捜索者
タナ・フレンチ
北野寿美枝 訳
早川書房
2022年4月20日 印刷
2022年4月25日 発行
最近のおもしろいミステリーとして、どこかで紹介されていたので、図書館で借りてみた。676ページの分厚い文庫本。面白かったのでイッキに読んでしまった。でも、物語はスピード感にあふれるっていう感じとも違う。ゆっくり読んでもいいかなぁ、、、という気もしながら、結局、イッキに読んでしまった。
著者のタナ・フレンチは、1973年生まれ。米国 バーモント州出身。アイルランド在住。俳優の仕事を経て 2007年に『悪意の森』で作家デビュー 。同作でエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)、 アンソニー賞、 マカヴィティ賞、 バリー賞の各ミステリー文学賞の新人部門を受賞した。著作は37以上の言語で翻訳され、世界累計発行部数は700万部を超える。 2020年に刊行された最新作である本作は、アメリカ 〈ニューヨークタイムズ〉や 英〈ガーディアン〉 ほか、各紙で年間ベストミステリーに選出されるなど、世界的に高い評価を得た。
本の裏の説明には、
”離婚し、長年勤めてきたシカゴ警察を退職したアメリカ人のカルは、アイルランド西部の小さな村に移住した。廃屋の修繕をしながら静かに暮らしていたカルだったが、地元の子供から失踪した兄の行方を探して欲しいと頼まれる。誰もが失踪の理由に心当たりがないと話す中、穏やかに見えた村の暗部が彼を脅かしていく。英米各地の年間ベスト・ミステリーに選出され、現代犯罪小説の旗手 タナ・フレンチの新たな 代表作。”とある。
感想。うん、面白かった。アメリカンだなぁ、って感じはするけど、面白い。私は、あまりミステリーを好んで読む方ではないのだけれど、たまにはこういうのも面白い、と思った。
チョットだけネタバレ。
主人公は、アメリカのシカゴ警察を引退した48歳のカル。真面目に仕事をしてきたカルだったが、娘が強盗に襲われた時に娘のそばにいるより犯人逮捕に時間を注いだカルは、妻にあいそをつかされて離婚する。妻と娘をアメリカに残したまま、ゆっくり余生をくらそうと、アイルランドの田舎、アードナケルティ村に引っ越す。
そこで、長年空き家だった廃屋と周辺の土地を買い取り、一人で暮らし始める。村は、いってみれば、全員が知り合いのような小さな集団であり、歴史ある村。だからこそ、過去からのいざこざもあれば、家族のような付き合いもある場所だった。新居を廃屋から人が住める家にするために、DO IT YOURSELFで、家を修理していたカルは、ある日、誰かから監視されているような気配を感じる。それは、長年の警官としての本能的察知だった。何度か気がかりな事があった後、その犯人は、ティーンにもなっていないのではないかと思われる子供であることがわかる。その子供は、明らかに貧しく、十分に親の愛情を受けているとは見えない。口数は少なく、小動物かのようにカルに近づいてきた。カルは、子供だとわかったからには攻撃を加えるわけにもいかず、とくに自分を監視していた理由を尋ねることもなく、家の修繕を色々と手伝わせ、食事をあたえてやる。そして、或る時、子供は、「あんた、警察だったんだろ。疾走したお兄ちゃんを探してほしい」という。
警察官であったことは、ここに越してきてからは誰にも言っていなかったカルだったが、ばれているのならば隠しても仕方がない、と腹をくくり、子供の話を聞く。子供は、トレイと名乗った。貧しい家の6人兄弟姉妹のひとりだった。
カルは、近所に住む土地の老人たちとも近所づきあいをしながら、だんだんと村の事を理解していく。誰と誰は、むかしからケンカしているとか、誰は未亡人だとか、、、。そして村の雑貨屋のおばさんに気に入られ、自分の未亡人の妹レナをカルに紹介しようとする。近所の老人も、それをやんやとはやし立てるのだった。
そんななか、トレイに頼まれた兄ブレンダンの行方を密かに追ってみようとするカルだったが、追求しようとするたびに、不可解なことに妨害される。そして、とうとう、トレイが殴られ、カルも襲われる羽目に・・・・。
不可解なことは、明らかに「これ以上ブレンダンのことを詮索するな」と言っているようだった。
トレイはカルに、13歳と言っていた。カルは、13歳の少年だとばかり思っていたのだが、実は、女の子であるということを近所の仲良しになった老人マートに指摘される。13歳の女の子を自宅に招き入れて、時々食事を与えているよそ者と知られれば、カル自身が変態者扱いされかねない。トレイに自宅の改修を手伝わせたり、ライフルの使い方を教えてやったりしていたのは、カル自身も楽しかったからであり、別に変な下心があったわけではない。とはいえ、村の住人たちに知られたら、何と言われるかわからない、自分はあくまでもよそ者なのだ。
殴られてカルの家に逃げ込んできたトレイをかくまったものの、病院には行かないと言い張るトレイに、困り果てるカル。唯一頼めそうなのは、雑貨屋婦人の妹のレナだった。レナは、冷静で賢明な女性だった。カルの申し出を受け入れ、トレイの介抱を手伝ってくれた。その翌日、カルも襲われたのだ。
不可解な事が続くなか、カルはひとつの仮説を確かめようと、隣のマートの家を訪れる。案の定、カルを襲ったのは、そのマートの仲間だった。トレイの兄、ブレンダンは、麻薬ブローカーとのいざこざに巻き込まれたのかと思っていたのだが、違法に麻薬を製造しようとしていたところをその老人たちに見つかり、、、取っ組み合いになったはずみに、頭の打ちどころが悪くて、死んでしまったというのだった。。。
最悪の結果をトレイには伝えたくないと思ったカルは、「最初はブレンダンはしばらくは戻れないだけで、いつかは帰ってくるだろうから待つがいい」、と伝えるのだが、結局は真実を伝えることとなる。
真実を受け入れたうえで、粛々とこれまで通りに生きていこうとするトレイ。そしてカル。48歳と13歳の友情。ミステリーでありながら、静かな展開と、トレイの成長ぶり、カルの娘や別れた妻に対する思いの整理、そして、昔ながらの村の慣習はなかなか変えられないという事実。
なるほど、奥が深い。
カルが、トレイにライフルの使い方を教えて、初めてトレイが獲物のウサギを自分で仕留めた時にいうセリフが、アイルランドに暮らす著者の想いを代弁しているかのようだ。
「もしも、思い通りにできるなら、自分で仕留めた動物の肉だけを食べたい。ハンバーガーを買って食べるより困難で面倒だが、それがふさわしい気がする。生き物を食することが手軽であってはならない」
トレイは、うなずいて、黙って、自分がしとめたうさぎを食べるのだ。
また、カルがトレイに真実を告げずにトレイにブレンダンのことをあきらめさせようとしたとき、自分のこれまでの過去を振り返り、「最悪なのは自分が何に失敗したのかわからなくなることだ」と言っているのも、嘘をつく自分が、正しいことをしているのかわからなくなる微妙な気持ち、わからなくもない。嘘はどんな嘘であれ、自分に対する嘘なのだ。。。
ブレンダンを殺すつもりはなかったけれど、はずみで死んでしまったんだ。それでも、村としては違法麻薬をつくろうとするブレンダンが消えてしまってよかったかもしれないというマート。それを、「ブレンダンをほっておいたら、結局、失われる若者は一人ですまなかったはずだ。卵を割らなければオムレツは作れない、、、とう云うんじゃなかったか」と自己弁護するマート。
「卵を割らなければ、オムレツは作れない」
殻を破るということではなく、やはり、何かを犠牲にする、という文脈でつかうのが正しいのかな。。。挑戦すること、といういい意味で使われていたり、何かを犠牲にしてもやむなしという無情の表現として使われていたり。起源はなんだったんだろう?
文脈で異なる意味。だから、言葉って難しく、楽しい。
ミステリーだけど、その表面的な事件だけでなく、文化的背景、経済的背景、色々な要素が詰まっていて、なかなか奥深いお話だった。
ミステリーも、楽しい。