三月ひなのつき
石井桃子 さく
朝倉摂 え
福音館書店
1983年3月31日 第19刷
レオ=レオニの絵本を読んでいたら、 原点に戻って、日本に素敵な絵本を紹介してくれた 石井桃子さんのことが頭に浮かんだ。
石井さんの絵本をもっと読んでみたいと思って 図書館で探してみた。 出てきたのが 本作 『三月ひなのつき』。 多分 読んだことがないと思ったので借りてみた。
本作は 絵本というよりは、子供用の童話。本の裏には、「福音館創作童話シリーズ 小学校初級以上」とある。
絵もふんだんに含まれている。1983年で第19刷。1963年が初版らしい。(その情報のところに図書館の管理番号シールがはってあって、よく見えない)
余談だが、図書館の本って、時々大事な情報のところに容赦なくシールが貼ってあって読めないことがある。なんて無神経なんだろう、、、と思ってしまう。本文以外はいらないとでも思っているのか、、、。余白も含めて、全ての情報が本なのに、、、、。管理番号シールを張るのはやむなしだけど、もう少しスマートにやってほしいものだ・・・。ほかにも空白はたくさんあるのに、なんでわざわざ文字の上に貼るよ!!!って、思ってしまう。。。
また、本書の裏の 記載によれば 本作はたくさんの団体からの 推薦図書 になっていたり、受賞作品となったりしているらしい。
物語は、 お母さんと2人で暮らす 女の子・よし子が、 自分のお雛様を欲しがる という話。
おととしの春、 突然お父さんが亡くなってしまった。 だからお母さんはミシンで縫い物をする仕事をおうちでしている。
ある日 学校から帰ってきたよしこは、三光ストアのウィンドウにかざってあったおひなさまが素敵だった!とお母さんに話す。ほしいとは言わない。でも、とっても素敵だったので、素敵なお話として、おかあさんに聞かせてあげる。
でも、お母さんは興味なさそうに、「そうお・・・」といったきり。
よし子は知っている。お母さんは、 お雛様の話をしたくないのだ。 小さい時に持っていた自分のお雛様があまりにも素敵だったので、三光ストアのおひなさまには興味が持てないのだ。
お母さんのもっていたお雛様がいかに素敵なものだったか、物語はその説明が続く。それは、 手作りの「木彫り 有職びな」だった。 お内裏様、官女三人、楽人五人、随身二人、仕丁、盛花一対、それらに添えられる備品のかずかず。
まるで、お雛様の伝統の説明みたい・・・・。読んでいると、たしかにそんな風に5段飾りを飾ったら、いにしえの日本を偲ぶみたいでたのしいだろうなぁ、、、と思う。子供のときには興味なかったけど。
お母さんのお雛様は、それは、それは、すてきな五段飾りだったのだ。豪華というのではないけれど、お母さんのおばあさんが、転勤族のお母さんの家族をおもって、木彫りの「寧楽(なら)びな」を贈ったのだった。お雛様たちは、みんなそれぞれ小さな木箱におさめられ、段飾りになる大きな箱におさめられ、毎年出しては片付け、引っ越しでも持ち歩きやすいように工夫された木彫りのお雛様だった。
お母さんは、毎年毎年、物心がついてから20回もくりかえし、くりかえし、自分の手でだしては、しまっていた、、、だから、飾り方も、お雛様たちのお顔も、、すべて頭にしみついている。
だが、それは、 1945年5月26日の空襲で家と一緒に燃えてしまった・・・・。
あまり、まえのお雛様が、お母さんの心に美しく 刻み込まれてしまったので、 お母さんは他のものをあのお雛様の代わりに飾ることができなくなってしまったのです。
そして、よし子は10歳になった。でも、おととしにはお父さんがなくなり、ますます、お雛様はとおのいていった。
よし子は、そのあとも友達と学校の帰りに三光ストアによっては、おひなさんを見つめた。たくさんのお客さんの中には、「1万円のを」と、お雛さんではなく値段で選んで買っていく人もいた。よし子が、いいな、と思ったお雛さんは、7500円もした。わぁ、高い!
よし子は、家に帰ると「7500円って、高い?」と、いきなりミシンを踏んでいるお母さんに聞く。「ものによるんじゃない?」と気のない返事。
よし子はおもわず、「おひなさまのことよ!」と叫んでしまう。
「そりゃ、安くないわ・・・」
それからお母さんは、よし子のむきな顔つきに気が付いて、いいおひなさまがあったらかってあげるから、という。
「じゃぁ、買ってぇ!三光ストアにいいのがあったの!」
お母さんは、気に入らないみたい。
「どうして三光ストアのじゃいけないの?」
「どうせ、ああいうところにあるのは、金ぴかのやすっぽいのだって、おかあさんみなくてもわかってるから」
よし子は気に入ったのに、お母さんはきにいらないみたい。
よし子は、なぜか、鼻のしんのところが、つーんといたくなりはじめました。
「あたし・・・あたし・・・・」
よし子はどなっていました。
「やすっぽいのでいいのよ!安っぽい、金ぴかのでわたしはいいの!」
「よし子!」
よし子はにげだそうとしました。
でも、うしろからのびてきたお母さんの手が、しっかりよし子をおさえて、はなしません。よし子は、しばらく、お母さんの胸にほおをおしつけて泣いていました。
そして、お母さんは、今度の土曜日に新宿に お雛様を見にいこうといってくれる。
新宿のデパートは、たくさんの人がいて、たくさんのおひなさんがあった。どれもすてきにみえたけれど、やっぱり、お母さんがよし子にかってやりたいとおもうようなものはなかった。たくさんあるいた二人は、デパートの食堂で、みつ豆とホットケーキを食べた。
買うべきおひなさんが、、、みつからないまま。
お母さんは、なぜ、ここにあるおひなさんたちが、ピンとこないのか、アイスクリームをたべながら、一生懸命よし子にはなしてくれた。
お母さんが、よし子のブラウスを縫うときに、一生懸命よし子に似合うようにって思うように、お母さんがお母さんのおばあちゃんからもらったお雛さんは、箱でも、箱の上の文字でも、ひとつひとつお母さんのことを思って作られた、思いがこもった品だった。デパートでは、そういうものがみつからない、というのだ。
よし子は、お母さんの話に、うなずいた。
”おかあさんのいったことがわかったからではありません。おかあさんのいっしょけんめいなきもちがわかったのです。”
「おかあさん、いいのが見つかるまで待つわ」とよし子はいいました。
そして、お家に帰ると、一枚のはがきがとどいていた。それは、お母さん宛のクラス会の通知だった。次の日曜日。よし子は、せっかくの日曜日だからよし子と一緒にいたほうがいいから、クラス会にはいかない、という。
「いってらっしゃいよ、おかあさん、あたしお留守番するから!」
よし子は、自分でもびっくりしたくらいに、はっきりといいました。
そして、次の日曜日、お母さんはクラス会に出かけ、ご無沙汰していたクラスメイト達とたくさんのお話をし、夜遅くにかえってきた。よし子がおもっていたよりも、お母さんの帰りは遅かった。でも、おかあさんから楽しかった様子が伝わってきた。
そして、2月が終わり、あれからお母さんのくちから「ひな」の「ひ」の字もでなかった。それでも、よし子は、不平にはおもいませんでした。お母さんへのいたわりの気持ちがうまれていました。
3月1日。この日も、お母さんは、おひなさんのことはいいませんでした。
3月2日、まいとしお雛様の代わりにかざられていた「ひなの色紙」も壁にはっていません。
3月3日。よし子が学校へ行こうとすると、
「きょう、おかあさん、午後でかけるからね。おやつ、ちゃんとしておくから、だれか、お友達・・さえちゃんと、それから、ほかに二、三人よんでお茶でも飲んだら?」
よし子はおや?とおもいました。いつも、いそがしい、いそがしい、といっているお母さんが、そんなことをいったのははじめてです。
そして、よし子が友達と一緒に学校から帰ってくると、家は、しーんとしています。でも玄関には桃の花と菜の花が。ひなの節句がきていた!
そして、床の間には五段の雛段が・・・・・。内裏雛、三人官女、五人ばやし、右大臣左大臣、仕丁、、、、みんな揃っています!!
お母さんの雛と違うのは、木彫りではなく、みんな折り紙のひなだったこと。
それはそれは、綺麗に丁寧につくられた、すてきなおひなさま!!!そして、その五段飾りの横には、木彫りの立ちひなが二人たっていました。
ひな壇の前には可愛い 菱餅が置いてあって その脇に「よし子 へ」 と書いた 白い封筒が置いてありました。
そこには、クラス会の日にあった 仲間たちとおしゃべりに弾むうちに、 よしこの おひな様の 話になり、 この人形を掘る人の名前を教えてもらったと。よし子がきにいったら、毎年これに、木彫りのお人形を少しずつたしてゆきましょう、と。
よし子は、なんだか、なきたくなったので、いそいでおかってにかけていって、やかんをガス台の上に乗せました。
その夜、二人は、ひな壇の前にならんで寝ました。お母さんは、手作りの折り紙お雛様は、クラス会の後に友達が素敵な折り紙を売っているお店につれていってくれて、そこの折り紙でつくったんだって、おしえてくれました。
よし子は、
「ええ、そうよ、あなたたちだって、あたしのものなのよ。ずっといつまでもよ。」
といいました。
おしまい。
なんて、心温まるお話でしょう。。。。読みながら、私は滂沱の涙と鼻水・・・。こういう親子愛の話に弱いのだ。。。。
そして、石井さんの描写がまたすばらしい・・・。
よし子の切ない気持ちがひしひしと伝わってくる。わがままを言いたくても我慢していたり、がまんできなくてついさけんじゃったり、、そして、母の胸で大泣きしてしまい、閥の悪さに逃げ出したくなったり、、、
あぁ、、、なんて、昭和な物語だ・・・とおもうけれど、やっぱり、こころが優しくなる。
誰かをおもって手作りされたものの価値は、何物にもかえがたい・・・・。やっぱり、、、ものづくりが趣味の私としては、やっぱり、、そういうものの本当の価値を大事にしたいと思う。。。
おひなさんを大事にしたいな、っていう気持ちも、ふと思い出す。
そういえば、実家にあったのは、立ちびなだったなぁ。もう、断捨離しちゃったんだろうな。特に、思いもないけど・・・・。
今、私の家には、何組もの小さなお雛さんがいる。365日、飾りっぱなしだったりする、、、。その季節にしか出してもらえないなんてかわいそう、、、とかなんとか、言い訳して、、、ただ、面倒なだけだったりして・・・
いや、季節ものだ。やっぱり、一度しまおうかな・・・。
そして、こちらも季節もののサンタクロースのぬいぐるみでもだすか・・・。
2024年ものこり一か月。早いものだ・・・。