シリーズ 16歳からの教養講座
高校生のための人物に学ぶ日本の思想史
佐伯啓思 編著
公益財団法人 国際高等研究所 高橋義人 監修
ミネルヴァ書房
2020年12月25日 初版 第1刷発行
丸山眞男 の『日本の思想』を読んでいて、もっと日本の思想についてわかりやすいものはないかなぁ、とおもって、図書館で「日本の思想」で検索したら出てきた本。借りて読んでみた。
編著の佐伯さんは、1949年生まれ。 東京大学大学院経済学研究科理論経済学専攻博士課程単位取得退学。京都大学大学院 人間・環境学研究科教授を経て、 京都大学名誉教授。京都大学 心の未来研究センター 特任教授。
監修の高橋さんは、 1945年生まれ。慶應義塾大学 大学院 文学研究科博士課程単位修了退学。 京都大学大学院 人間・環境学研究科教授を経て京都大学名誉教授。 平安女学院大学国際観光学部特任教授。 ゲーテ研究の専門家として国際高等研究所の主催する「今月の夜開くけいはんな哲学カフェ「ゲーテの会」」の立ち上げに関わり、以来「IIAS塾ジュニアセミナー」の運営にも深く関わっている。
IIAS:International Institute for Advanced Studies:公益財団法人国際高等研究所
表紙裏の説明には、
” 日本を代表する碩学が日本の思想史を知る上で欠かせない、 夏目漱石、森鴎外、 宮沢賢治、 三浦梅園、 西田幾多郎、太宰治を語る。その人物の思想史の中での位置とは何か。 そして 西欧思想との葛藤の中で、 いかに超克しようとしたのか。 何より現代を生きる 我々にとってその思想はいかなる意味を持つのかを探る。 未来を担う高校生に届ける教養講座。”とある。
目次
はしがき
第1章 西洋の模倣を脱し、主体の確立を ー 夏目漱石に学ぶ (佐伯啓思)
第2章 日本の個人主義 ー 森鴎外に学ぶ (高橋義人)
第3章 「 本当に辛い」を問うこと ー 宮沢賢治に学ぶ (田島正樹)
第4章 日本と世界を救う 自然哲学 ー 三浦梅園に学ぶ (小川晴久)
第5章 「無」と日本思想の連関 ー 西田幾多郎に学ぶ (佐伯啓思)
第6章 友情と革命的暴力 ー 太宰治と夏目漱石に学ぶ (田島正樹)
感想。
おぉ!いい本だった!!
これはこれは、とてもわかりやすい。
って、まだ、理解できていないけれど、、、。これを高校生が理解できるのか?!とおもうけれど、ここにでてくる6人の日本人について、知識があればあるほど、本書にうんうん、と頷けると思う。
面白かった!
第6章の夏目漱石と太宰治の比較なんて、他にも似たような文章はあるかもしれないけれど、あぁ、なるほど、と思える。『走れメロス』のメロスと セリヌンティウスとの友情と、『坊ちゃん』の坊ちゃん、山嵐軍団 vs 赤シャツとの闘い。うらなりくんの煮え切らない態度、、、。まぁ、友情というものにもいろいろある・・・。なぜ、信じることができたのか、、いや、信じたのはメロスのことではなく、実は自分を信じたのではないのか。。。
信じるとか、考えるとか、、、それが宗教であろうと、イデオロギーであろうと、、つまり思想というのは、自分のためにあるのだ、という気がした。
それは、55年も人生をやってきた今の私だから、そう思うのであって、高校生が本書を読んだら、どう感じるのか、、、それはわからないけれど。高校生に感想を聞いてみたい。
夏目漱石の講義が本になっている物、いつか読んでみたいと思った。世の中は、ドイツ哲学者オイケンが言うように自由と規律とできっちりバランスされるものではなく、みんなその「形式と中身」、「理論と現実」、「抽象と具体」のはざまで、ふらりふらりと揺れ動きながら、生き抜いているのではないのか、、、そんな、漱石の声が聞こえてきそう。
まさに、
「 智 ( ち ) に働けば 角 ( かど ) が立つ。 情 ( じょう ) に 棹 ( さお ) させば流される。・・・・」(『草枕』)の世界である。
そして、漱石の時代は、どんどん西欧からのものが日本に入ってきて、日本人は外的要因によって変化してきた。でも、必要なのは、「内発的開花」ではないのか、というのが漱石の主張。
さもありなん。
そして、そのことは、漱石の時代から100年以上たった今もかわらないのではないだろうか。。。
漱石に比べて、森鴎外は海外で神経衰弱におちいるようなこともなく、「西洋的個人主義」と向き合うことができた。『舞姫』で描かれる愛は、『若きヴェルターの悩み』のような個人主義のうえにある西洋的恋愛ではなく、もっと家族的な、「面倒見の良さ」的な愛であるという。個人か家族か、自分か家か、、、それもまた、今の時代も人びとが直面する問題。日本人は、西欧的個人主義にはなりえないのではないだろうか。それは、キリスト教が神との契約が各個人であるのに対して、日本の思想の根底に「神と個人の契約」というものがないから、、、ともいえるかも。。
宮沢賢治は、、、、実は、、、わたしは『銀河鉄道の夜』をきちんと本で読んだことがないような気がする。 カンパネルラとジョバンニの友情、それが描かれた根底に、宮沢賢治の寂しさ、哀しさ、のようなものがあったらしい。自己犠牲というテーマが作品の根底にある、と書いている。父は商売で成功をおさめていたので、貧しくて辛い想いをしたわけではない。でも、商売上手な父を、なんとなく疎ましくおもっていた、、そう感じる自分を悲しく思っていた、、そんなところだろうか。『銀河鉄道の夜』を今度ちゃんと読んでみようと思った。
本書の中で、もっとも私にとって印象的だったのは、 第4章の「三浦梅園」について。1723年生まれの梅園は、江戸時代に西洋にまけないくらい自然、天地の仕組みについて考え、語った人だったのだ。なんでも、ノーベル物理学賞の湯川秀樹さんが、梅園を敬愛していたそうだ。
梅園は「自立」を生活信条とし、江戸の身分制度が変わっていく中でも、質素な生活、勉学への時間を確保し続けた。そして、貨幣経済が広まる中で、お金とは何かを解明した作品『価原(かげん)』という本を書いた。
「お金の本質は流通手段であり、物を交換する道具である。 ただそれだけである。」
と。
これぞ、今の経済本の中にもでてくるセリフではないか!!
梅園は、
「 人類はお金とは富だ、豊かさの証だ、と考えてしまうが それは間違いだ。」といった。
おぉ!!素晴らしい。250年前から、お金は貯めるものではなく、流通手段として使うもの!と説いていたのだ。
そして、梅園は「誠」を説く。
本書の中で、一番胸に響いた言葉がある。
” 幽谷深山の花、 山の中で一人で咲いている 百合の花があるとする。 人が見ていようが、いまいが、 絶えず 良い香りを出し、美しい姿を見せてくれる。 ところが人間には間断がある。人が来るなと思って慌てて掃除する。 その「にわか掃除」はすぐわかる。 が、こようがこまいが綺麗にしておくことが大事だと 梅園は書いている。 それが実は『中庸』の中に書かれている「誠」という概念である。”
「にわか掃除」はバレル!!
そう、綺麗にしておくこと大事。
ハルエばーちゃん(映画『サユリ』)、正しい!
梅園から学んでいたのかもしれない・・・。
また、梅園の言葉でもう一つ心に響いたのは、
「 学習によって出来上がってしまった 認識は元に戻すのは至難の技だ」ということ。だから、「 勉強するということは実は恐ろしいことだ」と。
いやぁ、これぞ深い!!高校生にわかるだろうか。。。この深淵なる意味が・・。
これは、もちろん、勉強をするなといっているのではない。知るを足ることはない、、と言えばいいのか。無知の知。250年前に、こんなことをいっていた日本人がいた!ということが、日本人を元気にしてくれるではないか!と、、著者が言っている。うんうん、私もそう思う。
三浦梅園って、私にとっては40歳を過ぎてからであった人であって、学生の頃に三浦梅園を学んだ覚えはまるでない。もしかすると、当時の私のアンテナには引っ掛からなかっただけかもしれない。でも、深い。
西田幾多郎は、その『善の研究』が有名過ぎる。「純粋経験」によって、西洋哲学に欠けているものを補えると考えた。「経験」と「事実」の違いは何なのか?答えは、、、まだないのかもしれないけれど、西田はそれを追求し続けた。「桜」を美しいと思う日本のこころは、桜を経験している日本人の中にある。客観的にみてただ美しいと思っているのではない。桜の花が一気に咲いて散っていく、そのように人生がおくれたらいいなぁ、、という思いを託して、「桜は美しい」と感じている。それは、西田のいう「純粋経験」こそ大事だ、という思い。う~~ん、やっぱり、よくわからないけど、、ちょっと、ふむふむって感じる。
また、西田が問いかけたのは、精神性が成熟する前に、富国強兵、殖産興業で経済だけが先走りに成長してしまったことで、当時の日本人は「西洋に認められること」が価値基準になってしまったのではないか、ということ。今の私たちは???まだ、同じように海外によりどころを求めていないだろうか??
そして、「ものに名前をつける」ということは、西洋思想だという。西洋文化は、はじめに言葉がある、というところから出発する。神が 全ての存在に名前をつけたように物には名前がある、ものに名前をつけるということができるというのは 西洋思想の根本。日本人は、名前のないものに感動できる。
「秋の虫の声」は、日本人には心安らぐ音色だけれど、西欧人には「雑音」という話は、よく聞く。
言葉にできることだけが全てではない。でも、言葉があると、伝えられることが増える、、かもしれない。。。でも、だから、それが何なのか??
今年、屋久島にいったときに、いたるところに「名前」を付けられた屋久杉があった。名前なんか付けなくても、そこに存在しているだけで美しいのに。「名前」がつけられ、看板がたてられると、人びとはそこでカメラを構える。いや、携帯電話を構える。いやいや、別に美しいのは「名前」のついた景色だけじゃないよ、って思った。名もなき杉が、水の流れが、コケが、、、木漏れ日が美しいのだ。わたしはそれを経験した。学んだのではない。経験した。。。
「日本のこころ」とは?
これは、今の私の研究テーマなのだ。還暦になる頃までには、それを言語化してみたいと思っている。でも、言葉にならなくても、もしかすると「行動」で示すっていうのがあるのかもしれない。
実に、興味深い本だった。面白い。これを「高校生のため」と言ってしまうのはもったいない。本体、2400円。価値あるなぁと思う。今回は図書館で借りて読んだけれど、もう一度読み直したくなったら、買うかもしれないな、、と思った。良本です。本書を読んだ後に、夏目漱石や森鴎外、太宰治を読むと、また違った感想になるかもしれない、と思う。
読書は、最高の娯楽だ。
