『20世紀の経済史(下) ユートピアへの緩慢な歩み』 by ブラッドフォード・デロング

20世紀の経済史(下)
ユートピアへの緩慢な歩み
ブラッドフォード・デロング
村井章子 訳
日経BP
2024年6月24日 第1版第1刷

Slouching Towards utopia    An Economic History of the Twentieth Century

 

(上)の続き。

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表紙裏の袖には、
” 「おそらく人類が『別のやり方』に最も近づいたのは、ハイエクとポラニーの強制結婚にケインズ が祝福を与えた時だった。それは具体的には、 第二次世界大戦後の北大西洋諸国において開発志向の社会民主主義という形で実現した。だが 社会民主主義の下に構築された制度は、持続可能性テストに合格できなかった。代わって登場した新自由主義は、グローバルノーツのエリートたちに向けて掲げた公約の 多くを果たしたものの、望ましい ユートピアへと賢く前進したかといえば、そうではなかった」 (本書、「終章  人類は今もなお ユートピアに向かってのろのろと進んでいるのか?」から)

とある。

 

目次
第9章  ファシズムとナチズム
第10章 第二次世界大戦
第11章 敵対しつつ共存する2つの体制の冷戦
第12章 グローバルサウスの経済開発へ向けた見せかけ(および本物)のスタート
第13章 包摂
第14章 社会民主主義の栄光の30年
第15章 新自由主義への転回
第16章 再グローバル化、情報技術、ハイパーグローバル化
第17章 大不況と緩慢な景気回復
終章 人類は今もなお ユートピアに向かってのろのろと進んでいるのか?

 

感想。
(上)も、長いなぁ、とおもってよんだのだけれど、(下)は、だんだんとアメリカ中心の話で、政治家への批判の言葉が増えてきて、比喩がシニカルになりすぎてきて、、、だんだん、飽きた。ので、最後の方は飛ばし読み。

 

上巻を読みながらも、ずいぶんと皮肉っぽいひとだなぁ、とおもっていたのだけれど、下巻になるとそれに拍車がかかる感じ。要するに、現在のアメリカの大問題となっている二極化、経済格差に文句をいいたい、、、ということのようだ。論調が、だんだん、こりゃピケティか、、という感じになってきたと思ったら、案の定、ピケティの21世紀の資本に言及していた。ピザ屋を襲撃するバカ(陰謀論がらみ)とか、ヒルビリー・エレジー(トランプ政権副大統領候補J.D.ヴァンスの小説)の現実だとか、トランプ支持者を「ついには人種差別的で野蛮なポピュリスト政治家を支持」とか、、最近のことになってくると、ちょっとくどさが増してくる感じ・・・。

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全体に、先日読んだアメリカのアジア戦略』の方が、よくまとまっている感じがするのと、2つを比べると、各政治家、大統領の成果に対する評価が異なる論調のように思う。

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本書の中では、新自由主義は、何の成果もないと言いたいように聞こえる。たしかに、リッチな人をよりリッチにしただけだったかもしれないけれど、、、。

 

下巻の大まかな流れとしては、第一次世界大戦後から現在までをなぞっている。
ファシズムやナチズムの台頭から、第二次世界大戦へ。終戦から立ち戻るグローバルノース。遅れるグローバルサウス。そして、女性や黒人なども含むより公平な社会への変化。とはいえ、アメリカでリンカーン奴隷解放宣言をしたのは1863年だというのに、ルーサーキングが、「私には夢がある」と演説したのが1963年。社会は今も差別、分断を含んでいる。

 

戦後の復興のために、社会民主主義(と、著者は読んでいる)大きな政府の民主主義。ところが、自分が稼いだお金が税金となって、給付金となって貧困層へ流れることを面白く思わない人たちが、社会福祉制度を受け入れなくなる。そして、新自由主義へ。格差拡大。

 

技術の進化、コンテナ登場による物流革命デジタル情報革命、など、さまざまな進化が、これまでのグローバル化を、ハイパーグローバル化へと変化させていく。物理的に移動しなくても、世界のどこかを支配できるハイパーグローバル。

コンテナは、やっぱりすごい革命だったのだ。

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このような変化の中、まだまだ、ユートピアは遠い、というのが大枠の主旨の様だ。

 

戦後、一時はユートピアが見えていた。でも、それは、一部の白人にとってのユートピアでしかなく、それから差別に対する包摂、あるいは環境問題への取り組み、、、グローバルサウスの台頭によるバランスの変化。

 

結局、人類は変化し続けるしかないのだろう。ここがユートピアだとおもったらおしまいなのかもしれない。なんとも、皮肉屋さんの一冊だった。日本ではあまり評判にならない理由がわからなくもない。著者の批判が正しいのか正しくないのかはともかく、歴史的事実については、勉強になる。そういう読み方なら、サーっと、気になる出来事だけ追っていくと、いいかもしれない。

 

シニカルな彼の言葉も含め、ちょっとだけ、覚書。

ファシズムは信用詐欺で、ムッソリーニはそれを操るペテン師。
 戦争で疲れた人々にとって、わかりやすいファイズムは、信じたくなるものだった。

 

・「ナチス」の言葉の由来。 第1次世界対戦後のドイツではドイツ 社会党の支持者はソチと呼ばれていた。 またバイエルン州都市部の 住民は地方に住む人を「Ignatzイグナツ」 (=いなかっぺ)と呼んでバカにする習慣があった。イグナツを短くするとナチとなる。そして、 バイエルン州1920年代に、アドルフ・ヒトラーとその全国社会主義ドイツ労働者党に敵対する人々は、ヒトラーのことを「ナチス」と呼ぶようになった。いなかっぺ、という言葉から派生したのだ。

 

第一次世界対戦は日本の工業化を間接的に促進する役割も果たしている。 なぜなら ヨーロッパは、敵対関係にあるアジア諸国への輸出を打ち切った。 アジア諸国は工業製品を日本から買うようになり、第一次世界大戦中に日本の輸出は4倍に増加。

 

ナチスが科学の力で活路を開けなかった理由は、ヒトラーが権力を掌握した時点でドイツには世界最高クラスの 原子物理学者が何人もいたが、科学者はイギリスやアメリカに亡命したから。そして、ナチスを潰すために原爆の開発が進んだ。

 

EU欧州連合NATOが大きくなったのは、スターリン赤軍の存在があったから。ゆえに、EU創設の尽力した人の銅像をたてようという話になったとき、「スターリン銅像を」というブラックジョークがあった。

 

1950年以降の日本の経済復興スピードは、朝鮮戦争勃発のおかげ。アメリカにとっても、日本の経済成功は重要な目標だった。

 

・日本が1950年以降30年間も経済を成長させ続けた理由は、「国内産業の保護政策」のおかげ。
『ジャパンアズナンバーワン』で説明された造船業など。

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・別の日本の成長の秘密は、高い貯蓄率。 郵便貯金制度 で全国津々浦々に配置された郵便局が、庶民のための銀行として機能し、 貯金の受け入れ、 貸し出し、 様々な金融サービスの提供などを担当した。人々が自分の預けたお金がどこかに消えてしまうことはないと信頼できる環境が形成され、 庶民の貯蓄が容易になった。そして、その貯蓄が製造業への融資となった。
 銀行だけでなく、郵便貯金が大きな貯蓄推進の要因だったのだ。たしかに、全国津々浦々。私の学生時代、つまりは90年代、地方から東京にでてきた同級生たちは、実家からの仕送りはほとんど郵便貯金だった。。。

 

・1973年以降、 ヨーロッパでもアメリカでも日本でも生産性と所得の伸びに急ブレーキがかかったことがある。 その背景の一つとして、環境を汚染する経済から環境を守る 経済へ移行するとの決断がある。「より多く」から「よりクリーンに」へと政策転換したことで、賃金と利益の伸びは鈍化した。
実のところ、日本の失われた30年というけれど、必ずしも、日本だけのことではないのでは???ただ、日本の低成長は長く続き過ぎているのは事実・・・。

 

新自由主義レーガンによる減税が、結果的には富裕層のための減税となり、富裕層はそのお金を投資ではなく自分たちの贅沢品に消費した。アメリカの「ラストベルト」を生み出したのは、レーガンの減税政策による。(と、著者はいっている)

もしかして、今、トランプがいっている減税もおなじなのでは?かつ、トランプが海外製品に高い関税をかけるといっていることが、結局はアメリカ国民一般消費者が高い買い物をしなくてはならなくなるという事実とも相まって、高い関税政策がインフレに拍車をかけるということ。保護主義って、結局のところなにも「保護」していないのか。。。

 

・中間層を裕福にしなかったものお、レーガン政権が長続きした理由は、冷戦に勝利したから。(と、著者はいっている) 

 

1980年代以降の日本のバブル崩壊へ向かう時代、私は子供過ぎて経済のことはわかっていなかったけれど、こうして本を読んでみると、なるほど、そうだったのか、、、と思うことはたくさんある。政治と経済は、先がわからない。当時良かれとおもってやった政策も、後になって反省対象になるというのはよくある。かといって、当時の政治家を批判するのは、ちょっと、、、ずるい。後だしじゃんけんみたい。かつ、その政治家を選んだのは、自分たち、国民なのだよ。。。恐ろしいことに、独裁者しかり・・。過去を反省するというのは大事だけどね。スターリンや、毛沢東についての批判が痛烈なのは、、、やむなしか?これは、ロシアでも中国でも売られない本だろうな、という気がする。

 

と、やはり、歴史、経済、まだまだ知らないことがたくさんある。理解できるようになると、ニュースがもっと楽しくなるんだろうな。

 

途中で読むのを辞めようかと思ったのだが、結局、流し読みではあれ、最後まで読んだ。本は、その本のうち2~3割でも有益な情報があればいい。

だから、色々読んでみるって大事。

 

読書は、娯楽。