『ザ・パターン・シーカー 自閉症がいかに人類の発明を促したか』 by  サイモン・バロン=コーエン

ザ・パターン・シーカー
自閉症がいかに人類の発明を促したか
サイモン・バロン=コーエン
篠田里佐 訳
岡本卓・和田秀樹 監訳
㈱科学同人
2022年11月29日 第一刷発行
THE PATTERN SEEKERS How Autism Drives Human Invention (2020)


自閉症に関する研究で有名なサイモン・バロン=コーエンの新刊。思考システムに関する話題の中で出てきて、面白そうなので、図書館で借りてみた。出版の科学同人といえば、私にとっては教科書や参考書でさんざんお世話になった出版元。このような書籍も出版しているんだ、というのが、一つのびっくり、だった。本書は、教科書ではない。普通に読み物として、楽しめた。

 

著者のサイモン・バドン=コーエンは、自閉症者支援をライフワークとする心理学者で、ケンブリッジ大学心理学・精神医学教授、自閉症研究センター長。本書の中で、自閉症者こそエポックメイキングな発明をなし、人類の歴史を牽引してきたのだと言っている。


表紙の裏の説明には、
”なぜ、人間だけが説明できるのか?
人間はパターン、とりわけ if―and― thenのパターンを識別できるから。
パターンを認識できるユニークな能力の遺伝子は、自閉症の遺伝子と部分的に一致するという。
人類初のがっきから農業革命、産業革命、デジタル革命に至るまで、自閉症としばしば結び付けられるこの特性が、いかに70000年に渡る人類の進歩を促してきたかを明らかにする。
人類の最大の強みの一つと、 誤解されがちな自閉症を結びつけることで、異なる考え方をする人たちへの見方を変えるべきではないか、と問いかけている。”

 

本の裏には、音楽家、ジュールズ・ホランドの書評がのっている。
自閉症といえば、サイモン=バロンコーエン博士の名が挙がる。当代随一の思想家であり語り手だ。最新のエビデンスに裏打ちされた新刊書の中で、自閉症の人々が巡らす思考方法「システム化」が、発明を導く、本質的な要素であることを見事に証明した。バロン=コーエンは、音楽、芸術、数学、工学、料理から海の波の形状観察に至るまで、パターンや順序に従い試行錯誤を繰り返すことが、発明や発見に繋がる近道であることを見出した。博士の慧眼によれば、自閉症こそ、評価され祝福されるべき貴重な潜在能力なのだ。自閉症遺伝子が人類の発明の進化を促したという彼の大胆な発想は、この障がいを人類の物語の主役として位置づける。なぜ天才たちは物置小屋で一人長い時間を過ごすのだろうと考えたことがあるなら、自閉症の未来を照らす、この書籍がその答えを与えてくれるだろう。”と。

 

感想。
なるほど面白かった。私は、身近に自閉症の人はいないし、生理科学的に自閉症に関して詳しいわけではないので、彼の言っていることがどのくらいその分野で受け入れられているのかは知らない。でも、パターンを生み出すのが得意な人が発明をするというのは、よく分かる気がする。ちょっと危ういなと感じたのは、自閉症遺伝子あるいは、胎児の時の特定のホルモンへの晒され方によって、自閉症になる確率が左右されるという話。果たしてこれは受け入れられているのだろうか?と思った。ただ、自閉症といっても様々な症状があるし、一つの個性と言ってしまえば、多様性の一部だ。多様性が、遺伝子や胎児のときの環境で決まる、というのは、まぁ、確かにそうなのだろう。。。

 

もくじ
第1章 生まれながらのパターンシーカー
     アル(エジソン)の幼少時代
第2章 システム化メカニズム
第3章 5つの脳のタイプ
第4章 発明家のマインド
第5章 人の脳に起きた革命
第6章 システム・ブラインドネス  
     なぜサルはスケートボードをしないのか?
第7章 巨人の戦い
    言語 VS システム化メカニズム
第8章 シリコンバレーの遺伝子を探る
第9章 未来の発明家を育てる


最初にでてくる、エポックメイキングな発明の事例が、「エジソン」だ。
エジソンの有名な言葉が引用されている。

私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。

これだけ聞くと、普通にすごい学者の言葉の様だけれど、エジソンは幼いときから変人あつかいされていた、今の診断でいえば「自閉症」だったのだという。エジソンをはじめ、著者が出会った様々な自閉症と診断された人々の、特異な能力発揮の事実が紹介されている。

コーエン氏によれば、ホモ・サピエンスの脳だけが、「発明」をする事ができるように進化してきたのだという。そして、その進化が起きたのは、7万~10万年位前。それは、「if―and―then」という、質問をもち、それに答え、それを検証する、という能力をもったということ。それは、物事にパターンを見出すということ。そして、生まれながらにしてそのパターンを見出すことに執着し、人類初の発見、発明をしてきたのがエジソンのようなパターンシーカー。

他にも、自閉症だったと診断された人、あるいは自閉症だったと思われる人が紹介されている。

ピアニストのグレン・グールド、アーティストのアンディ・ウォーホル、哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン、科学者アルバルト・アインシュタイン

自閉症であっても、活躍の場を見つけた人たちは、素晴らしい物を社会に残してくれている。紙一重、、、なのだと思う。彼等の成果は、賞賛されるべきものであり、その分野における最高の水準に達するエクセレンスな成果だ。でも、一般の人とは何かが違う。それが、第2章、3章で紹介される、脳のメカニズムなのだという。

 

人の脳には、5つのタイプがあるという。それは、「システム化指数(SQ)」と「共感指数(EQ)」によって分類される。SQは、物事を「if―and―then」ルールに従って考える脳のレベル。EQは、他人が考えていることや感じていることを、どれだけ簡単に察する事ができるかのレベル。

英国での研究で、SQもEQも、人々全体でみるとそのレベルは正規分布になることがわかっているという。そして、個人のSQとEQのバランスによって脳が5つに分離できるのだという。

 

SQが極めて高く、EQが極めて低いのがハイパー・システマイザーと呼ばれる。人類の発明に寄与して来た人たちが含まれる。


SQとEQとがバランスしているのが、一般的なバランス脳と思われるのだけれど、集団の中では1/3程度しかいない。


EQが極めて高く、SQが極めて低いのは、集団において稀で超共感型と言われる。

これらの傾向は、男女差があり、どちらかに傾いている人の方が多いということ。

 

男性は、ハイパー・システマイザーであるエクストリームS型が44%だ。女性より2倍多い。自閉症男性に限ると、62%がエクストリームS型だったという。自閉症女性では、50%がこの脳のタイプで、一般女性の27%よりはるかに高い傾向がある。

逆に、エクストリームE型は、女性が男性の3倍多い。

 

さらに、自閉症マインドと、ハイパー・システム化されたマインドに共通因子があるのでは?ということを検証している。著者は、共通因子がある、という。その一つが、胎児の脳が子宮内で暴露されているテストステロンの量だという。男性胎児は、テストステロンを産出し、脳がテストステロンにさらされる量が多い。その違いが、脳の「男性化」に影響するということは、動物実験で確認されている。遺伝的な特徴も言及されている。ただ、人での実験や調査は、なかなか、倫理的に難しいものもありそうだ。本書の中ではのべられているのだけれど、あえてここに記載するのは控えておく。

 

ちなみに、サイコパスと呼ばれる人たちは、自閉症とは違い、Eが極端に低いのだそうだ。だから、相手の痛みを感じることなく、特異な才能を発揮させる。

 

さらに、ちょっと物議をかもしそうなのは、ハイパーシステマイザーの脳は、ハイパーシステマイザーの子孫に影響しそうということから、ハイパーシステマイザーは、自閉症の子供や孫をもつ確率が高いという話。

 

スティーブン・ホーキング博士の孫に自閉症の子がいること、イーロン・マスクの子供が自閉症であること、などが紹介されている。また、シリコンバレーには、ハイパーシステマイザー同士のカップルが多く、その子供たちが、ハイパーシステマイザーでかつ自閉症になる可能性についても言及している。。通常、自閉症の発症割合は1~2%だが、MITの同窓生では、10%にのぼるのだそうだ。。。ちょっと微妙だけれど、、、。遺伝するなにかはある。

 

コーエン博士が彼等を紹介するのは、自閉症は”評価され祝福されるべき貴重な潜在能力”と思っているからであり、差別的な意図はまったくないだろう。

ただ、共感回路が人より弱いことで、人の気持ちをうまくくみ取ることができず、社会生活をするうえで、困難をともなうことがあるということが、彼等の活躍の場を制限していしまっているのが現実だ。

 

私は、「発達障害」という言葉も含めて、それをいったら、だれもが何かしらの「障害」があるだろう、、、と思っている。集中できないということは、ある視点では障害かもしれないけれど、一つにことに集中しすぎて他が見えなくなるのも、見方をかえれば障害といえなくもない。

 

人は、様々なのだ。
ただ、それだけなのだ。
自分と同じだと思っても、やはり、人は人でそれぞれ違うのだ。
同じだと思うから、その期待が裏切られた時に、がっかりしたり、うらんだり、妬んだりする。

 

本書では、人の脳を分類するはなしがでてくるけれど、脳だけでなく、あらゆることはそれぞれちがっていて当たり前。
違う人が、それぞれ活躍できる社会ができればいい。
たぶん、著者が言いたいのも、そういうことなのだと思う。
だからこそ、自閉症者支援をしているのだろう。

 

特異な才能があるというのは素晴らしいことだ。でも、加えて、誰かの才能を見出し、活躍の場を提供する事ができるというのもすごいことだと思う。

 

世界全体が、「誰一人、取り残さない」世界になればいいと思う。

 

ちょっと、色々と考えさせられる一冊だった。

科学同人、やっぱり、面白いな。