ぼくのおじいちゃん
カタリーナ・ソブラル 作
松浦弥太郎 訳
アノニマ・スタジオ KTC中央出版
2017年3月12日 初版第一刷発行
『世界をひらく60冊の絵本』(中川素子、平凡社新書)の 「第六章 老いの姿をみつめる」からの紹介本。図書館で借りて読んでみた。
作者のカタリーナ・ソブラルさんは、 1985年 ポルトガル生まれ。 イラストレーター、 デザイナー。 自ら生み出す ユニークなお話を、独特の色使いで多様な表現をする期待の作家。本作『ぼくのおじいちゃん』は 11 言語で翻訳され、 2014年 ボローニャ国際児童図書展で国際イラストレーション賞を受賞している。
訳者の松浦さんは、1965年 東京生まれ。 多方面のメディアにて エッセイスト 編集者として活躍。2006年から2015年3月まで、約9年間『 暮らしの手帳』の 編集長を務める。その後「くらしのきほん」編集長。新聞、雑誌の連載 や 翻訳、 豊かに生きるための著書を多数 手掛けている。
本作は、オレンジと緑を基本にそのグラデーション、刺し色の黄色とかピンク、マットな色と、版画を思わせるタッチ。もしかすると、ほんとに版画?!ポップで楽しい。
本も正方形に近いような、ユニークなサイズ。ページ全面にイラストがあって、文字がちょこちょこっと、載っている。
お話は、
”ぼくのおじいちゃんは まいあさ 6じに おきる”
からはじまる。
お友達のライトさんは毎朝7時におきる。
おじいちゃんと ライトさんは、 毎日 同じ時間に「おはよう」と笑顔で挨拶をする。
おじいちゃんは、犬をつれて、パイプをくわえて、手にはパンが入っていると思われるベーカーリーの紙袋。
ライトさんは、 アタッシュケースを片手に持ち、ネクタイをしめている。
おじいちゃんは時計職人だけど、時間をきにしない。
ライトさんは、時計職人ではないけど、時間をきにしている。
おじいちゃんは、
「わたしも むかしは じかんを きにしていた」
という。
そして、毎日新聞を読むライトさんと、いつのまにか新聞を読まなくなったおじいちゃん。
おじいちゃんは、毎日、ピラティスとドイツ語を習っている。
おじいちゃんは、毎日、楽しいランチにでかける。公園のグリーンでくつろぐおじいちゃん。
おじいちゃんは、予定なんてない。好きなことだけしている。
時間をたっぷりつかって手紙をかく。
お友達とお茶をするのも好き。
おやつは美味しいタルト、二種類。
雨の日は、お料理を楽しむ。
おじいちゃんは、僕を学校までむかえにきてくれる。
”ぼくの おじいちゃんの いちにちは とても たのしそうだ。
ぼくは おじいちゃんが だいすき。”
THE END
最後は、暗くなったお外のベンチで、街頭のあかりで楽しそうにしゃべりしているぼくとおじいちゃんの影。そして、お家のドア。
ほのぼの。
祖父母が孫のことが可愛いように、孫にとって祖父母というのはやっぱり大好きな存在。親子とも違う。でも、いっしょにいると安心できる。絶対的愛で包んでくれる祖父母たち。
私は、おじいちゃんをしらない。二人とも若くして亡くなっている。でも、わたしにはおばあちゃんが二人いた。すでに他界してしまっているが、やっぱり、おばあちゃんはいつまでたってもおばあちゃんだ。大好きだ。
時計もいらない、新聞もいらない、お友達がいて、いっしょに食事を楽しむ人がいたら、、、そういう人生の領域に、いつか、、たどり着くのかな。
私は、まだ時間を気にしている。
私は、まだ新聞を気にしている。
私は、まだ好きではないこともしているかもしれない・・・。
60歳になったら、、、、もっと好きなことだけして、、、、って思うけど、いやいや、いくつでも、できるだけ「好き」を増やそう。
「好き」を増やすのも大事だけど、その前に、
「いやだな」を減らすことのほうが、もっと大事。
ずっと同じ環境でいそがしくしていると、「好き」がいつの間にか「いやだなぁ」になっていることに気が付かないことがある。
立ち止まる時間って大事。
絵本は、ゆっくり読みながら、そういう時間をくれるものかもしれない。
絵本も、好きだな。
