのは、もともとは沖縄県職員として、害虫防除の研究をしていたのがきっかけ不妊虫放飼法(ふにんちゅうほうしほう)という環境にやさしい害虫駆除法によって、果菜類を加害するウリミバエの駆除、サツマイモを加害するアリモドキゾウムシの根絶に関与してきた。あるとき、こうした研究の傍ら、
アリモドキゾウムシをつついて刺激してみるとけったいなポーズで動かなくなることに気が付いた。死んだふりをしたのである。」と。

本書には、本当に死んだアリモドキゾウムシと、死んだふりしたアリモドキゾウムシの写真、そして、イラストが掲載されている。どこがちがうんねん!と突っ込みたくなる写真だけれど、イラストをみるとよくわかる。死んでいるのか、死んだふりをしているのか、見極めるポイントは、3つある、と。。。。。詳細な説明がついている。

で、このけったいなポーズをみていたら、頭の中が疑問でいっぱいになってしまったのだ。
どんな状態の虫が死んだふりをするのか?
いつ刺激を与えるとするのか?
どこにいると?
どの個体がどれだけ死んだふりするの?
・・・・死んだふりの5W1Hが頭の中を駆け巡った、、、、と。

はたして、これは研究に値するのか??研究者の進化は、世界の誰もわかっていないことを明らかにすること。まずは、論文や本を探しまくった。そして、確信したのだ。死んだふりが生きのびる上で役にたっているかは、世界のだれもわかっていない謎なのだ!!

”世界の誰もやっていないなら、自分がやろう、と僕の研究者としての血はふつふつと沸いた。人類の知らない知識の獲得に向けた挑戦が始まった。”


で、仕事ではない時間をつかって、研究をはじめたのだそうだ。そして、気が付けばサイエンスにも論文が掲載されるまでに!!

手作りの死んだふり定量観察には、100均の陶器、安いストップウォッチ。ゾウムシを刺激するのに使ったのは、絵筆のおしり。写真入りが素敵。
死んだふりを観察するには、基準がいる。それが、いかに科学的に実験するかのポイント。
一度つついただけで虫が死んだふりをすると、即座にストップウォッチを使って再び虫が動き出すまでの時間を測った。この時間がどれだけ深く死んだふりをしているかを表す値となる。一度つついただけで死んだふりをしないときは、二度、三度、と刺激を与える。三度つついて死んだふりをしない虫は、死んだふりをしない虫と定義する。そしてその虫の死んだふりの値は、ゼロとした。これが、「死んだふりスコア」

ふざけているのではない、ちゃんと、サイエンスになっている!!さすが!!

で、そこから、様々な実験が繰り広げられるのだ。

 

そして、調査の対象は、採取しやすい「コクヌストモドキ」という虫になっていく。死んだふりをすること、世代時間が1.5か月と比較的短いので遺伝的実験にも向いている。また、当時、ゲノム解析の対象生物の候補になっていたのだそうだ。ゲノム解析が進めば、変異分析もできる。穀物につく害虫で、駆除するためにもゲノム解析が有用になるとみこまれたのだろう。

コクヌストモドキを、死んだふりをする虫、しない虫(しても時間が短い)にわけ、それぞれでオスとメスを交配させると、ちゃんと死んだふりをする虫は死んだふりをする虫に、しない虫はしない虫に遺伝が伝わっていった。なんと、遺伝的にきまっているのだ。

そして、死んだふりの遺伝観察に加えて、捕食者のハエトリグモに襲われるのは、死んだふりをする虫か、しない虫か、、、といった詳細な観察研究が続けられる。なんと、実験室での観察では、死んだふりをした集団は、襲われると死んだふりをし、死んだふりをしない虫は、そのまま捕食されてしまう傾向がみられたのだ。

そして、「死んだふりは適応的か?死んだふり行動の適応度の差に見られた遺伝子しうる変異」という論文は、英国王立協会紀要に掲載された。すご~~~~い!!

そして、だんだんと共同研究者が増えていく。学会で発表することによって、自分の研究に興味を示してくれる人がいて、ともに議論できること、共同研究できるというのは、研究者にとってなによりワクワクすることだ。専門分野がことなれば、さらに研究の幅を広げることもできる。そうして、著者は、さまざまな研究の幅をひろげていった。

外部からの指摘によって、著者らはさらに研究をすすめ、野外(実際に敵も味方もいっぱいいる)環境下においては、死んだふりをすることで、敵の注意を他の虫に向け、自分から危険がさったらすたこらさっさと逃げる、ということがわかってきた。
突然動かなくなる利己的なエサは、隣人をぎせいにして生き残ることができる」という論文になった。

観察により、死んだふりをする虫のほうが、全般的に動きなのろく、死んだふりをしない虫の方が、俊敏なこともわかってきた。そして、その両者の違いは、ドーパミンによることまでわかったのだ!また、カフェインを摂取させると、求愛行動パターンが加速することまで。
まるで、人間のようではないか。ドーパミンが不足するとやる気がなくなる、、、。やる気がないから、俊敏に逃げるよりは、死んだふりで危険が去るのをまつ、、、。
そして、ドーパミンの原料となるチロシン代謝経路に、死んだふりをする虫としない虫との遺伝的差異まで確認されたのだ。

すごー-い、すごー-い。
まさか、虫にまでドーパミンがあったなんて、、、知らなかった。


死んだふりが長い虫は、ドーパミン代謝が弱く、じつは、歩き方に異常が見られていた。なんと、これは、人間のパーキンソン症候群とよく似ているのだ。そして、人のパーキンソン疾患の関連遺伝子のホモログをコクヌストモドキの死んだふり長い系と短い系でくらべたところ、うまく歩けない死んだふりロング系は、パーキンソン疾患の関連遺伝子に多くの変異がみつかったのだそうだ。これは、ホット情報で、現在、論文にまとめ中、、とのこと。

25年もの虫のしんだふり研究は、人の医療発展につながる可能性にまでつながってきたのだ。

すごー--い!!

ほんと、面白い本だった。

 

古代人のDNA分析もそうだが、2010年代に次世代シークエンサーと言われるDNA解析技術ができてから、DNA解析は飛躍的に進んだ。もちろん、ホモログ解析の計算速度も向上したということもあるけれど、基盤技術の進化というのは、さまざまな分野に影響を及ぼす。
やっぱり、研究っていいなぁ。。。

 

虫をつつく研究はしたくないけど、楽しい一冊だった。
研究、ばんざーい!!

 

自然の不思議に協にのある人なら、大人から子供まで、みんなにお薦め!!

ぜひ、このマニアックな徹底ぶりを、楽しんで読んでほしい。

 

読書は、たのし~~~~い!!