日銀総裁のレトリック
木原麗花
文藝春秋
2024年9月20日 第1刷発行
日経新聞2024年11月9日 の書評で紹介されていた本。
記事には、
”日銀のメッセージはなぜうまく伝わらないのか。7月末の利上げとその後の市場の混乱が端的に示した課題だ。本書は海外通信社のジャーナリストが現場の取材経験を生かしつつ、「レトリック分析」と呼ぶ手法で日銀の真の意図や歴代総裁のキャラクターの解明を試みる。今の植田和男氏は丁寧な説明がかえって誤解を生みやすい面があるという。海外への伝わり方を意識する著者ならではの視点が興味深い。”
とあった。
2024年に、第15代日銀総裁・結城豊太郎について学ぶ機会があり、つづいて黒田元総裁のお話を聞く機会があり、日銀総裁にも色々だよなぁ、、、と思っていた。図書館で借りて読んでみた。
読んでいる途中で、あれ?これは著者は女性なのか?と感じて、著者名を確かめたらなんて華やかなお名前でしょう・・・・。笑顔の女性の写真が。そして、こういう新書だから、著者は男性だろうって思っていた自分の色眼鏡を恥じ入る・・・。けど、本書のどこに「女性」を感じたのかは自分でもよくわからない。。。。
著者の木原さんは、ロイター通信社記者(日銀担当)。1973年生まれ。 同志社大学法学部政治学科卒業、 早稲田大学大学院政治学研究科 修了。時事通信社、 米ダウ・ジョーンズ 経済通信記者を経て、 2006年以降現職。 通算 20年以上にわたり、 日本銀行の金融政策の取材に携わり、数々の調査報道 に従事。
表紙裏には、
”日銀総裁のレトリック
「 金利 のある世界」が17年ぶりに復活し、 利上げに踏み切った日本銀行。 その途端、 市場はパニックに陥った。 なぜ日銀は市場との対話が下手なのか? 難解な言い回しの「 日銀 文学」 に、 どんなメッセージが隠されているのか? レトリック分析で金融政策を読み解く!”とある。
目次
はじめに なぜ日銀のメッセージはうまく伝わらないのか?
第1章 レトリック分析で見えてくる世界
第2章 日銀文学は面白い
第3章 モダリティに現れる 日銀総裁の強気と弱気
第4章 メタファーでわかる 日銀総裁のキャラクター
第5章 植田総裁のレトリックを読み解く
第6章 マスメディアの役割と取材現場からの提言
感想。
なかなか面白かった。
日銀だけでなく、官僚のつくる文章というのは、難解で分かりにくいことが多い。本書では、日銀のメッセージが経済を動かすとき、その伝え方が代々の総裁によってそれぞれ特徴があったこと、そこに込められたレトリックについての解説書。経済政策の解説ではなく、あくまでも、日本語の解説、といった感じだろうか。あぁ、なるほど、、、とうなずいてしまう。
経済政策というのは、朝晩に結果がでるようなモノではないから、あとから「よかった」「わるかった」と言われてしまう。思惑通りにならないこともあるし、日銀だけが流れをつくれるわけでもない。それでも、経済が停滞すれば責められるし、、、なかなかつらい立場だよなぁ。。。なんて思った。
ゼロ金利とか、量的・質的金融緩和、と言われても、即時に反応できるほど、私は経済の動きを身近には感じていない。せいぜい、スーパーマーケットで野菜の値段をみてびっくりするくらいか。。。でも、大きな会社であれば、設備投資のタイミングとか、融資を受けるタイミングとか、重要な経営判断に関わってくる。日銀の発表によって、株式市場も大きく動く。私も、複数種類の株をもっているから、毎日市場のチェックはする。アメリカの雇用統計の発表とか、日銀の 金融政策決定会合の発表とか、「期待」で市場は動く。でも、デイトレをするわけでもないので、あぁ、上がったなぁ、さがったなぁ、とただ傍観しているだけだ。それでも、様々な分野の株式を保有することで、市場の動きを身近に感じられるようにしている。本書を読んだ後だと、日銀の発表をもうちょっと興味をもってみることができそうだ。
レトリックって、面白い。著者によれば、わかりにくい日銀総裁のメッセージも、各人の特徴をとらえてレトリック解析すると、主旨がつたわってくるのだ、と。
黒田総裁の場合は、モダリティーの高い発言が多く、わかりやすかった。ここでいうモダリティーというのは、言語学でいうところの「可能性」を表現するための言葉。確信度合いを示す。
・・・かもしれない
・・・の可能性がある
・・・の兆しがある
などなど、、、
また、経済が想定した通りに動かなかったときには、どちらとも解釈できるような表現がよく見られるのが日銀文学。例がでていた。
・2016年1月30日「展望レポート」抜粋:前日マイナス金利政策導入
「 わが国の景気は、 輸出・生産面に新興国経済の減速の影響が見られるものの、緩やかな回復を続けている」
・2016年3月15日声明文抜粋: マイナス金利 導入後初の会合
「 わが国の景気は、 新興国経済の減速の影響などから、輸出・生産面に鈍さが見られるものの、基調としては穏やかな回復を続けている」
と。ぱっとみて、上方修正か、下方修正かわからない。会合終了後、この言葉の真意を問われた黒田総裁は、「 新興国経済の減速の影響がはっきりしてきたので、若干の修正になっている」と回答したらしい。これによって、「下方修正」だったらしいことがわかる、と。
それでも、黒田さんの場合は、曖昧な日銀文学とはことなる歯切れのよいパンチのきいたメッセージが多かったという。
たしかに、2%の物価目標を2年で「達成できる」と断言した。まぁ、実際にはできなかったわけだけれど、メッセージを聞く方としては、わかりやすい。少なくとも、総裁はできると考えている、ということがわかる。
メタファーの使い方にも、総裁ごとに特徴があったという。
例文を見ると、メタファーとも思わずに読んでいたなぁ、というものも多い。
経済について、芽、基礎体力、患者といった、生き物をつかったメタファー。
物価について、体温というメタファー。
デフレについて、病、苦しみ、痛み、といったメタファー。
政府・日銀の政策について、劇薬、漢方薬、処方箋、治療といったメタファー。
なるほどなぁ、たしかに、「経済回復の芽をつんでしまう」とか、「じわじわと漢方薬のように効く政策」とか、、、。
著者が、いかに日銀文学を解析してきたかが伝わってきて、とても興味深い。ただ、文字通りに言葉をとらえるのではなく、深く解析しているんだなぁ、ということが伝わってくる。
また、仕事上、このような日銀のメッセージを英語にして伝えることをしてきた著者。日本語を直訳しても伝わらない日銀文学を、いかに伝わる英語にするか、ということにも苦心してきたようだ。
公式な発表ではない、インタビューなどでは、「・・・・の可能性がどんどん高まるとみています」と出てくることがある。これは、植田総裁のことばだそうだが、「どんどん」は、rapidly(急速に)なのか、increasingly(蓋然性が高まって)なのか、翻訳の仕方を間違えると、まちがったメッセージになってしまう、と。
経済は、期待で動くもの。だからこそ、メッセージをどう伝えるか、解釈するか。発信者と受信者とでの深いコミュニケーションが必要なのだ。
日銀の発表を、「日銀文学」を楽しむつもりで読んでみると、ちょっと楽しめるかもしれない。
ちなみに日銀についての、take away
・日銀の仕事:金融政策運営、銀行券の発行、決済インフラの維持、金融機関への考査
・約4500人の職員
・政策委員会:総裁と2人の副総裁を含む9人
・年8回、 金融政策決定会合。総裁の記者会見あり。
・企画局が、花形、エリートコース。
2025年初の金融政策決定会合は、1月23,24日。即日、24日には、経済・物価情勢の展望
(基本的見解)が発表される。植田総裁の記者会見も、YouTubeで更新されるはず。ちょっと、覗いてみようかな。
レトリックやメタファーに注視してみてみると、経済とは別の点でも楽しめるかも。
ちがう視点をもってみて見ると、思わぬ発見があるかも、ね。
