『西洋の敗北』 by エマニュエル・トッド

西洋の敗北
日本と世界に何が起きるのか
エマニュエル・トッド
大野舞 訳
文藝春秋
2024年11月10日 第1刷発行


日経新聞2025年1月11日の 書評で紹介されていた、エマニュエル・トッドの最新作。エマニュエル・トッドの本なので、一応、読んでみようと思った。図書館で借りようとしたらすごい予約の数だったので、本屋で購入。こういう本は、読む時期を逸すると、価値が半減する。2600円、税別。高くはない。

 

著者のエマニュエル・トッドは1951年生まれ。フランスの歴史人口学者・家族人類学者。国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論のより、『最後の転落』(76年)で「ソ連崩壊」を、『帝国以後』(2002年)で「米国発の金融危機」を『文明の接近』で「アラブの春」を、さらには16年米大統領選でのトランプの勝利、英国EU離脱なども次々に”予言”。著書に、『 エマニュエル・トッドの思考地図』(筑摩書房)、『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』『シャルリとは誰か?』『問題は英国ではない、EUなのだ』『老人支配国 日本の危機』『第三次世界大戦はもう始まっている』など。

原書は、フランス語。以前、『 エマニュエル・トッドの思考地図』を読んだことがあるのだけれど、皮肉が多くって、読みづらい著者、という印象。とはいえ、国際社会を「真実」でとらえて、予言をしていくところはやはりすごい。やはり、すごい人なんだろう。

帯には、
”15カ国以上で翻訳
 世界的ベストセラー トッド地政学の決定版

米国と欧州は自滅した。
日本が強いられる「選択」は?

「 西洋の敗北は今や確実なものとなっている。しかし、一つの疑問が残る『日本は敗北する西洋』の一部なのだろうか” (「日本の読者へ 日本と『西洋』」より)”
とある。

 

そして、表紙裏の袖には、
”ロシアの計算によれば、そう遠くないある日、ウクライナ軍はキエフ政権とともに崩壊する。
 戦争は〝世界のリアル〟を暴く試金石で、すでに数々の「真実」を明らかにしている。勝利は確実でも五年以内に決着を迫られるロシア、戦争自体が存在理由となったウクライナ、反露感情と独経済に支配される東欧と例外のハンガリー、対米自立を失った欧州、国家崩壊の先頭を行く英国、フェミニズムが好戦主義を生んだ北欧、知性もモラルも欠いた学歴だけのギャングが外交・軍事を司り、モノでなくドルだけを生産する米国、ロシアの勝利を望む「その他の世界」……
「いま何が起きているのか」、この一冊でわかる!”
とある。

 

目次
日本の読者へ  日本と「西洋」
序章 戦争に関する10の驚き
第1章 ロシアの安定
第2章 ウクライナの謎
第3章 東欧におけるポストモダンのロシア嫌い
第4章 「西洋」とは何か?
第5章 自殺幇助による欧州の死
第6章 「国家ゼロ」に突き進む英国 ―亡びよ、ブリタニア
第7章 北欧 ―フェミニズムから好戦主義へ
第8章 米国の本質 ―寡頭制とニヒリズム
第9章 ガス抜きをして米国経済の虚飾を正す
第10章 ワシントンのギャングたち
第11章 「その他の世界」がロシアを選んだ理由
終章 米国は「ウクライナの罠」にいかに嵌ったか ―1990年ー2022年
追記 米国のニヒリズム ―ガザという証拠
日本語版へのあとがき  和平は可能でも戦争がすぐには終わらない理由

 

感想。
う~ん。やっぱり、皮肉が多くって、ちょっと読みづらい。地政学に詳しくない私には、本気なのか、皮肉っているのかわからないのだ。でも、だいぶ、彼の文章に慣れてきたのか、内容はたしかに興味深い。訳者の大野さんは、『 エマニュエル・トッドの思考地図』の訳者でもある。おそらく、かなり正確に原文を訳していらっしゃるのだろう。余計なフリルをつけずに。だから、フランス人らしい?!理屈っぽく、皮肉っぽい(偏見!・・・)言い回しに慣れていれば、楽しめると思う。

 

約400ページのソフトカバーの単行本。それなりのボリュームだ。前半は、ロシア、ウクライナ、東欧、欧州の話が続くので、ちょっと飽きてきたなぁ、、、という感じがしたのだけれど、第8章以降のアメリの話なってくると、本書の主張の骨子が明確になってくる。かつ、この第二期トランプ政権が始まった今こそ、読んでいて面白い。

 

つまるところ、
アメリカはすでに崩壊している
ということ。
それはすなわち、「西洋の崩壊」ということ。

 

プロテスタンティシズムが失われ、「道徳ゼロ」状態となったアメリカは、いまでは国内でモノを生産する力を失っている。技術者を国内で養成できていないのだ。理由は、「ドル」が基軸通貨になったことで、エリートはモノづくりではなく「ドル」を増やせる金融、法曹界を目指すようになり、高度な教育をうけたエリートはみんな「ドル」に頼るようになり、「道徳ゼロ」に陥っているから、と。

トッドは、「保護主義」には賛同するけれど、今のアメリカは国内産業を育てる力がないので、トランプの関税政策は失敗するだろう、と言っている。(別途インタビュー記事)なるほど、確かに。ラストベルトは、アメリカが自ら作ったのであって、誰のせいでもない。

 

トッドの、「伝統的な家族構造の習慣によって、人びとの価値観が異なる」という基本的考え方を頭に叩き込んでおくと本書が読みやすいと思う。

つまり、家族が平等な社会と、家族が平等ではない社会では、「平等」に対する価値観が異なるということ。日本はいわゆる家族間不平等社会。長男が相続の中心という文化。フランスやアメリカは、相続は子供たちの中で平等。これは、現在の仕組みの話ではなくて文化風習がそうであるということ。そのことによって、「平等」への価値観が刷り込まれている。

 

日本で「長男が実家をつぐ」と聞いても、さして疑問に思わない。「長男だからね・・」という感じ。でも、兄弟姉妹の相続が均一な国では、「長男だから」などという価値観はゼロ。それは、つまり、「アメリカだから」とか、「イギリスだから」という特権も許さない、ということ。代わりに、「お金を多く出してくれるなら、いうこと聞くよ」と。。。

こういう、価値観の違いが世界にはあるということを前提に、ロシア、ウクライナ、北欧、とこの数十年間の変化をみている。

 

また、その国の力を測るのに、GDPはいまや表面的すぎるという主張も”アメリカはすでに崩壊している”という話をうらづける。家族人類学者の立場から、GDPではなく「寿命」や「乳幼児死亡率」でその国の発展・成長度合い、将来性を測っている。その数字で見ると、アメリカはすでに寿命は低下傾向、なんと乳幼児死亡率も高いのだという。

 

この二つの指標、「寿命」と「乳幼児死亡率」をみると、日本は断然高スコア!!すごいじゃないか。出生率は、多くの先進国で2.0を下回っているので、似たりよったり。でも、ロシアは、実はプーチン政権になってから、寿命も延びて、出生率も伸びているという。ロシア人が、プーチンを支持するわけだ、と。

 

そして、ロシアのウクライナ侵攻について、その軍隊規模からすると、プーチンの戦争ではなくて「軍事作戦」とよぶ意味がわかる、と。その規模は、戦争時に比べると半分以下であり、本気でウクライナをつぶそうと思っているわけではないことがわかる、と。

 

ギュッとまとめると、
アメリカやイギリスといった西洋は、新自由主義によって金融自由化と産業設備の破壊をもたらし、宗教ゼロ(プロテスタンティズムゼロ)状態に陥った。それはニヒリズムから道徳ゼロ状態につながり、自由民主主義の世界でもなくなっている、と。

 

ちょっと、怖い世界だけれど、確かにそれが真実であるように思える。そして日本は?性急に行動せずに、じっと世界の動きを見守る時期ではないのか、と。日本は、環境変化に対応する能力があるのだから、あわてることはない、と。

なかなか認めがたいけれど、今ある現実を書いているのだと思う。英語版の出版予定はないのだとか、、、。英語圏では禁書ということか、、、それくらい、言われたくない真実が書かれているということかもしれない。

 

勉強のために、気になったところ覚書。

ウクライナ侵攻時点において、武器の製造能力はロシアがアメリカを上回っている。アメリカは自ら保護国ウクライナに対し、砲弾をはじめ、何も確実に供給できなくなっている。ロシアとベラルーシGDP合計は、西洋諸国(アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、日本、韓国)のたった3.3%だったにも拘わらず。ウクライナは、物資不足で戦争に負ける可能性がある。西洋がメジャーな政治経済学のGDPという指標は、もはや時代遅れの概念。

 

・仮説「西洋における国民国家の消滅」。正しく機能する国民国家は、中流階級を重心とする特殊な階級構造を特徴とする。それは、 指導者層のエリートと大衆の良い関係性などという以上のことである。 中産階級の破壊が、アメリカの国民国家を崩壊させた。

 

・ ロシアは、 敵対する勢力の存在を考慮することで社会的結束を確保できている。

 

乳幼児死亡率が低い国は、汚職率も低い。 乳幼児死亡率は、国の動向を測る指標として有効である。プーチン政権下、 乳児死亡率(生まれてきた子ども1000人当たり)は、2000年の19人から、2020年には4.4人にまで減少している。アメリカの5.4人を下回った。ちなみに、イギリスは3.6人、フランスは3.5人、ドイツは3.1人、イタリアは2.5人、スウェーデンは2.1人、日本は1.8人!!!

 

・その他、国の動向を測る指標:アルコール中毒による死亡率、自殺率、殺人率

 

・高学歴人口のエンジニアリング専攻比率、2020年でアメリカ7.2%に対し、ロシア23.4%。日本18.5%、ドイツ24.2%。

 

ウクライナは、ロシアによる侵攻の前から国家なき国家になっていた。ロシア語を排除しようとする中央政府は、ウクライナの公務員に英語習得を義務づける法案を提出した。ロシア語は、ウクライナにおいても高尚な文化の言語だったにもかかわらず。

 

ウクライナでは、代理母出産が経済になっている。

 

・インターネットは、当初は自由のツールとみられていたが、次第に監視ツールとなった。インターネットは、アメリカの保護国に対する支配力を飛躍的に強化した。金融自由化に飛びつき、ドルを基軸通貨とすればするほど、アメリカの監視下にあることになる。

 

・2021年、イギリスで新たに登録された医師のうち、イギリス人はわずか37%。EU出身者が13%、インド、パキスタンを含むその他の国が50%を占める。イギリスは、いまや自国民を治療する医師すら自国で育成できなくなった国、となった。

 

・経済崩壊の背後にある宗教崩壊。最初の自由主義者たちは市場を構築した。しかし、新自由主義者たちは「獲得の本能」によって「強欲」となり経済を破壊した。新自由主義は、ウェーバー的資本主義ではなく、「精神」面で、プロテスタント的倫理から解放された資本主義を築こうとし、それは道徳の欠如という問題をはらんだ

 

・ 古典的な自由主義は、 エンジニア、技術者、 熟練工、 単純労働者による大規模な生産拡大として産業革命を支えたが、新自由主義は金融を自由化し、 生産設備の破壊を進めた。新自由主義が理想とする純粋で完全な市場に存在するのは、道徳を欠いた人間、 単なる金の亡者だけである。 プロテスタンティズムは、プロテスタントゼロへと変わった。

 

アメリカの衰退を認めたくない私たち。その根底にある知性面の課題は、”私たちがアメリカを愛しているということ”。 アメリカは ナチズムを打ち破った国の1つで、 私たちの繁栄と逸楽への道を示してくれた。 従って、今日、アメリカが貧困と社会のアトム化につながる道をたどっているという見方は、完全に受け入れるにはニヒリズムの概念が不可欠になってくる。

 

アメリカにおいて、教育の進歩が、最終的に教育の後退を招いた。これこそが社会学的展開の大いなる矛盾。 教育の進歩が教育にとって好ましい価値観の消滅を引き起こしたから。
第二次世界大戦後の高等教育の進歩は メリトクラシー能力主義)の理想を体現していた。 最も優秀なものは 国民全体のために、より遠くへ、 より上へと行くべきだとされた。が、著者の社会進歩モデルによれば、1世代のうち20~25%が高等教育をうけるようになると、「自分たちは本質的に優れている」という考えが彼らに芽ばえ、「平等実現」ではなく「不平等の正当化」に進む。それは、道徳ゼロへとつながる。

 

アメリカの衰退を示す事象:銃乱射事件の増加。肥満の増加。高等教育を受けた人々の肥満者は、アメリカがフランスの3倍

 

アメリカの高等教育を受けた人々は、弁護士、銀行家、その他多くの第三次産業従事者となり、優れた略奪者として群れを成している。教育の発展がもたらした究極の悪影響。
ついでに、
”フランスの読者がなぜフランスが貧しくなっているのかを知り、不安になりたいのであれば、公務員や移民を非難するのではなく、ビジネススクール経営学会計学、セールス学の学生が増えていることに着目するべきである”とも。

 

アメリカは 通貨としてのドルを生み出している。 無から金銭的な 富を 引き出せる ドルの能力こそが アメリカを麻痺させている。 人々が法律、 金融、ビジネスを好んで学ぶのは、それによってドルが次々に湧き出てくる 聖なる泉に近づけるからなのだ。

 

・ 日本、韓国、中国、 ベトナムからの移民の子供たちは、 プロテスタンティズムの消滅に伴う学力崩壊から守られてきた。 それは権威主義的な家族構造によるだけでなく、 教育を神聖視する儒教の伝統に負うところが大きい。

 

アメリカ人労働者は道徳性混乱に陥り、アルコール中毒オピオイドの接種に陥り、絶望に追い込まれている。なぜ、彼らの大半はトランプに票を投じるのか?ヨーロッパでも、国内産業の崩壊で苦しんだ人々が、なぜ今右派に傾いているのか?

”答えは簡単である。社会民主党系にしろ、共産党系にしろ、左派の政党は「搾取される労働階級」に支えられるものだからだ。一方、ポピュリスト正統派、自らの生活水準を、中国、バングラディシュその他の地域の低賃金労働者の労働に依存する「平民(プレブス)」に支えられている。・・・(中略)・・・国民連合(RN)の大衆の支持者は、もっとも基本的なマルクス主義の理論からすれば、実は世界規模における「余剰価値の搾取者」なのだ。したがって、彼らは当然、右派なのである。”

 

こうして振り返ってみると、やはり、痛い所ついているなぁ!と思う。アメリカでもイギリスでも、出版する会社がないのかも。。。。でも、こういった意見を無視するということ自体、既に病んでいるともいえる。

 

やはり、なかなか興味深い本である。

全てが正しいかどうかはさておき、視点として大いに刺激的。

 

読書は楽しい。