「運動の神話 (下)』 by ダニエル・E・リーバーマン

運動の神話(下)
ダニエル・E・リーバーマン
中里京子 訳
早川書房
2022年9月20日初版印刷
2022年9月25日初版発行

Exercised: Why Something We Never Evolved to Do Is Healthy and Rewarding. (2020)

 

2023年1月7日の日経新聞書評で紹介されていた。私のアンテナは、運動に関する情報に反応する。書評では、「運動はなぜ体に良いか 科学的知見で思い込み正す」とあった。どんな思い込みを正そうというのか?わからないけど、読んでみようと思った。でも、なんとなく、買うほどの本ではないかもしれないと思って、図書館で予約しようとしたら、意外と予約者数が少なかったので、迷わずに予約。割と早く、回ってきた。だがしかし、、、失敗したのは、巻順予約にするのを忘れたもんで、下巻が先にまわってきた。ま、いっか。。。ということで、下巻から。

 

表紙の裏には、
”老化を遅らせ、寿命伸ばすエクササイズ(運動)とは?
人間は生涯にわたって運動を楽しむことが可能である。遺伝子の働きにより老年期の方が壮年世代よりも身体活動が活性化する「アクティブな祖父母仮説」など、リーバーマン教授が人体に新たな可能性を提言。
巻末に肥満、2型糖尿病、がん、認知症うつ病などの現代病に効く最適な運動を紹介。”
とある。

 

著者のダニエル・ E ・リーバーマンは、ハーバード大学人類進化生物学部でエドウィン ・M・ ランナーⅡ世記念生物学教授を務める古人類学者。ハーバード、ケンブリッジ両大学で学び、人体の進化、特にランニングなどの身体活動に関する研究で知られる。

 

 目次
パートⅢ 持久力
第8章 ウォーキング  いつものこと
第9章 ランニングとダンス  片方の脚から、もう片方の脚へのジャンプ
第10章  エンデュランスとエイジング  「アクティブな祖父母仮説」と「コストのかかる修復仮設」

パートⅣ 現代社会における運動
第11章 動くべきか、動かぬべきか  どうやって運動させるか
第12章 どれくらいの量?どんな種類?
第13章 運動と病気

 

まだ読んでいないけど、(上)は、


第1章 人は休むようにできているのか、それとも走るようにできているのか
パートⅠ 身体的に不活発な状態
第2章 身体的に不活発な状態  怠けることの大切さ
第3章 座ること  それは新たな喫煙?
第4章 睡眠  なぜストレスは休息を妨げるのか

パートⅡ スピード、力強さ、そしてパワー
第5章 スピード  ウサギでも亀でもなく
第6章 力強さ  ムキムキからガリガリまで
第7章 戦いとスポーツ  牙からサッカーへ
だそうだ。

 

感想
うん。そんなに斬新ってほどでもないけど、、、やっぱり、運動神話に結論はないのか、って感じ。本の広告には、”最適な運動を紹介”とあるけれど、実際には、誰にも共通に効果のある運動などない、、、人それぞれに適した運動がある、っていうのが結論っぽい。

 

(下)を読んでいると、当然(上)からの引用がでてくるので、おおよそ、著者の主張がわかる。

著者の基本主張は、「人間は運動をするように進化してきたのではない」ということ。もともと、狩猟をしたり採取をしたりして生きてきた人類は、生きるために活動していたので、運動のために運動をしていたわけではない。現代においては、生きるために必要な活動が減ったから、わざわざ「運動」という選択をしているのだ、ということのようだ。

 

たしかに、お金をはらってわざわざジムにいって運動するって、いわゆる近代、資本主義になってからだろう。「運動する場を提供する」ということですら、お金儲けの材料になったのは、近代の話だ。資本論』にあるように、なんでも「商品にする」という、まさに資本主義の時代にだからこそ、「運動」が商売になる。

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むかしは、掃除をするにも箒や雑巾を体を使ってやっていた。いまなら掃除機もあるし、ルンバに至っては、ポチっとボタンを押せば掃除していくれる。自宅のフローリングを、時々雑巾がけするけれど、めっちゃ疲れる。毎日雑巾がけしたら、そりゃいい運動になるだろう。

エレベーターやエスカレーターだって、かわりに階段をつかえば運動になる。無料で運動できると思えば、駅の階段はありがたい「エクササイズ」だ。

 

と、(下)を読んでいると、(上)の目次項目をみただけで、なんとなく書かれていることが予想できる。

パートⅠでは、現代人は、肉体を動かす機会が日常生活で減ったので、不活発な状態になって、生活習慣病といった病気が増えた、ということを言いたいのだと思う。そして、(下)の主張を読んでいると、おそらく、パートⅡでは、スピードも力強さもパワーも、人によってそれぞれで、自分に合ったものをめざせばいい、、、って話かな??ま、それは、読んで確かめてみよう。

 

彼自身、自分の身体をはって色々な実験、調査をしている。狩猟採集民のハッサ族の狩りに同行したり、馬とランナーの競争「マン・アゲインスト・ホース」に出場したり。この馬と人間の競争は、「まともなランナーなら、長距離レースで馬に勝てる」と、馬術家の友人と賭けをしたのが始まりだったという。馬は疾走は速いけれど、持久力がそんなにあるわけではない。だから、約40キロのコースで競争したのだと。で、なんと著者は、最初は馬に大きく引き離されたけれど、32キロの山頂手前で、馬に追いつき、フィニッシュラインを切ったときには、それまで経験したことのないほどのランナーズハイを経験したのだ。彼は、53頭のうち、40頭の馬に勝ったのだそうだ。で、そこから、動物と人間の走り方を調査している。2足歩行という不安定さがあるものの、人間というのは他の動物よりも長距離を効率的に走るための機能が備わっているのだという。

そんな、走る機能を持っているはずの人間だが、普段の生活では走る必要に迫られることはあまりない。せいぜい、赤信号になりそうな点滅信号をみて数メートル走るくらいか。。。。、で、息が切れちゃうのが現実だ。

 

アメリカ人の死亡証明書の2/3は、心臓病、がん、脳卒中だという。でも、これらの病は、いきなりその疾患になるのではなく、その前段に、喫煙、肥満、身体活動の不足があるのだという。まぁ、そりゃそうだろう。。。著者の主張は、基本的には運動肯定派。


ちょっと面白いのは、二人の「ドナルド」の話。統計的には例外的な二人なのだが。。。一人は、運動嫌いで有名なドナルド・トランプ元大統領。運動嫌いでも、あれだけ精力的で長生きしている。ドナルド・トランプにとっては、大きな声で演説することが大きな「身体活動」につながっているのかもしれない、、、とはいえ、ジャンクフードや大きなステーキが大好きで、一般的にみて健康的生活という感じはしない。ただ、絶対禁酒家かつ非喫煙者なのだそうだ。彼の伝記によれば、

トランプは、人間の身体は電池のようなもので、エネルギーには限りがあり、運動はそれを消耗するだけだと考えていた。だからトレーニングはしなかった
のだそうだ。

かれは、中年になって体重が増え、コレステロールと血圧を下げる薬を処方され、そのおかげで数値的には正常を保っているという。現代における長生きの秘訣の一つは、やはり医療の発展か・・・。

 

もう一人の「ドナルド」は、「ドナルド・リッチー」。子供のころからスポーツが大好きで、大人になってからウルトラマラソンのランナーになり、数々の世界記録を打ち立てた。だが、51歳になったとき、1型糖尿病になった。それでも彼は、走り続けた。56歳の時には、219キロを24時間で走破した。だが、彼は、高血糖が原因で、頸動脈の閉塞、不整脈、高血圧、複数の軽い脳卒中、、などの一連の心血管障害となり、73歳でこの世を去った。

まぁ、どちらも70歳過ぎだけれど、今の時代、73歳の寿命は長生きというほどではないだろう。運動をたくさんしていた方が、先に死んじゃった、って比較例。

 

著書の中では、では運動しなければいいのか?!?!という疑問に対しては、この二人の例外は例外であって、「年齢を重ねても汗を流した方がいい」という証拠も山のようにある、という。

 

不幸にも若くして亡くなったスポーツ選手、老齢まで生きのびた運動不足の人はたくさんいる。誰にも共通の解はない、、、というのが、結局のところ、真実なのかもしれない。ただ、諸研究による「人は年をとるから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年を取る。」という格言は、たしかに信憑性を持って考えられるという。

まぁ、、、そりゃそうだろう、、、という感じもする。

定年で仕事をやめたとたんに老け込んだり、ボケちゃったりするのも、実際にはあるあるだ。

 

本書の中には、研究の数値データも示されていて、10年以上にわたる追跡調査では、日常生活で座りっぱなしの人に比べると、ランナーの方が長生きしている率、障害にならない率が明らかに高いということが示される。

 

例外の話はありつつも、統計データが提示されているので、絶対的結論はないけれど、運動の効果に対する一定の方向性は示されている。

最後の章は、がん、アルツハイマーなど、様々な病気に対する最適な運動を示そうとしているのだが、統計的にはこうである、、という書き方で、これをすれば絶対!などという安易な書き方はしていない。

 

全体に、至極まじめに取り組んで書いた、って感じの一冊。私には、好感の持てる一冊だった。

 

運動に限らず、何事も絶対神話はない。

でも、統計データを提示することで、一定の確率に基づいて、「運動の効果」を語っている。 

 

私は、運動することが好きな方だと思う。

それは、体感的に運動している方が調子がいいことを知っているからだ。頭の回転も運動したほうが上がる気がする。寒くなって、最近は朝散歩はあまりしていないけれど、朝、散歩すると朝から頭の回転が上がる気がする。朝の通勤というのは、あながち無駄ではないと思う。

 

なんせ、運動以外に、脳への血流をあげる方法がないのは明らかな事実だ。

そのことを語ったジョン・J・レイティの『脳を鍛えるには運動しかない』(NHK出版)は、私が最も納得させられた本の一冊。読み直そうと思ったら家になかったから、図書館で借りたのか?忘れてしまったけれど。

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やっぱり、適度な運動は、良質な睡眠のためにも必須だと思うなぁ。人によって、どれくらいが適度なのかは異なる。ただ、それだけのことなんだろう。

 

歩くもことも、階段を上ることも、家事をすることも、身体によい運動と思えば楽しくできるのではないだろうか?

 

読書もいいけど、運動も好き。

どっちもしたい時は、散歩しながら耳読がいい。