『ミトンとふびん』 by  吉本ばなな

ミトンとふびん
吉本ばなな
新潮社
2021年12月20日 発行

2022年4月20日 五刷

 

2022年、第58回谷崎潤一郎賞中央公論新社主催)を受賞した作品。短編集。ここ何年も、ばななさんの本を読んでいなかったので、久しぶりに読んでみる気になった。図書館で予約した。2か月くらい、、待ったかな。

 

本書は、短編集。ちょっと縦が短い、不定形な形の単行本。美しい絵の表紙。
”Pearl” © Emma Hartman(2016) とあった。

 

吉本ばななさんは、吉本隆明さんの次女だ。1987年の『キッチン』がデビュー作、かな?ばななさんは1964年生まれ、私にとっては年上のお姉さん。10代のころに初めて読んだ『キッチン』は、ふんわりとしていて、ぽわっとしていて、、、あやうげな、はかない感じ、という印象だった。今読んだらまた違うかもしれないけど。当時、ベストセラーになったので、記憶にある人も多いのでは。そんなばななさんの2021年の作品。

 

感想。
あ~~~、なんか、脱力・・・。
いいとか、悪いとかじゃなく、肩の力が抜けていく感じ。
元気が出ると、いう感じでもない。
悲しくてたまらない、という感じでもない。
あぁ、、それでも、また明日はやってくる、、、そんな感じ。
大事な人との離別、あるいは死という永遠の別れ、、、、
徐々に近づいて来る死の足音、あるいはある日突然すべてを奪っていく死。
誰の日常に、いつ訪れてもおかしくない、出来事。
それは、悲劇ではないのかもしれない。
なんだか、、、「だって、しょうがないよね」って言ってしまうような感覚。

 

あとがきにある、ばななさんの言葉が、この本をそのまま語っている。
何ということもない話。
大したことは起こらない。
登場人物それぞれにそれなりに傷はある。
しかし彼らはただ人生をながめているだけ。

 

ほんとに、なんともいえない、なんてことはない、、、でも、誰の人生でもおかしくないような話だから、身近にあるような、物語の世界だけで終わってほしいような。。
ばななワールドだなぁ、って感じ。

 

本書におさめられているのは、以下の6作品。

夢の中
SINSIN AND THE MOUSE
ミトンとふびん
カロン
珊瑚のリング
情け嶋

 

ちょっとだけネタバレあり。

 

「夢の中」では、かつて別れた恋人とずっと昔に訪れた金沢の街を、夫と娘で旅する主人公の話。むかしの事が夢のようであり、そこでであった人々が夢の様であり。なんてことはない、家族旅行が、どこかの社員旅行の団体に飲み込まれつつも、家族三人でつついた居酒屋のたこ焼きを思い出す、夢の中。

それぞれが、それぞれの人生をあゆみつつ、だれかの脇役になっているのかもしれない。

 

「SINSIN AND THE MOUSE」は、母を亡くしたばかりの女性が、思い出の台湾で新たな出会いを見つける話。母と離婚していた父は、既に別の家庭を作っている人として登場。母を亡くす前、二人だけの家族だったのに、、、。その大事な母を亡くした主人公には、ちゃんと次の大事な人が現れる。

 

「ミトンとふびん」は、母子家庭の恋人が、それぞれの母に結婚を反対されたまま、それぞれの母を亡くしてしまう。そんな二人が新婚旅行として訪れたヘルシンキの町での物語。家族を亡くした二人は、新たに家族となる。彼は、弟をいじめを苦にした自殺で亡くしている。そして、今度は母を失い・・・。彼女は、若い時の病気で子宮を失い、子供が生めない。彼女の母が結婚に反対するのは、そのことがあるからであり、彼の母親が結婚に反対するのは、彼女が自殺した息子に似ているから・・・・。そして、結婚した二人。ふびんな二人。。。極寒のヘルシンキに手袋を持ってくるのを忘れた彼女の手を温めたのは、彼の優しさと、ヘルシンキの人々のやさしさだった。


カロンテ」は、交通事故で突然亡くなってしまった幼なじみのフィアンセに、彼女の遺品を届けに行く女性の話。幼なじみのフィアンセが待つのは、二人で新生活を始めるはずだったイタリア。イタリア人の男性と日本人女性は、国際結婚目前で悲劇に見舞われる。イタリアでマリッジブルーになっていた彼女は、イタリアで出会った日本人男性に元気づけられていた。でも、それを浮気していたのではないかと悲しくなっていたイタリア人の彼は、真実がわからないままに彼女を事故で失ってしまう。主人公の女性は、彼女から「他の日本人で、気になる男性と出会った」と聞いていた。そんなことは、恋人を失って悲嘆に暮れているイタリア人の彼には話せない。実際、ほんとうに幼なじみは、フィアンセ以外の男性に心を惹かれたのかもわからなかった。でも、イタリアの町で、日本人同士の偶然の出会いから、そのなぞは解消する。彼女が愛していたのは、フィアンセ、一人だった。その「日本人男性」は、マリッジブルーになっていた彼女を応援してただけのゲイ男性だったことがわかる。そのゲイ男性は、新婚カップルになるはずだった彼女が、どれほどイタリア人の彼を愛していたか、というメッセージを届けることとなる。カロンテ」とは、三途の川の渡し船の人の名前
幼なじみを亡くした女性、フィアンセを亡くした男性。そんな悲しみの中にも、明日への希望がある、ってそんな話。


「珊瑚のリング」は、形見の珊瑚のリングを巡る物語。その珊瑚の指輪は、祖母から母へ、母から娘への形見だった。亡くなった母の遺品をゆっくりと時間をかけて父と二人で片づけていく女性の物語。亡くなった人の荷物の整理は、残された者が向き合わなけれはならない時間。緩やかに、癒されていく悲しみ。

 

情け嶋は、一人の女性と、二人のゲイカップルの友情の話。女性は、かつて結婚していた。だが、夫だったひとは、外に子供ができたといって、女性に出ていってほしい、、、と告げた。何も気が付かずにいた自分、夫や周りの人に、「おまえがいなくなればいい」と想われていたとは、これっぽっちも思わずにのんびり生きていた女性。そんな彼女に居場所をつくってくれたのが、同級生だった男性だった。ただし、彼はゲイで、パートナーと暮らしていた。ゲイカップルと一緒に過ごすようになった彼女。彼等は彼等で、実家に帰るとゲイであることを隠して家族と過ごす・・・。なんとなく、支え合う、3人。それぞれに、それぞれの道を歩きつつ、みんな支え合っている、そんな物語。

 

こんな短編集。

さ~~~っと読める。

 

様々な町がでてくる。金沢、台湾、ヘルシンキ、イタリア、、、沖縄。どこの国にも、どこの町にも、そこで暮らす人々の人生があるんだなぁ、って感じ。

 

なんとも、、ほんとに、大したことは起きないお話。だけど、夢の中のようでいて、現実。なるほど、こういう作品が、谷崎潤一郎賞か。。。

 

何とも言えない一冊だった。

午後のお茶の時間に、さらっと読むのにお薦め。

そして、読んだら忘れて、自分の人生に戻ろう・・・。