『20世紀の経済史(上) ユートピアへの緩慢な歩み』  by ブラッドフォード・デロング

20世紀の経済史(上) ユートピアへの緩慢な歩み
ブラッドフォード・デロング
村井章子 訳
日経BP
2024年6月24日 第一版第1刷
Slouching Towards utopia    An Economic History of the Twentieth Century


日経新聞、2024年8月3日の書評で紹介されていた本。 記事では、

”本書は、著者が「長い20世紀」と呼ぶ1870年から2010年の世界経済史を独自の視点から読み解いて、大きな歴史のストーリーを提示したものである。著者は、金融市場、マクロ経済政策等の多様なテーマについて、経済史の視点から、洞察に富む論考を数多く発表してきた。一般に歴史の時代区分には研究者の歴史観が集約的に表現される。著者が右の140年を「長い20世紀」として切り出すのは、この時代に初めて経済が歴史の主役となり、そして人類が「ユートピア」(すべての人が完全に満たされている状態)にゆっくりと向かっていたという見方による。・・・・
(中略)
本書は、現在の世界の歴史的な位置を示すとともに、そこに至る過程で人々が試みてきたさまざまな政策的・制度的対応を検討し評価している。今後の日本の進路を考えるうえで有益な洞察と示唆に富んだ書物である。”
とあった。

 

イギリスの歴史学者エリック・ホブズボームの「長い19世紀、短い20世紀」ではなくて、「長い20世紀」だと。(上)(下)なので、なかなか手ごわそうだけれども、図書館で借りて読んでみた。

 

著者のブラッドフォード・デロングは、 1960年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校の経済学 教授。 専門は、 経済史、マクロ経済学、経済成長論、金融論。 全米 経済研究所(NBER)研究員。 クリントン政権時代の 1993年から1995年まで 財務省次官補代理を務めた。

 

表紙をめくると、
”「長い20世紀」と 私が呼ぶものは、 1870年頃に始まった。 この頃に重大な転機となる出来事が相次いで3つ 起きている。 グローバル化、 産業研究所、 近代的な企業の出現である。 これらの出来事は、 悲惨な貧困から世界を脱出させた様々な変化の先触れとなった」(本書序論 大きな物語)”と。

 

目次
日本語版序文 長い20世紀で度肝を抜かれる日本という物語
序論 大きな物語
第1章 グローバル化する世界 
第2章 技術主導の成長の加速 
第3章 グローバルノース の民主化 
第4章 世界帝国 
第5章 第1次世界大戦
第6章 狂騒の20年代 
第7章 大恐慌 
第8章 実際の社会主義

 

感想。
長いな。。。。。
と、(上)を読み終わって、まず思う。長い20世紀の話は長かった・・・。
そして、タイトルは経済史となっているが、市民運動と戦争の歴史である。というか、経済が動くのは、技術革新による産業革命、そしてそれによる人々の移動、その後に来る争い、即ち戦争、、、ということなのだ。

 

著者の言うところ長い20世紀は、1870年~2010年の140年間。日本で言えば、明治維新から大正、昭和、平成の時代。主に、アメリカとヨーロッパの世界史。その脇に植民地となった国々、戦争で戦った国々が登場する。

 

技術が生まれて、それを更に研究し産業化する企業が生まれる。そして、働き方が変わる。さらにグローバルに人が動くようになることで、組織のグローバル展開も始まる。たしかに、日本もその流れに一緒に乗っている。明治維新で海外からの技術が導入され、会社ができて、戦後には企業の海外進出、高度経済成長、グローバル化。大きな流れが掴みやすく描かれている。要するに、目次にある通りの流れの歴史ってことなのだが。。。

 

そして、世界の覇者がイギリスからアメリカへ、アメリカから覇者不在へ、、、というのが流れだろうか。第一次世界大戦にしても、第二次世界大戦にしても、アメリカは参戦するつもりはなかった。どちらかというと、目覚ましい経済成長のあとの経済停滞時期で、「国内」のことに集中したかったから。そして、1920年代にはアメリカはこれまで歓迎した移民に対して、制限をかけるようになっていく。その中で、日本人に対しても排斥運動が高まったのだ。新渡戸稲造が批判したアメリカの動きは、日本排斥だけでなく、全体の移民排斥の流れの中だったのだ。

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それって、、、トランプ政権がやろうとしていた(いる?)流れと一緒では?と思ってしまう。

経済成長からグローバル化のあと、かならず、保護主義ナショナリズムの台頭がまっているということなのか。。。

 

と、大きな流れを掴むという点で、わかりやすい本だった。詳細なところは、私は得意ではないので若干読み飛ばしたけれど、割とズバズバと批判がでてきたり、否定が出てきたりする。かなり、「ダイレクト」な意見を発信するひと、という感じがする。

 

序章に、本書のテーマが箇条書きでまとめられている。
1 歴史の主役が経済になった。
2 グローバル化が進行した:遠いどこかで起きたことも重要なこととなった。
3  豊富な技術が原動力となった:物質的富の増大が可能となった。
4  政府は市場の管理に失敗し、 不安定と不満足を招いた。:市場の規制のしかたがわからなかったため、恐慌をまねいた。
5 独裁政治が増殖した。:不安定と不満足が独裁者の出現をまねいた。

(上)では、おもに、1~4の流れ。

 

気になったところをを覚書。

フリードリヒ・ アウグスト・ フォン・ ハイエク1899~1992): オーストラリア出身の思想家。独自の自由主義を主張した。著者は、ハイエクのことを天才であり、かつ途方もなく愚か、と言っている。愚かといっているのは、「人は市場を理解することはできないので、すべては市場に委ねよ」といったところ。市場は社会問題を解決しなかった。

 

・著者は、ハイエクを否定すべき点を挙げる一方で、無視もできないとして、
ハイエクは、 多くのことを知っている キツネではなくたった一つの すごいことを知っているハリネズミ だった。”といっている。
アイザリア・バーリンハリネズミ比喩山内昌之『将軍の世紀 上巻』では、家康のことも、大きなことをしっているハリネズミと。。

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カール・ポラニー( 1886~1964): ハンガリー出身のユダヤ系 思想家。市場経済は財産権を認める。それによって市場は、持てる者と持てない者を生み出す。「市場は人間のためにつくられた」という立場をとる。市場が人間をつくっているのではない。

 

社会ダーウィン主義ダーウィンの生物の進化論を、都合の良いように解釈したイデオロギーの一つ。そのような社会では、「 私はあなたより優れている」は、「 我々は彼らより優れている」となり、我々と他者を分離させ、武器をとってそれを証明してみせようとする。

 

ハイエク理論「市場は与え、そして奪う。市場の御名に祝福あれ」 vs ポラニー理論「市場は人間のために作られたのであって、人間が市場のためにつくられたのではない。」

 

・1913年以前、ヨーロッパ、アメリカは、周縁国やインド、エジプト、中国を植民地し、帝国となっていった。非ヨーロッパ世界で 唯一 日本だけは、 欧州列強と折り合いをつけ繁栄し、 工業化して帝国主義者の仲間入りをすることに成功した。
まさに、明治維新の頃の日本。

 

・この日本の成長の背景として、徳川家康に始まる将軍の世紀が紹介されている。そこには、” 将軍になるということは、内政についても軍事についても、 天皇を上回る実権を握ったことを意味する”と紹介されていた。
ちょっと、日本人の認識する「将軍」とずれているような気がしなくもない。。。

 

・1929年の大恐慌の時、日本だけは復活が速かった。その時活躍したのは、高橋是清。髙橋是清の活躍については、本書の中でベタホメ。明治初期、日本が近代化に成功したのは、高橋是清の経済手腕が発揮され、政府は成長が期待される輸出産業に積極的に支援したことによる。
『 ジャパンアズナンバーワン』とかぶる。

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第一次世界大戦前のヨーロッパでは、ドイツのナショナリズムが決して例外ではなく、 ナショナリズムは多くの場合に公然と表明され 、勝者総取り の争いと理解されていた。
ナショナリズムの立場からすれば戦争は悲劇ではなく機会である。”
なんて、恐ろしい言葉・・・・。

 

・ドイツの鉄血宰相ビスマルクのことば。
「現下の大問題は、 雄弁や多数決 などではなく、”鉄”と”血”によって解決されるのだ」

 

・ドイツが強かった時代の背景に、フリッツ・ハーバーによる「アンモニアの合成方法」の開発があった。いわゆる、空気中の窒素と水素からアンモニアをつくる「 ハーバー ・ボッシュ法」である。農産物の収量を増やすことを可能にし、飢餓を防いだ。しかし、、これがなければ、ドイツは半年以内に戦争ができなくなり、大量の死者を生んだ戦争は、なくてすんだかもしれない、、、という歴史の皮肉。

 

ピーター・ドラッカー: 1909年ウィーン生まれ。 自由・企業家精神・企業と組織は、自由放任市場によっても、すでに存在する社会主義計画経済によっても、折り合いをつけることができないのはなぜかを解明した。必要なのは、 管理職とマネジメントという形で様々な視点を調整することであり、それを通じて人間を協力させ 効率的に働かせることができる、とした。
ピータードラッカーって、もう少し最近の人かと思っていたら、、、1909年うまれだそうだ。

 

レーニンの言葉。
資本主義体制を潰す 最善の方法は 貨幣価値 を暴落させることだ。 それを持続させれば 政府は誰にも気づかれることなく 国民の財産の大部分を没収することができる。」

 

・大戦時のドイツについて。
” 経済弱体化が直接的にアドルフ・ヒトラーの台頭を招いたとは言えない。ヒトラーの登場はもっと後だ。だが、賠償金は ワイマール共和国を不安定にさせた。ヒトラーが登場する前に、ドイツの議会民主制は破綻し、 大統領令による独裁政治体制に移行していた。

 

・ 世界の多くの国で半世紀のにおよぶ 高度経済成長を支えたのは、 第1次世界対戦前の金本位制だった。戦時中、戦後のインフレになると、金本位制の金準備率が戦前の1/3で運用されるようになった。

 

・1920年代の終わりの恨めしい過去。
1910年代:瀕死の皇帝、貴族、将軍、政治家、軍人が権力を持っていた最後の時代。その結果が、 第1次世界大戦という人類最悪の悲劇。
戦後の1920年代: 経済学者と投資家と政治家が力を持っていた 10年間。人の命は奪わなかったが、 高度成長も、所得と物価の安定も、雇用創出もできなかった。

 

北大西洋地域で唯一大恐慌が長期化・深刻化せず、その後10年におよぶ高度経済成長が続いたのは 北欧。 北欧では戦間期社会主義が権力を行使するだけの 票を獲得した。 社会主義政権は、 住宅 補助金、 有給休暇に育児手当、 公共部門の雇用拡大、 新婚世帯への政府融資といった政策を 矢継ぎ早に打ち出した。これらは、金本位制から離脱した後の金融政策として実施可能だった。
北欧の次に大恐慌が穏やかにすんだのは日本。これは、高橋是清の手腕によるところが大きい。 高橋は、 ヨーロッパ流の「健全財政」モデルを全面的に拒絶し、 通貨を切り下げて 輸出産業の競争力を強化し、輸出ブームを起こして 需要を押し上げることに成功する。

 

大恐慌後の1932年、アメリカでは、 フランクリン・ルーズベルト民主党共和党から政権を奪取。ニューディール政策が始まる。大恐慌があったから、自由主義的・社会民主的な大規模な実験が可能となった。


・フランシス・パーキンス:第二期ニューディールで労働長官。アメリカ史上初の女性閣僚。社会保障法の制定、退職年金制度を確立。

 

・ヨシフ・ジュガシヴィーリ:スターリンの本名。人類史上最悪の大量殺人者のひとり。レーニンに採用されるが、レーニンの死後、レーニンを批判し、レーニンの側近を粛清。 

 

と、(上)では、まだまだユートピアが程遠い世界で終わっている。たしかに、長い20世紀という見方もある。

 

続きの(下)は、また後日に、、、。