『WEIRD(ウィアード)(下) 』 by ジョセフ・ヘンリック

WEIRD(ウィアード)(下)
「現代人」の奇妙な心理
経済的繁栄、民主制、個人主義の起源
ジョセフ・ヘンリック
今西康子 訳
白揚社
2023年12月25日 第1版第1刷発行
THE WEIRDest People in the World
How the West Became Psychologically Peculiar and Particularly Prosperous (2020)

 

(上)の続き。

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これまた、派手な表紙。上巻は蛍光ペンの緑みたいな色だったけど、下巻は蛍光ペンピンクだな。。。どういう意図なのかは不明、、、。まぁ、本棚に並んでいたら間違いなく目立つ。

表紙をめくると、ダロン・アセモグル(『国家はなぜ衰退するのか』『自由の命運』共著者)のコメント。

” 世界全体で 生活水準を向上させ、 大規模かつグローバルな課題に対処する方法を見つけることは、 今後ますます重要になってくる。 人々の多様性が何に由来するのか、 それがこうした問題に立ち向かう上でいかに重要であるかを、 私たちは 認識しなければならない。 それらの問いの答えを知りたい方は、 ぜひ 本書を読んでほしい。”と。

 

上巻で語られていたのは、著者がWEIRDと読んでいる欧米の人々の考え方の基本は、 教会の歴史の影響を大きく受けているということ。それは、教義の影響ではなく、教会が親族のきずなを弱め、個人の自立を促したことによる影響。

 

目次
第2部 WEIRDな人々の起源(承前)
 第8章 WEIRDな一夫一婦婚

第3部 新たな制度、新たな心理
 第9章 商業と協力行動
 第10章 競争を手なずける
 第11章 市場メンタリティ

第4部 現代世界の誕生
 第12章 法、科学、 宗教
 第13章  離陸速度に達する
 第14章  歴史のダークマター

 

感想。
うん、面白い。
上ほどのインパクトは感じなかったけれど、やっぱり、面白い。

 

第8章で語られる一夫一婦婚の話は、おっと、なるほど!と思わされる。動物として自然なのは、一夫一婦ではない組合わせ。でも、一夫一婦もまたキリスト教による仕組みの導入がきっかけだったということ。ちなみに、日本でも近代的な婚形態へ変わったのは1880年のこと。それでも、昭和初期とか、まだお妾さんがいるっていうことが社会的に金も地位もあるって事につながっていた。だいたい、一夫一婦の婚姻なんていう制度ができて、「私生児」とか「非嫡出子」とか、生まれを区別する言葉が生まれた。

 

でもって、世界の中では、いまでも複数の妻を持つことが普通に許されている国がある。

 

一夫一婦になったことで、実は、男は頑張らなくても妻を娶れるチャンスができた。なぜなら、一夫多妻だと、能力の高い男が複数の女を独り占めしちゃうので、ほどほどの男たちは妻を娶るためには頑張らなくてはいけなかった。でも、1人に1人よ、となると、ほどほどの男にもチャンスが巡ってくる可能性が高くなる。そして、一夫多妻のときより、男同士の争いがへるのだと。そして、メス化してきたのか?!?!

言い方を変えると、一夫一婦になったことで、女性たちは社会的地位の低い男との結婚を強制されるようになった、と。なるほどねぇ。たしかに、そうともいえる。

 

ちなみに、男性ホルモンの象徴ともいえるテストステロンは、結婚すると低下するのだそうだ。そして、離婚すると再上昇するのだとか。テストステロンの下降は、犯罪の低下につながっているのだ、、、とも。

 

キリスト教の教会が、一夫一婦を強いたことで、結婚できる男性が増え、テストステロンが下がり、犯罪がへり、、、、いいことなのかはわからないけれど、人間関係に変化が起きたのは間違いない。中世に日常茶飯事だった、飲み屋での男同士のケンカが、刃傷沙汰になることが無くなったのだ。

 

第3部では、キリスト教の普及以降、商業の発達に伴って都市共同体が発展、そこで組織同士の競争がおこり、戦争にもつながっていくということ。

 

第4部では、では現代はどうなっているか、、、ということ。産業革命、教会による緊密な家族形態の解体がヨーロッパの都市化を促し、非人格的関係(親族関係ではない関係)が重要となり、誰に対しても公正、誠実、協力的であることが求められるようになった

そうした価値観の変化は、文化の進化につながり、文化の進化こそが心理的多様性を生み出してきた。

また、家族を飛び出してつながるようになって、知識を授けてくれる人が親族から社会の多くのエキスパートになったことが、飛躍的に「集団脳」を成長させた。個人主義だからこそ、みんなが学び合い、イノベーションを生み出した。そして、競争がさらなるイノベーションを生む。

まぁ、そこから、能力主義なるものが生まれたという負の遺産もあるのだけれど、、、。

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それぞれの国や地域の人々の心理的多様性は、単に「受容」「非寛容」という表面的な現れだけでなく、深く、文化、歴史に根ざしたものがあるということ。しかも、そのことに私たちは気が付いていない。

だいたい、今、トランプ元大統領が、不倫の口止め料支払をめぐって、アメリカで裁判にかけられているが、キリスト教からすれば、日本人が思う「単なる浮気」とは、重みが違う、ということなんだろう。トランプは、福音派の支持を受けていて、人工中絶反対を肯定している。そういう人が、ポルノ女優と浮気して、おまけに口止め料、、、だからね、、、、。それでも、今秋の大統領選に出るし、支持もされているって、やっぱり、私には理解できないところがある。WEIRDって、片づけちゃいけないのだろうけど、やっぱり、WEIRDだ。

 

なかなか、面白い本だった。

 

気になったところを覚書。
・”中世ヨーロッパの都市共同体で、貿易商、小売商、職人として成功できるかどうかは、一つにはどんな客にも誠実で公正だという評判を獲得できるかどうか、また 勤勉で忍耐力があり、几帳面で時間を遵守できるかどうかにかかっていた。”
 と、時間遵守という概念も、「時計」が発明されてからのこと。時計のない時代、時間厳守という言葉は存在しなかったのだ。
 そして、時間厳守のような社会規範のパッケージが、「商慣習法」と呼ばれるものになっていった。そして、現代において時計のない世界(インターネットもない世界)にいくと、WEIRD心理の最大の特徴、「時間を節約せねば」という脅迫観念に追われていることに気が付くのだ、、、と。

 

・ ”ヨーロッパの戦争(1000~1800年頃の殺戮・破壊戦争)は3つのことを行った可能性がある。
 1. 人々の相互依存 心理をかき立てることによって任意団体の成員間の結びつきを堅固にした。
 2. 市場規範を強化するとともに、 明文化された都市の方を守ろうとする人々の意識を高めた。
 3.キリスト教への信仰心を深め、キリスト教の普遍的道徳が深く根付いていった。(ユダヤ教徒に対する敵意を招いた可能性もある)

 と、これらのことから、
” 戦争は恐ろしいものだが、 然るべき条件のもとでは、 ある種の心理効果によって、 協力体制の発展を促し、社会の拡大や繁栄をもたらす可能性を秘めている。”

とまぁ、これは、わかるのだけれど、、、、それは、地球外生命体が地球を攻めてきたとき、地球が一致団結する時に活用したいものだ。。。

著者は、戦争のマイナス面を取り除き、プラス面だけを引き出す方法はみつけられないものだろうか、、、と言っている。ビジネスの世界であれば、可能性はありそう。競争が進化を生む。

 

・一般に「BIGー5」と呼ばれる5つの独立したパーソナリティは、WEIRDな世界での一般、ということ。
 ① 経験への開放性(冒険心)
 ② 誠実性(自己鍛錬)
 ③ 外向性(反対は内向性)
 ④ 調和性(協調性、おもいやり)
 ⑤ 神経症傾向(情緒不安定)
自給自足型社会の人々のパーソナリティをこの5つでは分類できない。そのような社会で成功につながる「個人間の向社会性」「勤勉さ」が主なパーソナリティとなる。

 

・「授かり効果」:ひとたび手にしたものに対して、手放し難くなること。WEIRDな人々のほうが、この影響が強い。ようするに、行動経済学でいうところのプロスペクト理論だろう。マグカップやビスケットが、私のマグカップ、私のビスケットとなると価値が増すという不思議。 

 

所有物への執着、時間節約概念、どっちも、WEIRDな世界の特徴だというけれど、それは、日本にもそっくり当てはまる気がする。教会の影響はないはずだけど、、、。それは、近代日本が、あらゆる点で欧米に追い付こうとしてきたからかもしれない。

 

今では、コスパならぬ「タイパ」という言葉まで生まれた。どうして、そんなに生き急ぐのか。かくいう私も、若い時はタイパ最重視派だった。仕事は「生産性向上」のためにできることを追求してきた。振り返ってみて、「生産性」という言葉の功罪を感じる今日この頃。。。。

 

一般的、常識、普遍的、、、、そう思っていることも、世界が変われば非常識になるということ。あるいは、時代が変われば非常識になることもある。

 

今朝の新聞に、”総合職のみ「社宅」間接差別”という記事があった。あぁ、そういう時代になったか、、、と思った。私の新人時代、平成初期はそんなの当たり前だった。どう考えても、性差別だろうということが、常識としてまかり通っていた。まだ、その時代の男子が社会に残っている間は、こういうことがニュースになるんだよな、、、とも思う。社会の変化には時間がかかる。普遍的と思っていることも時代とともに変わる。

 

テストステロンが減った社会が良い社会なのかはわからないけれど、社会は変わる。気が付けば自分の価値観も変わっている。自分と異なる価値観の人たちが社会にはたくさんいるということ、そして、その背景にはWEIRDな世界もあるということ。

 

自分が世界に出ていかなくても、日本にいても海外の人と交流する機会は確実に増えている。WEIRDな世界を理解しておくのに、なかなか面白い本だった。

結構、読後満足感あり。

 

読書は楽しい。