『俳句が伝える戦時下のロシア』 by 馬場朝子 編訳

俳句が伝える戦時下のロシア
ロシアの市民8人へのインタビュー
馬場朝子 編訳
現代書館
2023年3月10日、第1版第1刷発行

 

知り合いの本のプロが、なかなか面白い1冊だったとおっしゃっていたので、読んでみようと思った。なかなかマニアックな本で、図書館にはなかった。 楽天ブックスで購入。

 

表紙には、ロシアシベリアのイルクーツク州の写真。雪に覆われた街を、人々が歩いている。太陽は、これからのぼるところなのか、沈むところなのかか。私にはわからないけれど、、、。これから朝を迎えるのか夜になるのか。それは、世界はこれから朝を迎えるのか、、、、朝であってほしい。私の中では、表紙の写真は、朝の写真ってことにしておこう。

 

著者の馬場朝子さんは、1951年、熊本生まれ。1970年よりソ連モスクワ国立大学文学部に6年間留学。帰国後NHKに入局。ディレクターとして番組制作に従事。ソ連、ロシアのドキュメンタリー番組を40本以上制作退職して、現在はフリー。

 

本書は、NHKETV特集の「戦禍中のHAIKU」と言う番組で、取材したロシアの俳句人について、番組では、放送しきれなかった部分を本にまとめたものとの事。

 

2022年2月24日、ロシアが突然ウクライナに侵攻し、戦争が始まった。それはロシア人にとってもウクライナ人にとっても、突然の出来事であり、ずっと火種はあったものの、まさかほんとにそんなことが起こるとは思っていなかった。ただ唖然とするしかない出来事だった。

 

馬場さんによると、ロシアでの俳句と言うのは、実はソ連時代から親しまれていたと言う。1935年、ソ連時代に『おくのほそ道』が翻訳され、学校で俳句が教えられることもあったそうだ。 だから、ロシアにも、ウクライナにも詩人がそれなりにいるということ。

番組作成に当たって、ウクライナから7人、ロシアから8人の詩人がインタビューに応じてくれて、2022年11月19日に放送された。1時間という番組の中では紹介しきれなかった俳句、インタビューを本書にまとめたとのこと。本書は、ロシア人の紹介から。ウクライナ人については、別途、本にされるとのこと。

 

本書で紹介される、現状のロシアは、日々言論統制がきびしくなっていて、独立系メディアが閉鎖、Facebook も禁止、反戦活動も表立ってはできない、ということ。 インタビュー実施は、2022年夏から秋にかけて。ウクライナへの侵攻を「戦争」と呼ぶことも禁止されている。「特別軍事作戦」と政府が規定している。アメリカが9・11のあとにイランに仕掛けた「テロへの闘い」と一緒。それは、戦争だよ・・・・。一般市民を巻き込んだ、戦争以外のなにものでもない・・・。

 

と、そういう情勢の中のインタビューなので、俳人の本名はでてこない。ファーストネームだけが記載されている。それぞれの人の俳句とインタビューが、章として構成されている。俳句そのもののいいとか悪いとかは、私にはわからないけれど、インタビューを読むだけでも、ロシアの人々の悲痛、、、それでも毎日生きていく、、、日常と悪夢が隣り合わせという、、、まさに「戦時下のロシア」が見えるようだ。生々しい。

ロシア語の俳句を日本語に翻訳して掲載されているので、リズム感は日本の575とちょっとずれるものもある。でも、3行の詩がもつ、シンプルな声は、心に響く。。。

 

ちょっとだけ、紹介。

・作品「ペイントボールの痣長く見つめたら別の惑星」

ペイントボールとは、ロシアでイベントなどの時に行う戦いゲームで、お互いに絵具の入ったボールを投げ合う。敵を見つけると、ボールをなげて、あたれば絵具まみれになる。。作者は、実際に自分が参加したとき、絵の具まみれになりたくなければ、ずっと隠れているのが一番、、とわかった。勇敢な人のふりをしようとせず、じっと隠れている・・・。自分も友人も、最初のゲームでは、すぐに絵具まみれになって、それは痣のようになった。。。そして、じっと隠れていることの意味がわかるのは、それを経験した人だけなんだ、と。

作者自身が、アメリカにいた時の話をしている。ロシア人である彼に対して、一番丁寧に接してくれたのは、アメリカの退役軍人だった、と。戦争とはなんなのか、戦争は必要ないということを知っている人たちだった。戦争の話より、文化の話をしようとしてくれた。そういう経験がない人は、簡単に相手の気分を害するし、ステレオタイプでものを見ようとする、、と。

勇敢なふりなんていらない。

 

・Q:俳句は今の状況で役に立ちますか?
 A:とても役に立ちます。少し、別の現実に逃げて、少し落ち着くのに、俳句が役に立つんです。私たちの現実とは グローバルなものだけで作られるのではな、 窓の外のもの、私たちの隣にあるものから作られます。もしかすると現実はそういうものからできているのかもしれません。 布のようなものです。 どんな 巨大な布も細かい糸からできています。 細かな糸が絡まり合っています。 
 私たちの生活も、まったく些細なことからできています。私たちの周囲にある自然、誰かに言った言葉、誰かが微笑んだこと。。。

些細なことを紡ぎ、俳句にすることで、また一つの現実の世界に生きる。心のよりどころとして、、、。

 

・「人は悪いことは忘れるものです
ロシアが、核兵器を使用する可能性を検討していることに対して、ロシア人の詩人の言葉。広島、長崎で何が起きたを知っているはずの私たちが、、、。過去を忘れようとしている、と。
そして、この詩人は、
我が国の今回の行動に関して言えば、『我々はあなたたちを殲滅する。そもそも地球上に存在してはならない』と西側から宣告されたとき、ロシア連邦はこのようにせざるをえなくなったということだと思います。私には、別の出口がわかりません。喜んでいる人はまったくいません。
と。。。

 

・作品から「ロシア世界家族の出合いは前線に
ロシア世界とは、ロシア、ベラルーシウクライナを含む東スラブ圏を意味する言葉で、ロシア語圏の世界全体を指すこともある。プーチン大統領は、演説で、ウクライナはロシアと歴史的、文化的に不可分であとして、一体性を強調した。
ロシア世界として、ひとつになる、そのために侵攻した。。家族は戦争の前線で出合うこととなった・・・。

ロシアの詩人たちの多くはウクライナに親戚や知り合いがいる。もともと、ひとつだったのだ。戦争が始まって、、、言葉にできない苦しみの中にあるのだ。わかる、なんて言えないけど、、、苦しみが伝わる。
クリミア半島については、いまでは口にすると人間関係が壊れてしまうので、みんな口にしないのだそうだ。2014年、ロシアのクリミア併合は、それが当然と思うロシア人も少なくなかった。でも、やり方は、、、。クリミア半島だけでなく、ウクライナ東部も、ロシア人にとっては同じように、「もともと私たちの土地」という感情がなくはない。

微妙すぎて、口に出しずらい、、、。そういう感じが伝わってくる。

 

・作品から。本書の中で、私には一番こころにひびいいたひとつ。
特別軍事作戦サラダに油少なめに

特別軍事作戦が始まったというニュースをきいて、打ちのめされた作者。でも、打ちのめされている自分が、サラダを作りながら、これから節約の日々になるかもしれない、と思って、サラダへの油を少なめにしてた、、、という。。。現実に生きている。。。

 

インタビューを読むだけでも、十分に深い。最後に、俳句が日本語とロシア語で掲載されている。また、1991年に始まる関連年表もあるので、歴史の勉強にもなる。ウクライナは、1991年に独立宣言し、同年のソ連崩壊によって独立した国。ウクライナの中でも東と西では、思想が異なる。ウクライナ軍にせっせと武器を提供する西側諸国も、、、戦争に加担しているのは間違いない。それは、西側には西側の思惑があるから。

 

「人は、悪いことは忘れるものです。」

ほんとに、そうだ。

 

犯罪を犯すときの3つの理由の一つに、「言い訳がある」っていうのがある。人は、自分に都合のいい言い訳をみつけるのが得意なのだ。。。

 

とにかく、早くこの戦争が終わりますように。。。

どうしたら、終わりになるのかわからないけれど、早く、終わりますように。。。

 

戦争では、だれも幸せにならない。。。