『ブルターニュの歌』 by  ル・クレジオ

ブルターニュの歌
ル・クレジオ Jean-Marie Gustave Le Clézio
中地義和 訳
作品社 
2024年3月25日 初版 第1刷発行

 

2024年4月13日の 日経新聞書評で紹介されていた本。図書館で借りて 読んでみた。


 記事では、「過去と現在の距離 問い直す」というタイトルで、
”80歳を迎えたノーベル賞作家が自らの幼少期を初めて直截(ちょくせつ)に語った本書からは、「現在こそが唯一の真実」という信念に裏打ちされた変わることのない若さが伝わってくる。”とあった。

 

ル・クレジオは、 1940年、 南仏ニース生まれ。1963 年の デビュー作『調書』で ルノドー 賞を受賞し、 一躍時代の寵児となる。 その後も話題作を次々と発表するかたわら、インディオの文化・神話研究など、 文明の周縁に対する興味を深めていく。8歳から14歳までの夏を、 父祖の土地であるブルターニュで過ごした。そのブルターニュのことを記したのが本書なのだが、日経新聞の記事の中では、

 

ル・クレジオは失われた幸福な幼少期を想起しながらも、追憶の甘美さに身を委ねて還(かえ)らぬものを哀惜する安易な郷愁(ノスタルジー)を忌避する。それは現在から目をそらし、心地よい過去に自足する退行的な感情にすぎないからだ。作家は決して懐古趣味に惑溺することなく、過去と現在の間に横たわる埋めがたい距離にまなざしを注ぐ。急速で著しい変容の意味を絶えず問い直し、近代化がもたらした功と罪とを鋭くえぐり出す。個人的回顧は単なる懐古を超えて、現代へ向ける視線へと接続されるのだ。”

と、書かれている。

 

訳者の中地さんは、 1952年 和歌山県生まれ。 東京大学教養学科 卒業。パリ第3大学 博士。東京大学名誉教授。専攻はフランス近現代文学、とくに詩。

 

読んでいて、心地いい日本語だったのは、詩を得意とされているからかもしれない。

 

装丁は、ブルーグリーンのグラデーションに、白い貝殻。この表紙、好きだ。

 

Amazonの本の紹介文では、
”毎年家族で夏の数カ月間を過ごした、思い出の地ブルターニュ
水のにおい、水の色、古城での祭り、土地の人々との交流……。
そして、戦時下に生を享け、戦争と共に五年を過ごしたニース。
母と祖母の庇護、兄との川での水浴、まばゆい日々の記憶……。
ノーベル文学賞作家が初めて語る幼少年時代。

そこは私の誕生の地ではなく、1948年から54年まで毎年夏の何カ月かを過ごしたにすぎないが、どこよりもたくさんの感動と思い出をもたらしてくれた土地である。(…)われわれはブルトン人であり、どれほど時を遡っても、こうした見えない堅固な糸でぼくらはこの土地に結ばれているという考えとともに私は成長したからだ。
(「ブルターニュの歌」より)

私の心をかき乱すのはおそらく、歴史のこの部分だ。それは、戦争とは子供を殺すものであることを理解させる。戦時中に生まれた者は、真に子供でいることができない。(…)武器を運搬する子供は子供ではなくなる。その子は人生の別の年代に属することになる、別の時代に入ってしまったのだ、粗暴で、獰猛で、仮借ない時代に。大人の時代である。
(「子供と戦争」より)”

とある。

 

目次
ブルターニュの歌
子供と戦争
 訳者あとがき 幼少期をめぐる反‐自伝

 

感想。
ちょっとセツナイ。でも、美しい本。過去と現在と。。。現在こそ唯一の真実、、、と。だから、力強い。

 

私にとっては、あこがれの地であるブルターニュが、、、勝手に思い描いていた美しい海の街が、、、今ではすっかり変わってしまったのだということにがっかりしつつ、、、美しい景色の面影を感じつつ、、、、。

 

私は、これまでに、ル・クレジオ の本を 読んだことはない。 だけど気になったので読んでみたのだが、綺麗な言葉だなぁ、、というのが感想。美しかった漁師町風景は 失われてしまったのかもしれないけれど、 文章に漂う透明な空気感は変わらない感じ。

 

1940年生まれの著者は、生まれた時に戦争が始まった。戦争中、 ブルターニュは 独立を目指していた。しかし ブルターニュの農民は ドイツ軍占領で甚大な被害を受け、 ブルトン語も失われていった。 アルザス で、フランス語が失われていったように。 アイルランドで「ケルト語」が受けた屈辱と同じように。 

 

ブルターニュの詩」では、タイトルのある短いエッセイが続く。クレジオが、夏の間だけニースからやってきたおじいちゃんの土地。そして、そのブルターニュでは、夏の真っ盛りに 刈り取りが人生の一大事のように一斉に始まる。その強烈な印象の「刈り取り」というエッセイが、胸に響いた。巨大な機械が麦をなぎ倒して刈り取っていく。雨が降ると穀物が発酵してしまうので、刈り取りはすべてをたった一日でやらなくてはならない。色々な人の農地をみんなで一斉に刈り取る。その情景が焼きついて離れないかんじが、よく伝わってくる。

 

” 騒音、せわしなさ、 麦の埃の鼻をつく臭いが記憶に残っている。ぼくらは子供、南仏からやってきた都会っ子、のちには休暇中の中学生だったが、 あの熱気、農村世界の熱狂から抜け出すことはできなかった。ぼくらも何かをひしひしと感じていたように思う。それは歴史や地理の授業で教わることのできないもの、ぼくらを遠い過去に繋ぎ直してくれるもの( 何しろ モーリシャス島に向けて立つまでは 僕らの一族は完全に農民の世界に属していたのだから)、 いやそれをも越えて、人類の過去に繋ぎ直してくれる 何かであった。”

 

子どものとき、大人たちが一団となって何かをしている姿って、すごく頼もしく見えたものだ。そういう人びとが協力し合う中に生まれる熱気は、文字では現せない。こうして、記憶に残っていることによってのみ、表現できる。

 

村上春樹の「カキフライ理論」と一寸近いかも。直接に説明するのではなく、その出来事と自分との関係性を語る。。。

megureca.hatenablog.com

 

「神秘」というタイトルのエッセイも、印象的。
” これこそブルターニュ で過ごした幼少期からもち続けている最も永続的な感情だ。 ある意味で、アフリカの自然が宿す魔法に通じているからかもしれない、稲妻をはらむ風やオゴジャの我が家の屋根に滝のように降る豪雨の烈しさに、カメルーンとの国境地帯のオブドゥ街道の巨木が作る穹窿(きゅうりゅう)に、サバンナに白アリが作る塚の圧倒的な奇異さに。”
ブルターニュの自然の荒々しさ、そこで育った、祖父と父。決して住むのに優しい自然ではないのに、人びとはブルターニュに移り住んだ。そして、自分がそこで生まれなかったのは、「恐怖政治(テルール)」という大惨事のせいである、、と。

 

つづく「戦争と子供」では、男たちが戦地に行ってしまい、残された村は女か年寄りか、子どもだけになる、、そんな中で自分が育った話が綴られる。ル・クレジオの父親は、アフリカの赤道地帯で医師をしていて、彼は人生最初の数年、父親のいない環境で育った。
”人生の最初の数年を、女性たちに囲まれて過ごしたことは、私のなかで戦争というもののとらえ方をたしかに変えた。”と。
女、子どもは犠牲者ではなく「損害」だったのだ。彼らは決して 英雄になることはないだろう。”と。自分にとっては、女か年寄りしか自分を守ってくれる人はいなかったのに。母こそ、最大の英雄なのに。

 

深い。。。。。

 

そして、
” 英雄とは、 ジェローム・デイヴィッド・ サリンジャー の素晴らしい 短編「 エズメにー 愛と汚辱のうちに」の語り手が書いたとおり、むしろ 饒舌家の中に探すべきなのだろう、イギリスで 将校たちのミサに出る際に、呆気にとられた一介の兵士に見つめられながら、太鼓を打ち鳴らして自らの入場を告げさせたあのヘミングウェイのような。”と。 

megureca.hatenablog.com

 

戦争は、人を変える。。。。子供を子どもで無くしてしまう。その嘆きが、今でもその悲劇が繰り返されていることへの静かなる怒りが伝わってくるような文章だった。

 

フランスっぽいなぁ、なんて。

フランス文学、イギリス文学、アメリカ文学、それぞれちゃんと研究したら面白いんだろうなぁ、と思う今日この頃。まぁ、、老後の楽しみかな。今は、楽しく読もう。

 

読書は、楽しい。