『脳科学で解く心の病』 by エリック・R・カンデル

脳科学で解く心の病
うつ病認知症・ 依存症から芸術と創造性まで
エリック・R・カンデル
大岩(須田)ゆり 訳
須田年生  医学監修
築地書館
2024年4月10日 初版発行
THE DISORDERED MIND (2018)

 

 日経新聞、2024年5月18日の朝刊の書評で紹介されていた本。面白そうだったので、図書館で借りて読んでみた。

 

記事では、
”・・・・・・・(略)、、、カンデル氏の真に優れた視点は、疾患や障害を「治す」べき対象から、理解し、管理し、共存すべきものへと転換してみせるところにある。なかでも第6章は象徴的だ。統合失調症"的"な特性は避けるべきものではなく、むしろ芸術や創造性の源泉として人類に有益な側面があると見抜く。このような洞察は、好奇心をかき立て、ワクワクさせるだけでなく、共感を呼び起こすものだ。良識あるまなざしは、精神疾患に対する偏見や誤解を取り除くことにも役立つ。カンデル氏の洗練された筆運びを船頭とした知的探求の旅。なんと贅沢(ぜいたく)な読書体験だろう。”
とあった。

 

本の裏には、
人間(脳や精神)の本質は、 神経・精神の不調が教えてくれる。

人の社会のをになう遺伝子の特定 →  自閉スペクトラム症
感情が生まれる 脳内の仕組みを解明 →  うつ病・不安障害
無意識の世界が創造性発揮で果たす大きな役割を発見 → 統合失調症双極性障害
脳の報酬系と記憶の働きを究明 → 依存症
と。

 

ページを開くと、フロイトの言葉が。

” 心は氷山のようなものだ。 海上に浮かんでいるのは全体の1/7に過ぎない。”

 

著者のエリック・R・カンデルは、1929年、ウィーン生まれ。前コロンビア大学フレット・カブリ冠教授。 ハワード・ヒューズ医学研究所上級研究員。 学習と記憶の研究で、2000年 ノーベル生理学医学賞を受賞。

 

最後の訳者あとがきでも詳しく述べられているのだが、著者は、ユダヤ人一家の子どもとしてウィーンに住んでいた時、ナチスが台頭し、突然それまで仲良くしていた友だちが口をきいてくれなくなり、イジメられるようになった、、、という経験をしている。そして、 ヨーロッパの知識人がナチス時代に突然非道で野蛮な行動を取るようになり、洗練された文化を持つ社会が急に悪に向かって突き進んだのはなぜか、、、そしてその背景にある矛盾だらけの動きをする人の心の本質は何かを知りたい、と思うようになり、心に興味を持つきっかけとなったのだそうだ。そして、後に、ノーベル賞、、、ということ。


目次
まえがき
第1章 脳障害からわかる人類の本質
第2章 人類の持つ強力な社会性  自閉スペクトラム症
第3章 感情と自己の統一感  うつ病双極性障害
第4章 思考、決断、実行する能力  統合失調症
第5章 自己の貯蔵庫である記憶  認知症
第6章 生来の創造性 脳障害と芸術
第7章 運動 パーキンソン病とハンジントン病
第8章 意識と無意識の感情の相互作用  不安、PTSD、不適切な意思決定
第9章  快楽の原理と選択の自由 依存症
第10章 脳の性分化と性自認
第11章 今も残る脳の大いなる謎
むすびの言葉

 

感想。
おぉぉぉ!
面白かった。

 

原書は、2018年の本だけれど、やはりこの10年、20年で技術的な進歩もあって、脳神経科学も大きく進展している。私は、今でも、「健康管理士一般指導員」という資格維持のために、健康にまつわる勉強を続けていて、認知症うつ病といった身近な脳や心の病気について、アップデートされた情報に触れる機会がある。でも、本書は、本格的に最近の研究成果が示され、著者の見解が述べられているので、とても刺激的で、面白かった。 

なるほどーーー。そんな技術が、そんな風に活用されて、こういう新しい道をきりひらいてきたかぁ!!!と、感心しきり。

 

うつ病認知症自閉症スペクトラム、、、本書にでてくる症例に悩んでいる身近な人、だれでも、一人二人はいるのではないだろうか。或いは、読者自身が、罹患しているかもしれない。

でも、記事にもあるように、その解決法ということも大事だけれど、周りの人がどう理解するかということが、くわえて重要なことだ、、と、思う。

 

確かに、いまだに、何らかの障害がある子どもをみて、「親の責任」とか、無責任な酷い言葉を投げる人が存在する。今どき、、、と思うけれど、私の知り合いにも、そういった言葉で傷ついている人はいる。そして、そういう話を聞く方も、、辛い・・・。

 

本書の中では、依存症も脳の障害、とはっきり言っている。いわゆる、楽しいことがあったときに喜ぶ報酬系の神経回路が、何らかの問題で鈍くなってしまっている、、、。ちょっと、こわいな、と思うのは、「ニコチン」が報酬系の回路を鈍くさせてしまうということがわかってきたのだそうだ。つまり、煙草を吸うこと自体が、ギャンブル・薬物の依存症になる確率を高めてしまう、、、のだそうだ。。。

煙草とギャンブル、、、古き良き時代の盛り場、、、なんて言っている場合じゃない。

でも、ちょっと、わかるような気がする。ヘビースモーカーって、ショートテンパーが多い気がする・・・。抑制が効きにくくなる。火が付くと止まらない・・・。

 

今でも、脳にあきらかな損傷が見られないけれど、統合失調症双極性障害、不安症といった症例が、脳の機能の問題で引き起こされるということがわかってきている。損傷ではなくても、神経伝達物質の伝達阻害であったり、逆に過剰反応であったり。そういったことも、脳のイメージング技術が発達したことで、リアルタイムに測定することができるようになり、症状の原因解明につながっているのだそうだ。

 

イメージング技術、遺伝子関連研究の発達、、、技術の進展により、多くの症例の原因が解明され、できれば予防措置が取れるようになれば、、、心や精神の病気で苦しむ人が、1人でも少なくなれば、、、と思う。

 

私は、かつての部下に、双極性障害と診断された女性がいた。。。入社したころは、普通に可愛らしい、、普通に明るい女性だった。。。なにが、彼女をあれほど変えてしまったのだろう。。。彼女の中に、複数の人格がいるとしか思えないくらい、、、変わった。そして、本人も、周りも、、苦しんだ。私も、苦しかった。結局、病欠と職場復帰を繰り返し、、、そのうち、私が異動になって、疎遠になってしまったけれど、、、

明らかに病気だとわかっていても、実際に、職場で社会的生活を営めないと、、やはり、職場復帰は難しいのが現実。薬を飲めば、精神的には安定しているけれど、普通では考えられないくらいの集中力のなさで、ミスを連発してしまう。。それを同僚がかばえば、同僚への負荷が膨らんで、、、パンク。
全員が共倒れになる前に、再び彼女を病欠にするしかなかった。

あれは、、サラリーマン人生の中でも、結構きつかったなぁ、、、と思う。

 

本書の中に出てくる症例の中で、「創造性」に関する話は、明るい!ルソーも或る意味病的に想像力がたくましかった。でも精神疾患はなく、創造性がいかんなく発揮され、あの創造性豊かな作品につながった。ゴッホは、精神病に入って亡くなるまでの2年間で、300点以上の作品を描いている。創造性の大爆発。。。

そして、さまざまな芸術的才能を発揮する人たちだけが、そういった創造性に長けているわけではなく、実は、その創造性を抑制しようとする左脳の影響が弱まると、右脳の創造性が突出して表現系として現れるのだそうだ。

なるほど!!

 

また、意思決定においての感情の重要性を語っている。意思決定というと、理性で行うことかとおもいきや、人間は感情が伴わないと適当な判断ができないのだそうだ。その事例として、サイコパスの人の意思決定について述べられている。人を殺すことも何とも思わない、人を傷つけているという自覚すらない、、、そういう自己の行動の意思決定を下せるサイコパスは、感情が欠落している、、、と。

なるほど、、、

「非人間」と思える非道な人って、感情がないのだ・・・。感情によって左右される脳の領域が、理性的な判断をする領域と連携できなくなっている。だから、、、一般的には、非情であり、非常識と思える行動を普通にとれてしまう・・・。

 

医学的な知見について、ちょっと、覚書。
精神障害と神経障害の違いは、 患者が経験する 症状。 神経障害では 通常と異なる行動が現れる。頭や腕に異常な動きがでたり、体の動きを上手く制御出来なくなったりする。精神障害では、日常的な行動が過剰になって、鬱になったり、過剰な幸福感で躁になったりする。

 

・加齢に伴って起こる遺伝子のデノボ変異精子に起こると、自閉スペクトラム症の発生率が高まる。

 

・ 若年性痴呆を「総合失調症」と呼び、躁うつ病を「双極性障害」と呼ぶ。

 

うつ病の患者の多くは、入眠や睡眠の持続に苦労する。自分の世界に閉じこもる傾向の強い患者は、一日中寝ていることがある。睡眠不足は、偏桃体の活動を増加させ、一部の双極性障害の人で、躁状態を引き起こす引き金になることがある。

 

認知行動療法。1970年代ペンシルベニア大学精神分析家 アーロン・ベックが開発うつ病の背景にある患者の認知傾向や歪んだ思考方法を、短期間でかつ 体系的に治療する精神療法。

 

うつ病や、統合失調症の薬は、別の疾患用に開発された薬剤から偶然見つかった。

 

・ 自閉スペクトラム統合失調症双極性障害という3つの異なる 精神疾患の発症には、共通した遺伝子変異がある。

 

双極性障害と関連する遺伝子が、 豊かな 創造性を発揮する情熱やエネルギーを高めている可能性がある。

 

・「精神疾患が芸術的な才能を生み出すのではない。精神疾患はせいぜい、社会的な批判や教育的な規範によって抑制され、 閉じ込められていた想像力を、自由に開放するだけである」(ルドルフ・ アルンハイム)

 

・感覚がとらえた情報が脳に入ってくる入り口は、たくさんある。しかし、出口は一つ、運動しかない。運動について理解することは、脳について理解することにつながる。

 

神経細胞そのものではなく、異常なおりたたみタンパク質が原因の疾患。 パーキンソン病ハンチントン病クロイツフェルト・ヤコブ病アルツハイマー病。

 

感情は、身体に生理的な反応が起きた後に起こる。 道端で熊に出会った時、意識的に危険を評価し、それから恐怖を感じるわけではない。むしろ 本能的に無意識のうちにクマの姿に反応して逃げ出し、その後で恐怖を感じる。
 すなわち、身体がなければ、恐怖はない。。。

 

・ 「エピジェネティックな変化」:外部環境の変化に反応して起こる遺伝子の発現に影響を与える分子的な変化。 DNA そのものは変わらない。

 

サイコパス的な行動をする人は感情の処理や、倫理的な機能を担う脳のいくつかの領域に異常が見られることが明らかになっている。

 

肥満になるのは暴飲暴食や 好き放題に暮らしている結果ではなく、 脳の報酬系に起きた変化の結果、行動に変化が起こる結果である。

 

・肥満は社会的なネットワークを介して ウイルスのように広がっていくことがある。

 

・ニコチンは報酬系に影響を与え、コカイン依存症などが生じやすいような環境を 脳内に作る。喫煙者の数を減らすことにより、他の依存症も減らすことができる可能性がある。

 

・依存症になるリスクには、遺伝的な要因が大きい。依存症は脳の障害であり、道徳的な失敗ではないということをきちんと認識して、依存症対策に取り組む必要がある。 依存症患者に対しては罰を与えるのではなく、 治療を提供することが重要である。

 

色々と、私にとって新しい発見があった。最新情報に触れるって大切だ。。

ちょっと、分厚くて、とっつきにくいかもしれないけれど、興味のある疾患に関するところだけを読むことでも、楽しめると思う。

 

重要なのは、「罰」ではなく「治療」ということ。

なかなか、難しいけれど、まずもって、「心の病」を正しく理解するためには、とても良い本だと思う。

 

読書は、楽しい。