『料理の四面体』 by 玉村豊男

料理の四面体
玉村豊男
中公文庫
2010年2月25日 初版発行
2016年7月25日   5刷発行

単行本、1999年4月TaKaRa酒生活文化研究所 刊

 

友人が読んで面白かったと言っていたので、図書館で借りてみた。

 

表紙には、
“または世界の料理を食べ、歩きながら、その作り方を研究して
誰も知らなかった美味を発見する方法について考えること“

 

裏の説明には、
“英国式ローストビーフとアジの干物の共通点は?
刺身もタコ酢もサラダである?
アルジェリア式羊肉シチューからフランス料理を経て、豚肉の生姜焼きに通ずる驚くべき調理法の秘密を解明する。火・水・空気・油の四要素から、全ての料理の基本を語り尽くした、名著。オリジナル復刻版。
解説 日高良実
とある。

 

薄い文庫本。表紙には、マンボーのようなお魚の絵、さらっと読めそうだなぁと思って読み始めたら、うん?この本は読んだことあるぞ。

最初に中公文庫版まえがきとして、2010年の玉村さんの文章が載っているのだが、本書は、30年前に34歳の玉村さんが書いたということ。つまり、1980年。

そして、復刻版のためのランダムという項では、本書は、もともと1980年10月に鎌倉書房より刊行され、1983年に文芸春秋より文庫版として再刊。最初の単行本は絶版となった。そこに至るまでにも、持ち込んだ出版会社でボツとなったり、紆余曲折あって、今に至るとのこと。でも、とにかく、1980年には世に出たのだ。

そうだ、この本、絶対に読んだことがある。多分大学生くらいの20代の時だと思う。もともと私は料理が好きだし、料理に関するエッセイも大好きだ。料理を作ると言うことに関しても、美味しい食べ物を探して食べると言うことに関しても、玉村さんは、どちらにも貪欲な方だったので、若い私にも面白かったんだと思う。そして今回読んでみて、やっぱり面白かった。

お料理の基本は、どこの国の料理も同じであり、その国によって使える料理道具や材料が異なっているために、フランス料理と日本料理は全く違うかのように思えるが、火を通して食べたり、生のままだったら酢でしめたり、その基本は、共通だと言う話。出版当初は、プロの料理人からお叱りのことばもあったそうだ。料理をなめんな!って感じ?

レシピのレパートリーも、火の入れ方をかえるだけで、ソースを変えるだけで、あっという間に数百、数千と広げることができるのだと。ソースと言うと、日本料理っぽくないけれど、要するにつけタレ。天つゆなのか、醤油にわさびなのか、はたまた、和芥子か。しゃぶしゃぶだって、ポン酢にするのかごまだれにするのかで味が大きく変わる。2つの料理をたべているようなもんだ。

そんな料理のレパートリーを増やすアイディアが、玉村さんの軽快な口調で語られる。楽しい1冊。お料理嫌いでも、食べ物好きの食いしん坊なら、楽しく読めると思う。

 

目次
Ⅰ 料理のレパートリー
Ⅱ ローストビーフ
Ⅲ てんぷらの分類学
Ⅳ 刺身と言う名のサラダ
Ⅴ スープとお粥の関係
Ⅵ 料理の構造、または料理の四面体について


最初の料理のレパートリーのところで、玉村さんが若いころアルジェリアバックパッカーとして行った時に、現地の青年たちに作ってもらった羊の煮込み料理の話が出てくる。腹ペコで、ふらふらと彷徨っていた玉村さんは、現地の青年たちのご飯によんでもらったのだと。

彼らの料理は、こんな感じ。

鍋の中にぶつ切りにした羊肉を入れ、ニンニクとともに、油の中で肉の表面に焦げ目がつくまで炒める。そしてそこに真っ赤な唐辛子の粉をかなりの量バサバサとかけ、鍋を揺すって混ぜ合わせると、真っ赤なトマトをそのまま鍋の上で手で握りつぶして入れる。じゃがいも小刀で皮をむいてから四つ切りにして鍋に放り込み、塩ふたつまみをほど入れて、もう一度鍋をゆすって材料を混ぜ合わせる。後は火の営みに任せて鍋に蓋をして待つのみ。火はもちろん炭火。使っていたのは、日本の七輪のようなものだったそうだ。


そして、出来上がった料理が、とてつもなくおいしかったと言う事。

他の料理の本にもよく出てくるけれど、お肉を料理する時、最初に表面に焼き目をつけると言うのは極めて重要。私はこの本で学んだのか、他の料理の本で学んだのか、全く記憶にないが、どんな料理をする時でもほぼ9割の場面で、肉を最初に焼いて焼き色をつける。たとえ肉じゃがでも、筑前煮でも、先に肉油で炒めて表面に焼き色をつけておくと、煮込んだ後にも肉がパサパサにならないし、味が抜けない。
肉を焼かずに火をいれるのは、蒸し鶏とか、しゃぶしゃぶくらいかな・・・。

そんな料理の基本のようなことが、いろいろと語られている。

肉を焼いた後に、その鍋にそのまま水分を入れて煮込めば煮込み料理になるし、焼いた肉を皿に取り出して、鍋に残った肉汁にワインなり酒なりの水分を入れてソースを作ってかければこれまた別の料理となる。

料理ってそんなに難しいものじゃない。いろいろやってみて楽しむものだということを感じさせてくれる。
そうそう、料理って実験なんだよね。だから楽しい。

 

ローストビーフの話では、もともとは肉の全面を焼くと言う調理法だけれども、それは形を変えればスモークともなり、もっと形を変えたのが日本の魚の干物だと言う。魚の干物がスモーク? スモークでは無いかもしれないけれど、玉村さん曰く1億5000万キロメートル離れた天日による火入れなのだと。確かにそう言われればそうかも。干物は、太陽の火(熱?!)を使った調理ともいえる。ヨーロッパの生ハムだって、いってみれば干物だ。超弱火で超長時間、ってことだ。

 

サラダの話では、刺身だって生で食べるんだから言ってみればサラダみたいなもんだということ。確かに。土佐のカツオのたたきは、紫蘇だのミョウガだの、ネギなどとごちゃまぜにしてポン酢をかけて食べる。確かにサラダと言えばサラダかも。

これはサラダとか、これは酢のものだとか区別するから良くない。めんどくさいことになるのであって、いそのこと、何でもサラダと言ってしまえば、毎度の食事にサラダをつける事は簡単かも。

ちなみに、生の葉っぱの上に乗せる物をかえれば、サラダは無限大にレパートリーを増やせる。豆腐をのせれば、豆腐サラダ。蒸し鶏をのせれば、チキンサラダ。いやいや、蒸し鶏じゃないてグリルした鶏肉だっていい。そして、ドレッシングをかえればこれまたレシピは無限大。料理というのは、料理本をみてつくるものではなく、自分で創造すればいいのだ。

Ⅵで料理の構造、つまり玉村さんの「料理の四面体」についての話がまとめられている。

料理の一般原理に介入してくる基礎要素としては、次の4つのものしかないと。
1.火
2.空気
3.水
4.油

料理と言うプロセスは、これら4つの要素が互いに複雑に絡み合って生じるまでなことであるというのが、玉村さんの説。火は、そもそも火がなくては料理が存在しない位、不可欠なもの。その強弱によって肉の塊がビフテキとなったり、ローストビーフとなったり、あるいは干物になったりする。

また、その火にかけるときの空気の量によって、結果も異なる。空気が少なければ直火焼のようなグリルとなり、空気が多ければ遠い直火焼のローストとなる。もっと空気が多いのが干物。なんせ、地球と太陽の間の空気量だからね。

水は、そもそも料理の材料そのものにも含まれている。水分が逃げないように包んで火を加えれば蒸し焼きが出来上がる。あるいは外から水分を加えて火にかければ、スープや煮込みになる。

同じ液体でも、水と油では全く性質が異なる。水分を加える代わりに油を加えれば、油の量によって炒め物になったり、揚げ物になったりする。

玉村さんは、火を頂点とした三角錐を描き、空気、水、油をその三角の底面の三隅に配置した図を料理の四面体とした。それぞれの頂点を結ぶ稜線に焼き物ラインがあったり、煮物Lラインがあったり揚げ物ラインがあったりするのだ。空気と火を結ぶの間が焼き物ライン。水と火を結ぶ間が煮物ライン。油と火を結ぶ間が揚げ物ラインということ。

お料理の基本は、極めてシンプル。いかに火を入れるか。水分、油分をどうするか。それに尽きる。そして、味は塩分をきめれば、たいていのものは美味しくいただける。一般的には、0.8%塩分が健康的に美味しく食べられる塩分。しょっぱいものは、ちょっといただくだけで満足する。あとは、うまみ成分。和食なら昆布のうまみ。イタリアンならチーズやトマト。フレンチなら肉や魚のタンパク質そのもの旨味。どの食べ物もうまみは、その正体はグルタミン酸ナトリウム。ようするに「味の素」だ。みそ汁にトマトケチャップを入れると美味しいとかいうレシピは、ようするにトマトのグルタミン酸ナトリウムを入れているのだ。 

 

読み終わると、料理がしたくてうずうずする。

 

個人的には、そこに「時間」というファクターが入ることも重要だと思っている。レンジでチンしたさつまいもと、石焼き芋のさつまいも、どっちが美味しい?石焼き芋のように、ゆっくりと過熱することでさつまいもの中のでんぷんが糖に分解される。レンジでチンしただけれは、そうはならない。だから、ゆっくり加熱することで劇的に美味しくなるものもあるのだ。逆に、さっと火を入れたほうが美味しくなるものもあるけど、やっぱり、時間は魔法だ。お漬け物も、じっくりつけないとね、ね。干物のうまみも、また時間が作り出す。天日干しと機会乾燥では、まったく美味しさがことなる。1億5000万キロが生み出す魔法の時間。

 

あぁ、美味しいものが食べたくなる。

自分好みに味につくった料理は、やっぱり美味しい。

 

うん、読書は、楽しい。