アメリカの繁栄から取り残された白人たち
J. D. ヴァンス
光文社未来ライブラリー
2017年
Hillbilly Elegy A Member of a Family and Culture in Crisis (2016)
2024年11月、アメリカ大統領選においてトランプ大統領候補が副大統領候補に選んだ J. D. ヴァンスのベストセラー。2016年のトランプ当選後に、アメリカでベストセラーになったらしい。
今回、副大統領候補になったときから、読んでみようと思っていたのだけれど、 図書館も多くの予約で いっぱいになっていた。 順番がすぐに回ってきそうな英語版を予約していたのだが、 順番が回ってきた時に、図書館の臨時休館があったりして 取りに行けず、 借りる 機会を逃してしまった。
そうこうしてるうちに大統領選の日が近づいてきたなか、 ロンドンに旅行に行ってしまったので、 再予約をするのも忘れていた。 大統領選直前、 風向きは ハリスからトランプ へ なっているように感じた。 やはりこの本を読まねば、、 と思い、 Kindle でポチり、 旅の最中に読み始めた。 読み始めてすぐに、これは、 今回のアメリカ 大統領選に限らず、 アメリカを知りたいならば 読むべき本 だと感じた。
著者自身の 回想録である。 トランプの勝利に終わった 大統領選。 彼は 副大統領になること が約束されたわけだが、 彼こそが 貧困の中にあった白人層の出身だということ、 どれほど厳しい 幼少時代を送ってきたかということ、 そして 子供の頃に 厳しい環境で育った人間が大人になっても苦し まなくてはならないことが多かっ たということ、、、そんなことがつづられている。
J. D. ヴァンスは、1984年8月2日 生まれ。ミドルタウンの中でも貧しく厳しい家庭環境で育つ。高校をドロップアウトしかけていたものの、海兵隊に入り、イラクの戦争も経験。イエール大学のロースクールを卒業し、将来の伴侶に恵まれ、今の地位を獲得。来年には、アメリカ史上もっとも若い副大統領になる。イエール大学のロースクールは、ハーバード大学よりも難関。100名しか入学できないのだ。
目次
はじめに
第1章 アパラチア 貧困という故郷
第3章 追いかけてくる 貧困、 壊れはじめた家族
第4章 スラム化する郊外
第5章 家族の中の、果てしない 諍い
第6章 次々と変わる父親たち
第7章 支えてくれた祖父の死
第8章 狼に育てられる子供たち
第9章 私を変えた祖母との3年間
第10章 海兵隊での日々
第11章 白人労働者がオバマを嫌う理由
第12章 イェール大学ロースクールの変わり種
第13章 裕福な人たちは何を持っているのか
第14章 自分の中の怪物との戦い
第15章 何がヒルビリーを救うのか?
感想。
いやぁ、、、、面白かった。
泣いてしまった。
泣くよ、、、これは・・・・。
私は、アメリカのことを何も知らない‥‥と思った。
単に、トランプの顔が嫌いだとか、トンデモ発言が許せないとおもっていた。だから、J. D. ヴァンスやイーロン・マスクが、なぜトランプを支援するのか理解できないと思っていた。
まぁ、、、本書を読んだからと言って、トランプやJ. D. ヴァンスに対する私の中の評価がかわるわけではないけれど、なぜアメリカ人がトランプを選んだのかはわかるような気がした。
格差とか分断とかいうけれど、そんな生易しいことではないように感じた。ヴァンスの育った環境が特殊なのではなく、アメリカでは同様な環境に苦しむ白人が大勢いるということ、日本の失われた30年の比ではない。かといって、現在、トランプが掲げている政策が彼らの未来に明かりをともすとも思えないのだが、、、それでも、「変化」を求める人には、民主党ではなく共和党が必要だったのだろう。
本書を読む前、私はこれを小説だとおもっていたのだ。が、「はじめに」で「現在31歳の私」が「本書(回想録)が存在していることにピンときていない」とヴァンスが書いていて、初めて回想録なのだとしった。そして、読めば読むほど、、、驚きの連続だった。
次々と変わる父親、母親の薬物依存、逮捕、、、、これがアメリカの貧困社会かという世界が、これでもかと描かれている。17歳の姉が7歳年下の著者の母親がわりのように弟を守ってくれたこと。薬物依存になりながらも、娘や息子を愛していないわけではない母親。歪んだ愛情表現。。。
ヴァンスは、祖母の家で過ごすようになり、ようやく落ち着いて学校にかよえる環境になる。その祖母は、13歳で妊娠し、経済的に自立する前に故郷を出なくてはいけなかった人だ。気に入らないことがあると「銃をぶっ放す」と口走る、強烈な女性ではあったけれど、自分の親類に限らず、子供たちを大事にする人だった。ヴァンスは、そんな祖母のもとで、なんとか自分の平穏をとりもどし、貧困のどん底の生活から、ドラッグへと落ち切ることなく、谷底から這い上がってきた。
そんなお話なのだ。
そして、祖母と暮らしているときに祖母に薦められてはじめてアルバイトをして、社会を垣間見る。グロッサリーストアでバイトをすると、政府から福祉クーポンをもらって暮らしている人が、自分には買えそうにもないステーキを買っていくこと、大量の清涼飲料水やお菓子をかっていく、そんな事実を目にする。なけなしのお金で暮らす自分たちにはそんな余裕がないのに。あるいは、クーポンを使うことで残した現金で、アルコール飲料やドラッグを買う人たち・・・・。
政府の金をもらって、働かずに、食っている奴。
10代のヴァンスの目には、許しがたいものにうつったはずだ。
ヴァンス自身も、マリファナに手を出してもいる。それでも、高校時代を祖母の家ですごすことで、勉強ということの楽しさも感じられるようになり、進学を考える。ただ、大学に行くにはお金が必要だった。そんなお金はない。そして、次の道として候補に挙がったのが、海兵隊になることだった。
怠惰にすごしていたヴァンスが海兵隊の訓練に耐えられるとは、みんな思っていなかった。でも、4年間、彼は耐えた。そして鍛えられ、変わった。体重も18kg減ったそうだ。
海兵隊の訓練に耐えたということが、彼自身に自信を持たせてくれた。そして大学進学、イェール大学ロースクール。。。。
見たことのなかったエリートたちの社会。しらない社会のルールがあった。
ヴァンスが人生のレールを踏み外さずに、ロースクールに行けるようになったまでにもたくさんの人の応援があった。ヴァンスは、素直にそれに感謝している。彼は、カトリックということだけれど、ただ信心深いということだけではないような、「信じる心」がある人のように思う。
でも、けっして、順調だったわけではない。
読んでいて、涙が止まらなくなる場面もたくさんあった。
大事な人を失うこと、何度裏切られても嫌いになれない母親。人々からの支援。。。。
ヴァンスは、はじめにの中で、経済学者たちが言うアメリカの問題とは別に、現実の生活で人々に何が起こっているのかを書きたい、といっている。そして、
「 自分の人生なのに自分ではどうにもならないと考え、 何でも他人のせいにしようとする。 そうした姿勢は 現在のアメリカの経済的展望とは別個の問題だと言える。」と。
本書を読むと、ヴァンスが特別なひとではない、、、という気もするし、至極幸運な特別な人、という気もする。でも、いや、違う。ヴァンスは、やはり自分で自分の道を切り開いた人なのだ。政府の福祉クーポンに甘んじて働かない白人を非難している。きっと、三つ子の魂・・・・。
ここに書くのもつらいくらい、つらい経験をしている。貧困、暴力、ネグレクト、、、、日本で生活していると想像がつかない。銃で脅される家庭生活・・・。
いやぁ、、、、病んでいる。そして、そういう人々が特殊なのではなく、そういうことが普通の社会があるという事実。
なぜ、トランプなんだろう?という疑問に一つの答えがくれる一冊だと思う。
少なくとも、無視してはいけない現実が描かれている。
だがしかし、、、これから、共和党はどういう政策を実行していくのか。最後の渡辺由佳里さんの解説では、2016年のときは、公約のほとんどは裏切られた、、、と書かれている。それでも、再選をはたしたということの意味とは?
色々考えさせられる一冊だった。
とまぁ、、、内容に感動はしたのだが、本書についてはアメリカでは「嘘」だとか実際にヴァンスが育ったのはヒルビリーではないとか、非難も多いそうだ。これは、ノンフィクションではあるけれど、フィクションでもあるのかもしれない。
ただ、実生活で奥さんとなった女性は、ロースクール時代の同級生で、主席だったインド系アメリカ人、と言うのはまぎれもない事実。しかも、美人だ。
本作は、Netflixで、映画も見ることができるらしい。それはそれは面白い!と、駐米大使館経験者が語っていた。
2025年には、トランプ政権が再開する。慌てず、騒がず、粛々と対応していくべきだろう。
騒ぎ立てるほど、相手に弱みを見せることになる。
こう言う時こそ、よく考えて行動しないとね。
ま、面白い一冊。
フィクションとして読んだ方がいいかもしれないけど、結構おすすめ。