ライジング・サン
マイクル・クライトン
酒井昭伸 訳
早川書房
1993年10月10日 印刷
1993年10月15日 発行
RISING SUN (1992)
『ジャパンアズナンバーワン』の時代、調子に乗った日本人を描いた小説、、、といっていいだろう。まさに驕りの中で自滅していく、、、、人間模様。
『ジャパンアズナンバーワン』の副読本?!?!として読んでみた。
著者は、SFの大家マイクル・クライトン。『ジュラシック・パーク』の著者といった方がわかりやすいだろうか。30代のときに友人に薦められて、『アンドロメダ病原体』を読んで、強烈にファンになった。なんだ、この面白さ!!と。かといって、彼の作品の全てを読んできた訳ではなく、本書は読んだことが無かった。
図書館で予約して借りたのだが、676ページの分厚い文庫本。手にしただけで、期待感が高まる。
本の裏の紹介には、
”日本企業ナカモトがロサンジェルスに建てた超高層ビルで、美人モデルが殺された。 緊急連絡を受けた渉外担当官のスミス 警部補は日本人絡みの事件に豊富な経験を持つコナー警部とともに現場へ急行する。しかし、ナカモトの 現場責任者イシグロは、なぜか強硬に捜査を拒む。 しかも、 犯行時の現場が写っているはずの 警備用 ビデオテープは、何者かに持ち去られていた。 センセーショナルな反響を呼ぶ日米経済摩擦ミステリ。”
とある。
感想。
やっぱり面白い!
めちゃくちゃ面白い!
600ページ超えだけど、ほぼ一気読み・・・。
まさに、バブル期の日米経済摩擦のなか、ロサンジェルスを舞台としたアメリカ人刑事vs日本人商社マンとの対決。事件発生から数日間のほんの短い出来事なのだけれど、それが濃い!!
日本人の私が読んでいても、あ~いるいる、こういう嫌な日本人!って思ってしまう。マイクル・クライトンって、日本人のこと詳しいのか?と思う位、微妙に日本人の特徴をとらえている。。。エリートたちを表現するのに、会社でのセンパイ、コウハイの関係聖、場の空気を読んで行動する、プライドが高い、姑息に立ち回る様子。。。表の顔と裏の顔を使い分けたり。チンピラあがりの日本人は、単純でお調子者だけれど、エリート日本人よりよっぽど正直ものだったり・・・・。
日本語もいいなぁ、と思ったら、訳者は酒井昭伸さん。『デューン』の訳者だった。
ミステリーなので、ネタバレはしないけれど、ちょっとだけ、、、内容紹介。
ナカモトという日本企業が新築した超高層ビルで、落成式の盛大なパーティが行われた。パーティが行われているその上階、46階の会議室に女性の死体があると警察に通報が入る。現場に向かったのは、ピーター・ジェームズ・ スミス警部補、34歳。離婚し、2歳の一人娘の子育て中パパは、娘をお手伝いさんに託して現場に向かう。ピーターは、特殊業務部に所属していて、日本語を勉強中。日本人がらみの事件なので呼び出された。また、現場に行くのに警察本部からジョン・コナー警部を同伴することを薦められる。コナーは、日本駐在経験もあり、日本語堪能、日本人の扱いにもなれたベテラン警部だった。
そして、ピーターとコナーは、その殺人事件の捜査を開始する。
ところが、現場についてみると、まったく事件の気配がない。とても死体発見現場とは思えないパーティーの盛り上がり。それは、ナカモトの日本人社員が会社のイメージダウンをおそれて、徹底的にメディア、警察に圧力をかけているからだった。
つまり、、、当時の日本企業は、金をばらまくことで、アメリカのいたるところへ影響力を発揮していた、、ということのようだ。
コナーがピーターに日本人のやり方を説明したり、日本人との対応方法を伝授したりすることで、著者は日本とは、、、を表現していると言える。コナーは、はじめて一緒に仕事をするピーターのことを「コウハイ」と呼ぶ。日本人は、センパイ・コウハイを大事にする、ということを説明する。コウハイは、センパイにいわれたことを忠実にまもれ、、、ということ。
コナーは、日本では上司や先輩は、後輩の仕事を全部理解していて、後輩がうまく対処できないことは、技術的なことですら上司がやりこなす、、と説明する。「上司に説明すれば問題は解決される」それが、日本だと。。。言い換えてみると、アメリカでは分業が徹底されているので、部下の仕事の技術的なことは上司は理解していない、、ということが言いたいようだ。そして、それは、このビルの監視カメラのシステムについても言える、、と。
本作の中ではコナーのセリフで、「日本」や「日本人」を説明している。
ナカモトの担当者であるイシグロは、いかにも嫌な感じの横柄な態度でコナーに対応する。死んだ女は、会社とはまったく関係ない、ヤク中かなんかだろう。とっとと死体を処理して、かたづけてくれ、、、って高圧的な態度。でも現場に偉い人がやってくると、コロッと態度を変える。ペコペコと・・・。
コナーがピーターへ説明する。
「 君はイシグロを裏表のあるやつだと考える。だが向こうは、 君のことを単細胞だと考える。 なぜなら日本人にとって、常に一定した振る舞いをするのは不可能だからだ。日本人は相手の格に応じて別人になる。 自分の家の中でさえ どの部屋にいるかで別人になるくらいだ」
おぉぉ、、、、まぁ、、、たしかにそうかもね。
他にもコナーは、日本は系列会社で一団となって仕事をすること、噂をだいじにするので新聞・メディアを金で動かそうとすること、目の前の損得だけでなく長い目で見て相手を取り込む贈り物をすること、正面切っての対決を好まない、集団の不興をかえばその人間は死んだも同然となる、、、などを説明する。
事件の被害者は美人モデル、シェリル・オースティンであると身元は明らかになり、首の痣以外、目立った外傷がないことから、絞殺されたと推定された。新築ビルには高度な監視カメラが設置されていたので、監視カメラのビデオをみることで、犯人はすぐに明らかになると思われた。だが、、、そうはいかないからミステリー。
ビデオはすり替えられ、後にナカモトから提出されたオリジナルだというものも、加工されていることが明らかとなる。
ビデオの奪取、解析を通じて、攻防が繰り返される。といってもほんの2,3日の間の出来事。ビデオをもっていると思われた人間が殺されたり、ピーターの自宅にも娘にも危険がせまったり、、、。
しかも、ピーターは、執拗に過去のことを蒸し返されて、痛くもない腹を痛いものにされ、精神的苦痛まで追わされる。真実を暴こうとするピーターとコナーに対する、イシグロの徹底したいやがらせ、、ともいえる。
日本人を悪者にしたてることで作品にしている、とも言い切れない。コナーに協力的な日本人もでてくる。でも警察に協力することで、その日本人の命も危険に。。。。
捜査を妨害しようとするイシグロと警察の攻防が進む中、アメリカのハイテク企業の日本による買収問題もからんでくる。そこでは、ナカモトと敵対する別の日系企業も登場。
アメリカで、日本企業がどれほど影響力を発揮したのか、という事例が列挙されている感じ。アメリカ企業買収に政治がどうかかわっていたのかということも。
最後は、、、少なくとも、ピーターにとってはハッピーエンドなのだけど、娘にも危機がせまったり、本当にドキドキもの。
ストーリーとして面白いのはいうまでもないのだけれど、やはりだいご味は当時の日本企業のアメリカでの存在感、だろう。アメリカ人に言わせれば「やりたい放題」ともみえたのかもしれない。そして、アメリカが直面していた社会的問題も見え隠れする。
ピーター達がビデオ解析の協力を頼む研究所も、若い技術者はアジア人、インド人ばかりで、コナーは、彼らが後に自国へ戻ってしまったら、アメリカには技術が残らない、と懸念している。技術ということでは、日本とアメリカの特許戦争についても。日本はとにかく特許を取りまくって、ものだけでなく、特許権も輸出する。
たしかに、私が入社したころ、まさに1991年は「特許」をとることが研究所の使命だった。当時、アメリカと日本で特許の仕組みが異なっていて、アメリカの先発明主義にあわせて、専用研究ノートも導入された。日本では、特許申請しない限りは特許になりえないのだが、当時のアメリカは「もっと前にぼくの研究ノートにかいてあるもん」ということで、特許になりえたのだ。今はまた変わっているけれど。
かつ、特許申請というのは当然お金がかかる。それでも当時の日本企業は特許を取りまくった。お金持ちだったんだねぇ・・・・。
ビデオ解析では、ナカモトが使っていた監視カメラの装置全体のコンパクトさに眼を見張っている。なんで日本人はこんなに小さくものを作れるんだ!と。コナーの解説は、「カイゼン」するからだ、と。アメリカ人ならホームラン一本であとはベンチでゆっくりするところを、日本人はせっせとシングルヒットを討ち続ける、、、と。さらに、さらに、と改善をすすめる。
たしかに、日本企業がつくる製品は小さい・・・。まぁ、ウォークマン なんてアメリカ人にはない発想だったんだろう。車だって、大きければいいって・・・。時代は変わった。
脱線するけど、大きさの話で言えば、私がアメリカの工場に技術導入で支援に行ったとき、日本の操作盤をそのままアメリカに導入するのはムリだ、、と悟ったことがある。だって、、、日本人なら指一本で押せる1つのボタンが、、、彼らの指だと、、、、2個のボタンを押しちゃう・・・。手、でかっ!!!って・・・・。ピアノの鍵盤を一本ずつ弾くのもムリじゃないか、、、って思う位、手の大きい人がいたのだ・・・。別に、アメリカ人全員じゃないけど、強烈な印象が・・・。
コナーが、『ジャパンアズナンバーワン』の世界そのままセリフにしている場面がある。
「アメリカ産業の斜陽ぶりは議会も苦慮するほど になっていたんだ。 この国はあまりにもたくさんの基幹産業を日本に奪われた。 60年代には 鉄鋼と 造船、 70年代にはテレビと 半導体、 80年代には 工作機器。 これらの産業は国防に欠かせないものばかりだった。そしてある朝目覚めてみると、アメリカは自国の保安に必要不可欠な部品を製造する能力をなくしてしまっていた。 これらの補給は、 今や全て日本に依存している。だから 議会も心配し始めたんだよ。」
う~~ん、そうだったんだぁ。。。。
また別の場面では、別のアメリカ人が
「第二次世界大戦後 アメリカは テレビ 製造で世界のトップに立った。 アメリカ企業が外国の同業者に対して確固たる技術的優位を確立していたんだ。 アメリカ企業は世界中で成功を収めていたと言える。ところがここに 日本という例外があった。 日本の閉鎖的な市場にはどうしても 食い込めなかったんだ。日本政府が言うには、 日本でものを売りたければ、日本企業に技術を供与し、ライセンス生産 させろという。 アメリカ企業は、アメリカ政府からの圧力もあり、渋々 それに従った。なぜ政府が圧力をかけたかといえば、日本を ロシアに対する同盟国としておきたかったからさ。」と。
また、エネルギー輸入国である日本はせっせと省エネ技術も開発し、それが競争力にもなった。
日本人だけれど、混血で日本から逃げるようにアメリカにやってきた女性技術者のセリフも深い。
「日本にはね。みんな平等であるはずあの国には、根拠のない差別が色々あるの。無理解がひどい差別を生んでるのよ。」
これは、、、、今もゼロとは言えないだろうなぁ・・・。
日本で、肌の違いで差別をうけてきた彼女は、更にいう。
「 私アメリカへ来てほっとしたわ。 アメリカ人にはこの国がどれだけ素晴らしいか分かっていない。 自分たちがどれほどの自由を満喫しているか分かっていない。 集団から排斥された時、日本でいきていくのがどれほど過酷なことか、あなたたちはしらないでしょう。でも、私は身に染みて知っているの。」
いたたたた・・・。
日本のことも、アメリカのことも、当時のことをよく表していたんだろう、、と思われる。科学満載の話ではなかったけれど、読み応えあり。面白かったぁ。
物語が終わった後、一ページに、1行の文字が。
”日本にアメリカの土地を買うなというのなら、売るなと言いたい。 盛田昭夫”
ソニー創業者、盛田さんのことば。
御意。
最後に著者あとがきがある。時代を感じる。
そして、ビブリオグラフィに多くの参考資料名。
そして、「クライトン氏に逢って 児玉清」。児玉さんって、あの本好き児玉さん?クライトンの大ファンだったらしい。児玉さんがハワイで見かけた外国人が貪るように読んでいたという『Travels』も面白そうなので、いつか読んでみよう。
読書は、楽しい。
そして、これは、経済史、文化の勉強にもなる。