『むかしの味』 by  池波正太郎

むかしの味
池波正太郎
新潮文庫
昭和63年11月10日発行
平成20年4月20日 41刷改版
令和2年4月20日 48刷

 

図書館で、新着本のコーナーにあったので、借りてみた。なんと、昭和63年の本だった。

 

池波正太郎さんといえば、私にとっては昭和のおじさんで、鬼平犯科帳の人。1923年東京・浅草生まれ。下谷・西町小学校を卒業後、茅場町の株式仲買店に務める。海軍に入隊。戦後、東京都の職員となり、下谷区役所等に勤務。長谷川伸の門下に入り、新国劇の脚本・演出を担当。1990年、急性白血病で永眠。

 

本書は、タイトルからも想像できるように時代小説ではない。まさに、食の話。表紙をめくれば、美味しそうな昭和のカラー写真の食事の数々。たいめいけんポークソテー、新富寿司の皿盛り。煉瓦亭のポークカツレツ。煉瓦亭のハヤシライス。清月堂ライクスのクリーム・ソーダとアイス・コーヒー、、、等々。数々の名店の美味しそうな食事。最後の写真は、フランス、オステルリー・デュ・シャトーで朝食をとる池波夫妻。中の文章も、期待とおりの食にまつわる思いでの数々。昭和だなぁ、、、、って感じ。

 

裏の説明には、
”「「たいめいけん」の洋食にはよき時代の東京の豊かな生活が温存されている。物質の豊かさではない。そのころの東京に住んでいた人々の、心のゆたかさのことである」
人生の折々に出会った”懐かしい味”を今も残している店を改めて全国に訪ね、初めて食べた時の強烈な思い出を語る。そして変貌いちじるしい現代に昔の味を伝え続けている店の人達の細かな心づかいいをたたえる。”とある。

 

いやぁ、昭和63年ということは、1988年。まさにバブルのころ・・・。本書にでてくるお店は、今もあるお店もあるけれど、おそらく店主は世代交代している。あるいはお店自体がなくなっているものも、あるかもしれない。

あぁ、こういう、作家が書く食にまつわる本って、どうして時代を超えてこうも読まれるのだろう・・。一種の憧れか。ベストセラー作家という手に届かない存在でいながら、食しているものは私たち一般の人でも足を運べるお店もたくさん。自分でもそのお店に足を運んでみて、あぁ、このクリームソーダをあの作家も食べたのかぁ、とか、この店のどこかにすわっていたのかぁ、とか、、、思いをはせることができる楽しみ。
ちょっとだけ、同じ空気を吸っているような、親近感。食の空間というのは、時代を超えて何かを共有していると思わせる魔力がある。

 

時々、池波さんの昔の友達の話がでてきたり、時代が戦争前後にまでさかのぼり、時の流れを感じさせる。そして、そのむかしの想いでの店を再び訪れて、同じ味を楽しむ姿。読んでそんな池波さんの姿を想像するだけで、なんだか、懐かしさや美味しさが伝わってくるようだ。

池波さんが活躍していた東京周辺のお店が多くでてくる。今でも、銀座周辺にある「たいめいけん」「資生堂パーラー」「清月堂」。。。。。

松坂屋の裏の・・・”なんて出てきたりして。松坂屋跡地も、いまでは豪華なGINZA SIXだけど、なんて懐かしい・・・。

銀座だけでなく、神田、品川、京都、上田市松本市、横浜。ほんとに、あちこちの美味しいものの物語。

目次がそのままお店の紹介になっちゃうので、あえて目次は覚え書きしないけれど、やっぱり、こうして活字で目にすると行ってみたくなっちゃうなぁ。

 

いちばん気になったのは、横浜「清風楼」「蓬莱閣」「徳記」、、の中華料理の話。焼売、餃子、中華蕎麦(らうめん)。蓬莱閣の餃子にはニンニクが入っていない。その代わりに、ニラを使って独自の味をだしている、と。牛肉の冷製に味付けしたキュウリを添えた一皿。酸辣湯。炒飯。。。どれも、、、あぁ、ビールと一緒にいただきたい!!!

 

資生堂パーラーのチキンライスとミート・コロッケも気になる。池波さんがずっと食べていたのがチキンライス。若いころから、そこそこ収入もあったので、よく通っていたらしい。今でも、同じメニューはあるのだろうか? 気になって、ネットで調べたら、伝統メニューというメニューがちゃんと残っているらしい。チキンライスが2500円だって。。。。。う~~ん。。。そりゃ、高いわ。少年がひとりで行く店じゃないわ・・・。


私は、普段から銀座8丁目あたりは良く歩くので、いまでは巨大なビルになっている資生堂パーラーに、ちょっと寄ろうかな、、、と思うのだけど、、、どうも敷居が高い。コロナの間なんて、入り口に門番のようにスーツのおじさんが立っていて、なんとも感じ悪く、、、。感染防止はわかるけど、客はみんなバイ菌扱いかい!ってかんじな、威圧感があって・・・・。いらっしゃいませ、というより、おまえ入ってくるのかよ、、、って空気感だった。ま、しょうがないけどね。それでも行きたい人は入るのでしょう。

 

銀座で軽くランチするなら、資生堂パーラーより、とおりの反対のカフェパウリスタの方がずっとおすすめ、なんて、、ね。少なくても、入り口で威圧感を感じることはゼロ。コーヒーが美味しいし、天上が高いので、すごくゆったり感がある。あくまでもコーヒー屋さんだけど、キッシュとか、サンドイッチが美味しい。
天上が高いということ、隣の机との距離がたっぷりあって窮屈感がないこと、そういう空間の贅沢を味わいつつ、、、読書してもわりとのんびりできる。かつ、コーヒーは一杯お代わりできる。べつに、パウリスタの回し者ではないけど、お薦め。

 

やっぱり、食べ物の話は面白い。あっという間に読んでしまった。

様々な作家の食の本があるけれど、いちばん美味しそうに書くのは、米原万里さんの気がする。しかも、米原万里さんの場合は、どこそこで何を食べておいしかった、という話よりは、本とか何かに触発されて、夜中にどうしてもそこに出てきた○○が食べたくなって、台所にたって作って食してしまったっというような、さらに身近な話。とんかつだったり、ふかしただけのジャガイモにバターと塩だけかけてかぶりつく、とか。。。食の話が出てこないエッセイ本はないのではないか、、、いや、私の食いしん坊アンテナが、”食”にビビッと反応しちゃうだけか?!?!

 

食べ物に関するエッセイだけでも、世の中にはいったい何冊の本があるのだろうか。林望さんの本も好きだったなぁ。『イギリスは美味しい』とか。

 

お天気の話と食事の話は、万国共通の困ったときの話題ネタ。どちらも、ちょっと深く何かをしっていると、さらに楽しめる。知っているお店がでてくるのも、楽しい!

 

こういう読書も、たのしい。